vs 塔矢行洋








「君は、アキラを、どう思う。」


目を上げれば元名人の厳めしい貌。
絶体絶命・・・?




・・・・・・・・


今日は塔矢の家で打つ事になっていた。
だけど、来てみたらなんと塔矢は予定外の仕事が入って遅くなるって・・・。
っつーのを教えてくれたのは塔矢の母さん。
お母さんいるなんて聞いてないよ〜。


「じゃあ、帰ります。」

「少し遅くなるだけだから上がって待ってて頂くようにって電話があったのよ。」


家に電話するよりオレに電話しろよ!そしたら時間ずらして来たのに。

まあ塔矢と似たキレーな母さんとおしゃべりしてみるのも一興か、
なんて下心を持ちつつ上がり込んだ。
長い廊下を先に立って歩きながら、向こうから話しかけてくれる。


「最近アキラからあなたの名前をよく聞くわ。」

「そうですか。」

「カタカナで『ヒカル』さんと書くのね?」

「はい。」

「もしかしたらこんな事を言うのは失礼かもしれないんだけれど、
 その名前、あの子が生まれたとき考えてたのよ。」

「へえ!そうなんですか?」

「ええ。カタカナで『ヒカル』か『アキラ』か。」

「ああ、似たような事ですもんね。」

「随分迷ったけれど、『アキラ』の方が碁が強くなりそうだと塔矢が。」

「はははっ。」


先生、なんの根拠でんなこと思ったのかな。
にしても先生のこと「塔矢」って。
日本で塔矢行洋を堂々と名字で呼び捨てる人って何人いるんだろう。
奥さんと・・・塔矢先生と同等か、それ以上に碁が強い人。

・・・・・・・前は、いたけどな。

オレも、いつまでも塔矢(息子の方な)を呼び捨てられる位置にいたい。


「・・・でも、ヒカルさんもお強いんでしょう?
 結局どちらでも変わらなかったのかも知れません。」

「・・・・・・・。」


・・そういう訳で他人のような気がしなくて。

お母さんはつぶやくように言ってから、廊下に膝をついた。
部屋の中に声を掛けて(え?)

開けた障子の向こうに座っていたのは端座した

・・・塔矢元名人。
マジかよ。







「入りたまえ。」

「はい、あの、失礼します・・・。」



背後で障子が静かに閉まり、ひたひたと足音が廊下を遠ざかる。



「・・・・・・・。」

「まあ、座りたまえ。」

「はい・・・。」

「・・・・・・・・。」

「・・・・・・・・。」

「入院したときは・・何かと世話になったね。」

「いえ・・・。」

「そう固くならなくていい。」

「あ、すみません。」

「謝る必要もない。」

「すみません。」

「・・・・・・・聞きたいことがあるんだが。」

「・・・あの、『sai』のことは。」

「・・・やはり。」

「ええ・・・。」

「・・・そうか・・・。」

「・・・・・・・・・・・・・・。」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・。」



落ちた沈黙に気まずい空気が混ざり始めた時、また障子が開いた。
お盆に乗せたお茶を持ってきてくれた塔矢の母さん。


「あまり、いじめないでくださいな。
 アキラさんの大切なお友だちなんですから。」


コトリと塔矢先生の前に湯飲みを置きながら、笑い混じりに言う。
「大切な」・・・って。特別な意味なんか、ないよな。

一気に場は和んだように見えたがしかし塔矢先生は。
いつもと言えばいつもの顔なんだけど、苦虫をかみつぶしたような。

まさかまさか・・・・・・・。






お母さんが出ていった後、尻が落ち着かなくてもぞもぞしてしまう。


「飲まないかね。」

「は・・・。いただきます。」


静かな部屋にすすーっとお茶をすする音が響く。
カコーンとか竹の音でもしそう。っつかしてくれればまだ間が持つのに。


すすー・・。

はぁ・・。

すすすーー・・・。

・・・ほぅ・・。

コトリ。

コト。

・・・・・・・・・。





また沈黙が続いて、オレの緊張が臨界点に
差し掛かったときに、


「ところで」


なんて言われたら、そりゃあ飛び上がりもするよ。


「君は、アキラを、どう思う。」


って。

ぎゃああ!
ま、まさか塔矢から何か聞いてるんすかー!
そんな親子関係って。
でも、塔矢家なら何があってもおかしくない気もしなくもないような。


「あの、いいい、人だと思います。か、かわいい所もあるし。」

「私は君に娘婿になれと言っている父親ではない。」


相変わらず渋い顔で。
冗談、なのか真剣なのか分からないので笑いようがない。
この針のむしろ。


「先日あれは君に負けたね。」


ああ、それ・・・。
初めて公式戦で塔矢に勝っちゃったんだよ〜。
あいつ表面には出さないけどちょっと落ち込んでたもんな。


「とても、いい一戦だった。
 アキラは君を随分ライバル視しているようだが、
 君の方はアキラをどう思っているのかと思ってね。」


・・・そ、そういうことか。焦って損した。
いやあ、ライバルどころかベッドの上では連戦連勝っすよ〜。えへ。
なんてとても言えやしない。


「オレもアキラくんの事ライバルだと思ってますし、いい友だちです。」

「友だち、か。それでは、最近アキラの様子で何か気づいた事がないかね。」

「・・・少し変わり、ましたか?」


それってさー、恋のせい?
オレの存在が塔矢を変えたりなんかしちゃってたり。


「思い当たるところがあるのかね。」

「いや、あの、オレにもよく分からないんですが・・・
 もしかしたら、好きな奴がいるのかも知れません・・・。」

「そうか。」


塔矢先生は動じた様子も見せず、軽く頷いた。


「やっぱり、そういうのって、ダメ、ですかね。」

「どういう事だね。」

「いや、恋愛にかまけて碁で負けてみたり。」

「言語道断、だな。」


うわ。やっべー!やっべーよ!バレたらコロされるかもよ?


「そ、うですよね。人好きになったりしてる場合じゃ、ないですよね。」

「だが、アキラが君に負けたのは、そのせいではない。」

「?」

「内容は良かったからね。勿論碁に悪影響が出るようでは困るが、
 しかしそうでなければ、人に対する感情を疎かにすべきではないと思う。
 特に君やアキラのような若い者には。」


まあ、確かに塔矢は好きだからって負けるようなタマじゃないけど。
でもそれって、


「恋愛オッケーってことですか?」

「むしろ、色々な恋をしたり、友情を深めて欲しいと思う。」


わあ、意外。
ってか、確かに今、ちょっと特殊な恋と友情してるかもですよ。


「でも、そしたら碁に使える時間が減るじゃないですか。」

「あれは、幼い頃から自分の時間のほとんどを碁に使ってきたからね。
 もうそろそろ・・・世界を広げても良い頃だと思う。」

「心配じゃないんですか?」

「何がだね。」

「恋にかまけて、いつ碁の腕が落ちたり嫌になったりするか分かりませんよ。」

「いや、むしろそういった経験が新しい一手の発想に繋がるんじゃないかと
 私は思っているよ。」

「・・・・・。」



ん〜。さすが、元名人。
懐が深い。
オレとしたことが思わず唸ってしまったが。





「でも・・・例えば、例えばですよ?塔・・アキラくんが道ならぬ恋、を
 していたとしたら、どうしますか?」


ああ、オレって!なんで墓穴を掘るような事を。
自分の勇気、というか無鉄砲さに乾杯。


「どういう意味だね。」

「ええっと・・・例えば人妻に横恋慕とか。」


馬鹿ー!オレー!言うに事欠いて塔矢先生になんてことを!
男を好きに、の方がマシだったんじゃないか?人妻はやめろよ、人妻は。


「さすがに、止めますよね?」

「いや、アキラの事はアキラに任せてある。」

「え。」

「自分で言うのもなんだが、私はあれを自分の行動の責任も取れないような
 人間に育てたつもりはない。あれが良いというなら、何も言わん。」

「!・・・・・・。」




・・・・・お見事。

この自信は何なんだ。どんな育て方をしたんだろう。

でも。
ということは、
他人の女を奪ったりするのもアリ、なんですね?

ということは
貴方から、息子さんを奪ったりしても・・・、いいんですね?





「・・・どこかの性悪にひっかかるかも知れませんよ。」


先生の目が、「ほう。」というように少し細められた。
でもその感情は読みとれない。
あ、しまった。先生に大してすんげー生意気な口のききかたしちゃった?


「・・・構うまい。性格はともかくあれが選ぶのなら、まあ、人物だろう。」


おお。先生クールに見えて実はかなり親バカと見た。
ってか・・・!そんなにオレを喜ばせてどうすんですか!?


「例えば碁が強いとか・・・。」

「そうだね。碁に関してはプロとは言わなくてもそれなりに分かる人間で
 あって欲しい。・・・というのは私の勝手な思いだが。」


オレプロ!プロですよ!


「それに碁に興味のある人間でなければ、そこまでアキラに
 惹かれはしないだろう。」

「そんなこと・・・。」


う〜ん・・・ない、と言い切れないところがツライ。
今は塔矢の顔、キレイだと思うし好きだけど、碁がなかったら
もし出会ってても生っ白い変な奴、だけで一瞬にしてオレの人生を過ぎ去って
いったかも。

不思議だな。不思議だな。
じいちゃんの倉から始まった、オレと塔矢。



「アキラくんは、碁がなくてもいい奴です。」

「・・・・・。」

「それでも、恋に溺れて碁を忘れてしまったら、と少し不安に、なります。」

「もし、それで打てなくなるようなら・・・・、そこまでの人間だ。」



なんと。




・・・さすが塔矢行洋。さすが、塔矢アキラのお父さん。

なるほど。
確かに息子さんは、どんなに大切な友だちでも、どんなに激しい恋でも、
もし碁と両立できないようなら、

・・・きっと躊躇いなく切ってしまうだろう。

アキラは、碁を取る。

その自信があるからこその、懐の深さな訳ですね。


こんなに静かに見えて、なんて、激しい人。

ああ、だから、強いんだ。
貴方も、塔矢も。








その時遠くから玄関の開く音と、微かな人の声がした。
塔矢が帰ってきた。


「それじゃあ、オレこれで。」

「ああ。すまなかったね。相手をさせて。」

「いえ。オレこそ、あの、勉強になりました。」



立ち去り際に先生が、ああ、と声を掛けてきたので振り返る。


「君は、どうだ。好きな人がいるのかね。」

「多分・・・。・・・いや、凄く、好きです。」




今日初めて微笑んだ塔矢先生に微笑み返しながら会釈をし、

オレは障子を閉めた。





−了−







※初明子。行洋。






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