宴及千年








それに気が付いたのはだいぶ後になってからだ。




最初は、ダブっとしたスーツを着た男の人。
肩幅が、やたら広い。
ネクタイが、やたら細い。
襟も、細長い。
他にはちょっと見ないような格好なのにあんなに自信たっぷりに歩いてる。


次は、道ですれ違ったすんごいチリチリパーマのセーラー服の女の子だ。
制服なんだから同じくらいの年だとは思うんだけど、
20は過ぎているように見える。
っていうか、滅茶苦茶スカートが長い。引きずりそう。
すんげー個性的でかっこいいなー、と一瞬思ったんだけど、これって・・・。


次は細身の光沢のあるスーツを着た若い男の人。
7・3分けってのかな。お笑い番組でしか見ないような変な髪型。
ズボンの裾が広がり気味。
ある意味お洒落なんだけど、ちょっと今時と違う。
精悍で仕事が出来そうな顔だけど、ケータイとか絶対持ってないでしょ。





ここまで来るとオレにもはっきり分かるようになった。
生きている人と、
既に死んでる人の違い。
多分最初も普通にすれ違ってたんだろうけど、あんまりはっきり見えるから
きっと気が付かなかったんだ。


オレってやっぱ霊感あるのかなぁ。あるよなぁ絶対。
やだなぁ。
でもたまの事だし、害はないし、だんだん時間を遡ってるみたいだし。
ちょっと面白いと思えるようになった。

ってゆーか、塔矢、一瞬お前も幽霊かと思ったよ。
お前の服の違和感は、最近見る「彼ら」に近いものがある。





ある日は気合いの入った女の人。
サイケっぽいプリントのツーピースに踵の高い靴。
今風と言えばそうなんだけど、いかんせんスタイルがよくない。
ちょっと小太りで足が短い。
ってゆーかその化粧はないでしょ!顔だけ滅茶苦茶白いよ。


和服を着たおばさん。
この寒いのにレースの日傘を差し、レースのハンカチを鼻の横に押し当てる。
髪の毛がこれまたすごい。
渦を巻いていて頭上に盛り上げてあって、
もみあげがバネみたいにくるくるして垂れ下がっている。


帽子をかぶったおじさん。
割と今でもありそうな形のスーツ。
あんまり違和感ないし、生きてるのかなー、死んでるのかなー、と迷ったけど、
気取った仕草でマッチを取り出して煙草に火を点けたとき、
この人死んでる、って思った。
だってそこ電車の中だったし。



今回は驚いたことに、電車を降りた後、塔矢が言った。


「非常識な人がいたな。」

「何が?」

「電車の中で煙草を吸っていた。」

「え・・・。」

「以前地方で座席に灰皿のついた古い車両を見たことあるけど、
 今時電車の中で吸う人がいるなんて信じられないよ。」


いや、いねえって。信じるなよ。


「・・・あのさ、たま〜にすんげー時代錯誤な人見たりしない?」

「着物着てるとか?」

「いや、ファッションでも洒落でもなくて、本気でタイムスリップ
 してきたんじゃねーの、って人。」

「SFじゃあるまいし。」


さっきは偶々、か。
それかオレと一緒にいる時だけ見えてしまう、のか?
塔矢も見えてたら楽しいなぁ、と思ったけれど、コイツは現実主義っぽいから
無理かな。
一緒に外を歩く機会が滅多にないのが惜しい。





次に見たのはひっつめ髪の太ったおばさん。
こめかみに白くて四角い小さな紙みたいなの張り付けてる。あれ何だろ。
太い布みたいなんを胸の前で交差させて、ある意味胸強調。
でもあんまり見たくない。あ、背中に赤ちゃん背負ってるんだ。
おばさんの、孫?ってほどでもない気もするけど、えー?まさか子ども?


ボロボロの軍服みたいなのを着た兵隊。
これは分かりやすい。
つーか汚ねーよ。
あ、足が片方ないんだ。ゴメン。ってかそんな汚い包帯で大丈夫?
しっかし、すごい、人間こんなにボロボロになれるもんかな。


レトロな着物を着た女の子。
真ん中で分けて、お下げの先に太いリボンつけて。
でも髪にあんまりツヤがない。あんまりきっちりくくれてないし。
リンスもムースもないから仕方ないか。
でも着物の着方も結構だらしない。
昔ってこんなもん?





なんせ総じて背が低い。
立派な感じの男の人でもオレより低い。
そして汚い。
こぎれいにしてる人もいるんだけど、なんというか行き届かないというか
綺麗の感覚が間違ってるというか。

それに・・・なんてえの?言ったら悪いけど、顔立ちとかスタイルが
野暮ったいっていうか・・・そういう人が多い気がする。
昔の日本人って、確かに黄色いサルって感じだよ。





みすぼらしい着物を着たいがぐり頭の男の子。
手足が湿疹だらけだ。それに青鼻垂れてて、裸足で、
お世辞にも清潔とは言えない。
それでも元気いっぱい走っていった。
あの子は・・・・何で死んだのかな。


首を白く塗った女の人。
ねっとりとした髪を日本髪に結ってるけど、時代劇と全然違うのな。
もっと小さいし・・・着物の着方が、なんか・・・。
あ、そっか。体を売る人か。
う、うわあ!歯が黒れえ〜!気持悪りぃ〜!


ほとんど裸で、金太郎の前掛けの黒いみたいなんを着たお兄さん。
ってってもオレよりだいぶ小柄だけど。
見てるだけで寒そうなのに、重そうな木桶を両端にぶら下げた長い棹を
肩に担いで、リズムに乗って歩いてる。
覗き込んでみると、き、金魚?!
何で金魚入れた桶持って歩いてるわけ?


久しぶりに着物着てない女の人見た。で、驚いた。だってドレスだぜ?
それもイブニングドレスみたいなんじゃなくて、お尻がぽふっと膨らんでて
かといってフランス革命みたいなんでもないの。上はスーツっぽいというか。
それで何と日本髪!しかも花のいっぱいついた麦わら帽子。
わけわかんね。大きめの趣味の悪いお人形みたいだった。




他にも色々出会ったけど、ほぼ100パー着物って状態になってきた。
でもテレビの時代劇と髪型も着方も違う。
あと、歩き方とか仕草が全然現代と違うのな。特に女の人。
オレも年取ったら着てみっか?





上野を通ったとき、初めて数人の塊を見た。
今で言えば小学生くらいの男の子。
に見えるけど実はオレと同じ年ぐらいなのかな。
4人居て、剣道の胴着のような物の上に羽織を着て鉢巻を巻いている。
裾を引き絞られた揃いの袴が、みんな泥で汚れていた。

二人で血まみれの子に肩を貸して歩かせているけど・・・。
どう見ても、もう助からない。
死にかけの幽霊というのも変なモノだ。

従うもう一人は・・・。
赤い液体が絶え間なく滴る、メロンの包みを槍に差して持っていた。


背筋の毛が、ざわり、と立ち上がる。
気持ち悪い、という感覚以上に何か感動のようなものが胸に差した。

だって彼らは

あんなに子どもなのに、死と隣り合わせで、
あんなに子どもなのに、真剣に生きている・・・。





「なあ、新撰組っていつ位にいたか知ってる?」

「幕末だろう。」

「オレらと同じ位なのに、すげーよな。命、賭けて。」

「当時は成人式も早かったし、今の僕らよりずっと大人だよ。」

「そっか・・・。全っ然かなわねえよなあ・・・。」

「進藤。」


塔矢が真面目な顔でこちらを見つめていた。
ええ?何か気に触ること言った?


「僕らだって、真剣勝負の世界に身を置いて居るんだ。
 下手を打てば棋士生命に関わる。僕らだって、真剣に、生きている。」


・・・・・・。
もしかして、あの時塔矢も上野にいたんじゃないか、と思った。
一緒に彼らに出会ってしまったのではないかと。
でも、よく考えたらその日は手合いだったからあり得ない。残念ながら。


「そう、だよな。オレ達も、負けていられない。」

「というか、意外と君は随分リアルに昔の人を想像するんだな。」

「上野にさ。今と同じ上野に新撰組もいたんだぜ。」

「上野・・それは彰義隊じゃないか?新撰組は主に京都だと思うけど。」



そっか。あいつら新撰組じゃないんだ。
彰義隊って知らないけど、新撰組と同じ様なもんかな。
ははっ。どっちにしろよく知らねえや。

っつーかここって・・・東京って、

江戸なんだな。




その時あることに気が付いた。
このペースで行ったら何年後にどこまで遡ってるのか分からないけど。





なあ佐為。

オレ、もう少ししたら広島に行くよ。

もし広島で会えなくても

もっと時間が経ったら、京都に行く。



塔矢と一緒にさ。





−了−






※このシリーズ以降書く予定がなかったんで、色んなものにチャレンジしてみたかったのだと思われます。






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