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秘密 帰り道、一人で歩いていると赤いスポーツカーが信号待ちをしていた。 「緒方先生!」 聞こえてないか。 いっぺん乗ってみたかったんだよな。この車。 ガードレールをまたいで助手席の窓をコツコツと叩く。 「進藤か。何だ。」 「開けてよ。」 横断歩道の信号が点滅を終わった。 タ。 静かな音がしてドアのロックが解除される。 カダッ。 「よいしょっと。」 「何だ?」 「駅まででいいから送ってくれない?」 バダン。 「送ってくれない、だと。」 「青になったよ。」 緒方さんの「チッ」という舌打ちの音と共に、車は発進した。 もののついで、というよりは最初から狙ってたんだけど、 オレの家まで送って貰うことになった。 新車みたいに綺麗な車内。 マスコットとは言わなくても、ごみ箱とか音楽関係とか、 飲み物の缶を置くのとか位はあってもいいのに。 ただ灰皿は開きっぱなしだった。 余力を十分に残した低いエンジン音が心地いい。 流れるように緒方さんの手が動き、スムーズにギアチェンジ。 う〜ん、ちょっとかっこいい。 移動中のぽつりぽつりとした会話は、最近の棋士の動向。 誰と誰の手合いのどの手が、という話から、 誰が婚約したとか。 と、 「そういえば、アキラと寝られたか。」 ・・・え。 ななな、 何でいきなりそんなことを?! ってか、何で知ってるの? 何て答えよう!「なんの話ですか」はまずい。 肯定してるのと変わんないし、一番予想できる答えだし。 その後は一方的に押されてきっと投了だ。 ダメダメ! ってか、なんてとぼけようのない言い方なんだ! 「アキラとどうなんだ」とか言ってくれれば最近の手合いの話にでも 持っていけるのに。 頭パニック。とりあえず考える時間が欲しい。 「・・・以前『sai』の事を言ってましたね。」 「! 何だいきなり。」 「その、誰にも邪魔されないところで話したいんだけど。」 「『sai』・・・。話せ。ここも誰にも邪魔されん。」 「ええっと、出来れば碁盤のあるところ。」 「碁盤・・・棋院にもど・・いや、オレの家の方が近いか・・・。」 緒方さんはまた舌打ちと共に、ウィンカーを出した。 佐為ゴメン。こんなことで名前使って。 沈黙の落ちた車内でシートに思い切り体重を預け、 くつろいでいるふりをしながら必死に頭を回転させる。 やっぱり前家に行った時だよな。 あの時何か失敗したっけ。 でも酔ってたからあんま覚えてないんだよなぁ・・・。 塔矢の名前が出たのは、 最初、塔矢に酒を飲ませた、って聞いた時と 明け方・・・。 何か・・・おかしかったか? 塔矢に酒を飲ませてましたよね、って言ったら、 間違ってもアイツには手は出さない、って返事だった。 その時は違和感なかったけど・・・。 今考えれば、うがちすぎと言えばうがちすぎ。 ってことはその前・・・? あ゛〜〜〜!わかんない! どこまで知ってんの?それともカマかけてるだけ? それとも・・・やっぱり塔矢に何か聞いたの? きゅ、と体が前につんのめる感覚と共に、エンジン音が止む。 「着いたぞ。」 ここ来るの、二回目だ。 前は酷い目にあったからな。 ・・・でも気持ちよかったけど。 結局考えても何も分からなかった。 もし塔矢が何か言ってるとしたら、とぼけるのはまずいだろ。 と言って、100パーセント知ってる訳でもなさそうなので難しい。 ・・・正直に言うか・・・。 でもなぁ! オレと緒方さんのことを交換条件にして秘密を守って貰えればいいけど 緒方さんあの時、別に公表してもいい、みたいなこと言ってたしなぁ。 あの時ここまで読んでてそう言ったんだとしたら、すごい先読みだ。 緒方さんに従ってエレベーターに乗り込みながら、 逃げ場がないことをひしひしと感じる。 そっかー。人に知られて困る弱みがないってのは、強いよね。 オレも次に佐為のこととか聞かれたら公表しちゃうかなぁ。 って、下手したら病院入れられて碁が打てなくなっちゃう! ダメじゃん。 今こんな関係ないこと考えてるのも、ダメじゃん。 ・・・いいよ。緒方さん。 人に言えない秘密を作ろうか。 もう一度キモチいいコトしようか。 二回目となればいくらなんでも「仕方ない」じゃ済まないんじゃない? だからオレが塔矢のことを好きだなんて、言わないで。 オレはよくても、 アイツは。 前と何も変わらない生活感のない室内。 緒方さんは飲み物も出さず、もどかしげに普段使いらしい折り畳み式の 碁盤を広げた。 白と黒の蓋を開け、 「それで?」 それで・・・って、あ!佐為か! 忘れてた。 「『sai』の秘密を話せ。」 「秘密なんてないよ。オレと『sai』は本当に関係ないし。」 「な!さっきお前、」 「あれ、嘘だよ。」 「嘘・・・?」 わあ、険悪な表情!こわいよ緒方さん。 「緒方先生が変なこと言うから、考える時間が欲しくて嘘言っちゃった。 ゴメンナサイ。」 「・・・ゴメンナサイ、だと?」 眉間に皺を寄せたままソファの背もたれにドン、と背中を叩きつける。 乱暴に煙草の箱を持ち上げると、軽く振って一本くわえ、 ライターの蓋を開けてから思い直したように、口から離した。 「その前に話していたのは・・・アキラの事だな。で、考えた末どうなんだ。」 わ。その事忘れてたのかよー! ってか、低い、声。怒りの余り少し震えている。 爆発寸前。 またくわえた煙草に火を付ける手も微かに震えてる。 本当にごめんなさい。 「塔矢から、何か聞いてるんですか。」 「バカな。アイツがオレにそんなこと言うはずないだろう。」 「じゃあなんでオレが塔矢と寝たかなんて聞くんですか。」 「お前、アキラを狙ってたじゃないか。」 「・・・・・だから、どうしてそれが分かったのかって。」 「覚えてないのか。最中に、塔矢ともこうしたかったのかと聞いてきた。」 「そうでしたっけ。」 「そんなこと、お前自身がアキラを性欲の対象として見てなかったら 思い付かないだろう?それで翌朝カマをかけたらあっさり出てたぞ。」 「それって、」 「『アキラには手を出さない』と言ったら、露骨に安心した顔をしていた。」 そこかーっ!オレのバカバカッ! 緒方さんは酷く凶悪な顔で嗤う。 勿体ぶるように一旦口を切り、深々と煙を吸い込む。 オレが何も言えないのを百も承知で、ふ、、と細長く吹きかけた。 「俺は他人の嗜好には興味ない。お前が強引に乗り込んでくるから 仕返しに少しからかってみただけだが・・・そんなに知られるのが怖いのか。 俺を本気で怒らせても知られたくないほど。」 「・・・。」 怖いです。だって人に知られたら塔矢はもう絶対手の届かないところに 行ってしまう。オレのことを恨むかも知れない。 そんなの耐えられないんです。 でも今の緒方さんも大概怖いです。 緒方さんは煙草の火を消さないまま灰皿に休ませ、 身を預けていたソファからゆらりと立ち上がる。 殴られる!? いや、腕を掴みに来・・・、 原始的な自衛本能にかられてリュックを抱えたオレはその手をかいくぐり、 全速力で玄関に跳ぶ。 ガン、ガン、 鍵!鍵が掛かってる!内側から開かないはずは、 どうなってるんだこの鍵、落ち着け落ち着け落ち着け落ち 後ろから肩を掴まれ、全身がオレに無断で硬直した。 も、当初の目的なんて富士山の彼方にふっとんじゃって、 こんな凶暴な男にヤられるなんて、絶対ゴメンだ! 「『塔矢から聞いてるか』ということは、アキラはお前の 下心を知ってるんだな?」 「・・・・・!」 オレバカですね勘弁して下さいはい知ってますってかもうやっちゃってます。 リュックが手から滑り落ちる。 緒方さんはゆっくりとオレの体を回転させて、振り向かせた。 お、緒方さん〜!ホラー映画みたいですってば〜! そしてまたゆるゆると顔を近づけて 「あいつは男の身体に興味を持つようなタマじゃないだろう。 俺から、『進藤はイイから抱いてみろ』。 ・・・と言ってやろうか。」 ???え、ああ、そのパターンは考えたことなかったな、 ってか! 屈辱と混乱で目の前が冥くなる。 何言ってんだよ!何言ってんだよ! やめろよ!それ何重もの意味で最悪だよ! それにアンタだって男は嫌なんじゃなかったのか! 「・・・やめて、ください。」 「どうしようか。」 「本気じゃ、ありませんよね・・・・?」 「本気さ・・・それとも、」 後ずさる背後を壁に阻まれる。 緒方さんに壁に押しつけられるのは二度目だ。 二度目があるとも思わなかったし、しかもこんな形で。 「・・・『sai』の事を白状するなら今だぞ。」 全身の力が抜ける。 「塔矢に、言いますか。」 「・・・安心しろ。誰が、人に教えてやるものか。」 ささやかれた時にはその口は、既にオレの唇の前2センチの所に来ていた。 ジーンズがきつくなる。 目を伏せても近づいてこない唇。 ああこの人は、いつもこんな風に女の人を追いつめてきたんだ。 最後に形だけの逃げ道を。 最後の一歩を詰めるのはお前だと。 ・・・イヤだね。誰があんたなんかに服従するもんか。 佐為のことなんて、言わない。 自分から近づいたりも、しない。 オレは壁から頭を離さないまま、思い切り舌を突き出して 緒方さんの唇を、舐めた。 結局最後の2センチを詰めたのは緒方さんだった。 何かの堰が切れたようにオレの唇をむさぼって、上着に手を掛けたところで はっと我に返ったように自ら勢いよく身を離した。 そのまま反対側の壁に身をもたせかけて自分の口を手で覆う。 「お前一体・・・・・・。」 見つめ合う目を先に逸らしたのは緒方さんだった。 後で聞けばオレを脅かすだけのつもりだったらしいけど。 へへ。そうだったんですか? ちょっと、本気で怖かったですがね。 「いいか、オレがシラフでキスしたなんて言うなよ。」 ええ言いませんよ。 言いませんとも。 当初の予定通り、でもないけどオレは緒方さんに秘密を作らせた。 そんでオレの秘密もまた、一つ増えたってわけ。 −了− ※尻拭い。オガピカ、地味な方が後ってのもな。 |
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