なつやすみ2
なつやすみ2








進藤が記憶を失ってから一ヶ月。
彼の家に通うのにも、慣れてしまった。
友人としては、度を超しているかも知れない。
でも、彼の母親は申し訳ながりながらも、歓迎してくれる。

自分より力の強い幼子を、持て余してしまうと、俯いて。
ずうずうしいとは思いますが、どうかあの子を見捨てないでやって下さい、と。


だからボクは棋院から進藤家の最寄り駅までの電車の中で考える。

どうすれば、進藤に碁を打たせられるか。







進藤はだんだんボクに慣れてきた。

始めは全く知らない人、という感じで、同じ部屋にいても無視されていた。
最初に叱ってしまって印象が悪かったのかも知れない。
ボクの方も、変わり果ててしまった進藤に、いや、幼い子どもに、どう接していいのか
分からなかったというのもある。

だがある時、普通に「とーやくん、よんで。」と絵本を持ってきた。

目の前には、以前と何も変わらない進藤。
彼は元々よく無邪気な表情を見せたので、話さなければ、本当に何も変わらない。

複雑な気持ちで、その絵本を音読した。

16の男二人で頭を寄せ合って、真剣に童話の本を覗き込んでいる様は
端から見たらさぞや可笑しいだろう。


「なんでさー、なんでウサギがしゃべるの?」

「お話だからね。」

「ふ・・・う〜ん?」


分かったような分からないような顔で一応頷く。

藤崎さんが持ってきてくれた女の子向けの童話。
恐らくこんな事がなければ、二度と読まれる事はなかったのではないか。
幼い藤崎さんが何度もめくったであろうくたびれた絵本のページを、
こうして今自分がめくっているのが、とても不思議だ。




それから近所の公園に行くこともあった。
彼の行動は奇矯で、予想が付かなくて、まだ遠くへ連れ出すことは出来ない。
急に道路に飛び出たりしかねないのだ。
いくらボクが男でも、咄嗟にそれを力尽くで止めることは出来そうにない。

進藤はよく走った。
意味もなく全力疾走で公園に向かって走って行く。
しかもボクが後からゆっくりと着いて行こうとすると、戻ってきて手をつないで
走ろうとするのだ。
それは恥ずかしいので、仕方なくボクも走る。

午前中の人気のない公園で、滑り台を滑り降りたり、ブランコを漕ぐ。


「あははっ!ちっちゃーい!」


・・・そう。全てが、今の進藤にはサイズが小さいだろう。
彼の記憶は6〜7歳で止まっているので、全てが小さく見えているのだろう。


「・・・進藤。」

「ん?」

「キミ、自分が・・・自分の体が16歳だって分かってるだろう?」

「う〜ん。分かる。」

「どう・・・だい?」

「なんかねー、いろんなもんがおかしく見える。おかあさんもかみの毛短くて、ヘン。」

「自分は?」

「カガミ見たら、しらない人みたいなんが写っててふしぎ。」

「・・・そう。」

「あかりちゃんも、あかりちゃんなんだけど、ちがうみたいになっちゃってる・・・
 とーやくんもボクと同じ年なんでしょ?でも、おにいさん。」

「進藤。あの、その呼び方。」

「とーやくん?」

「うん。」

「その、ボクの知ってる進藤は、」

「・・・・?」

「ボクの事を『塔矢』って呼んだんだ。だから、そう呼んでくれないか。」

「とーや・・・塔矢。」

「そう。」

「えへへー。何かヘン。」

「ついでなんだけど、前は自分のことは『オレ』って言ってたんだけど・・・。」

「・・・・・・。・・・・・・前なんて、知らない。」


進藤は不意にぷいっと顔を背けると、


「塔矢のばか!」


と言って、走って行ってしまった。
ボクは慌てて追いかける。


いや・・・・・・。

待てよ。そう言えば、記憶を失って最初会ったとき、彼は自分のことを「オレ」と言っていなかったか?
だとしたら、何故?

進藤は、成長を続けている。
初めは親しくなってきたからだと思ったが、それ以上に、どんどん言葉数が増えている。

進藤が接触する人間は、ほぼ両親と藤崎さんと、ボクだけだ・・・。
もしかして、「ボク」の影響を受け始めている・・・?


ゾッとした。


そんな進藤、進藤じゃない。

何故か急に碁を打たなければ、と思った。
慌てて進藤を家に引っ張って帰る。







進藤は碁の打ち方だけは忘れていない。
これは、ボクにとって非常に救いだったが、悩みの種でもあった。

もし完全に碁を忘れていれば、ボクは進藤を切ることが出来るかも知れないのに。


二人で打っていて、ボクが少しでも長考すると進藤は飽きて立ち歩き、
一人でくるくると回って目を回し、一人で笑っていたりする。
一度などはふらふらとボクが考えている碁盤の上に腰を下ろし、
あの時はまた怒鳴りつけそうになった。

進藤は打つのが速い。
元々早碁な方ではあったが、今は考えていないかの様に直感的に打つ。
にも関わらず、その手は以前と変わらぬ鋭さで、本当に記憶を失っていることを忘れそうになる。

だが、やはり、荒い。
集中力が持たず、ヨみ間違えも多い。
加えて飽きっぽい。
何度途中で投げ出されたことか。
こんなに子どもっぽい男が、これ程強いのが不思議でならない。
それに強くてもこんなにムラっ気では全く使いモノにならない。


だが、偶にではあるが、真剣に打っている時の進藤はプロ棋士として充分通用した。
見た目の表情も以前のようで・・・ボクは嬉しくもなるが、少し切なくもなる。

とにかく、碁だけは打たせなければ。
碁を覚えていると言うことは、それが6歳の進藤と16歳の進藤を繋げるキーかも知れないし・・・





などと考えながら進藤家に着くと、進藤は藤崎さんと一緒に公園に行ったとの事だった。

彼女もクラブの合間に(今高校は夏休みのはずだ)よく見てくれる。
進藤の幼なじみ。
進藤が本当に6歳だった時から知っている人。

ボクより仲がいいのは、仕方ないだろう。




ボクも追って公園に行くと、進藤と藤崎さんはベンチにいた。

進藤は、藤崎さんの膝枕で、寝ていた。

藤崎さんは優しい顔でそれを見ていて、

ボクはまた、見ては行けないモノを見てしまったような、気がした。






−つづく−





※三角関係?





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