夕日に誓へ
夕日に誓へ







進藤に女の子を紹介された。

紹介と言っても勿論僕と付き合えと言うわけではなく
棋院の入り口で顔を合わせて文字通り「紹介」されただけだ。


「コイツ、あかり。俺の幼なじみ。」

「こんにちは!藤崎あかりです。」


微かに頬を染めて、ぴょん、とお辞儀をする。

同い年ということだが、少し幼い印象。
でも、うさぎみたいなとてもかわいい人だ。
進藤と並ぶと、悔しいが見た目はとてもお似合いだと思う。
あ、悔しい、というのは勿論、こんなにかわいい幼なじみがいる進藤が
羨ましい、という意味だ。


「じゃあヒカル、1時間後くらいにここで待ってるから。」

「ああ、後でな。」


今日は対局ではなく、多少事務的な手続きをするだけなので
短時間で棋院に用事はなくなる。
後でまた待ち合わせて、デート、というわけか・・・。

エレベーターに乗って二人きりになると進藤は早速口を切った。


「なあ。あかりの事、どう思う?」

「かわいいな。」

「やっぱりー?昔から顔合わせてるから気が付かないんだけど
 最近俺の友だち、みんなアイツのことかわいいって言うんだよな。」

「・・・好きなのか。」

「好きっていうか、普段から仲いいから、別に何も言ってないけど・・・。
 人にかわいいって言われると、他の奴のものにはなって欲しくないなぁ。」

「そう。」


彼氏兼、お兄さん、といった気持ちか・・・。
なんだろう。先程から、こう、胸の中に穴が開いたような
空虚な。


そうか。
原因が分かった。


「本格的に付き合いだしたら、僕との対局に使える時間が減るな。」

「う〜ん・・・・。そうならないように努力はするけど。」


僕の中では進藤との対局は一番と言っていいほどの関心事だが、
だからといって彼にも同じように感じてくれなどと言えるはずがない。
それはあまりにも自分勝手というものだろう。

分かっている。



理性では分かってはいる。

だが!

だがどんなに我が儘であろうが非常識であろうが、
これだけはどうしても譲るわけにはいかない。

君は僕の生涯のライバルなのだから。
僕との対局をおろそかにしたら進藤、


殺す。






・・・・・とは言え、そうでなければ文句を言う筋合いもないだろう。
それにやはり・・・
僕に好きとか言っていたのは、はしかのようなものだったんだ・・・。

分かっていたから、いいけれど。

あんなに、かわいい人だし。

羨ましいよ。
進藤。

僕にも
あかりさんのような人がいたら。






「とりあえず、おめでとう。これで君も真っ当な道に、戻ったな。」

「え?なんの話?」

「君が僕にしたことも、好きとかなんとか言ってたのも、
 全部忘れるから、安心しろ。」

「なんで?」

「なんでって。」

「オレ、塔矢のこと、好きだよ。でも、あかりも人に渡したくない。
 こんなのって、いや?」

「!」


いや?と聞ける神経が、疑わしい。
何故しゃあしゃあとそんなことが言えるんだ!


「あかりさんに、悪いだろう?」

「大丈夫!言わなきゃ、バレないって。」

「君・・・。」


その時エレベーターの扉が開いた。
鏡を見ずとも険悪な表情をしてしまっている自覚はあった。
進藤は急にわざとらしく目を逸らして、
物凄く歩幅の広い猛スキップで、先に行ってしまう。


なんて奴だ・・・!
あかりさんは進藤がこういう奴だと知っているのだろうか。
いや、逆に幼なじみだから安心しているのだろう。
あかりさん、進藤は、君が多分思っている昔の純真な少年じゃない。

男の僕にでさえああだったんだ。
女の子相手だったら、どうなってしまうことか。
相手の気持ちなんかお構いなしに、獣みたいに押し倒すに違いない。

頬を染めたかわいらしい顔を、思い出す。
あかりさん・・・・・。







用事が終わって建物を出ると、数十メートル先に
進藤とあかりさんの後ろ姿が見えた。

声を掛ける気はないが、偶々同じ方向なのでついていく形になってしまう。

歩くのが遅いな。
しばらくすると差が十数メートルに縮んでしまったので
こちらも少し歩調を弛める。

風の流れによって時折聞こえる進藤の、声。
そして少し高い、あかりさんの、声。
誰がどうみてもお似合いのカップルだ。
道行く人はしかしその片割れの魔の手に、気付かない。
そしてその手が、天才的な一手を生み出すプロ棋士の手であること、にも。


あかりさんに向けられる進藤の微笑み。
の横顔。
好きな子には、あんな優しい顔を見せるんだな。
・・・僕にも向けてくれた、
笑顔。

でもその笑顔に潜むえげつない下心を、僕は知っている。

あかりさん。
きっと進藤は君を無理矢理。
そんなこと、許せない。
でも勿論・・・それは当人同士の問題で僕が口を出すべき事じゃない。
関心を持つべき事ですら、ない。
そんなことは、大きなお世話というものだろう・・・。


・・・・・・・。

でも、義を見てせざるは、とも言わないか?



少しだけ。
少しだけ遠回りしてもいい。

進藤があかりさんに不埒な事をしそうな様子がなければ、
すぐに家に帰る。

少し、確かめるだけ。



後で思っても実に不可解な行動力だが、僕は二人に気付かれないように、
後を付いていった・・・。






二人は賑やかな店が集まった一帯に足を運び、
この寒空に、まずソフトクリームを買う。
僕だって、進藤と二人ならアイスでも暖かく感じるだろう・・・。
いや間違えた、好きな女の子となら、だ。



二人は洋品店をひやかしながら少し歩いた後、
一軒の店の従業員と談笑し始めた。
店員さんは進藤に当てたシャツを、今度は何故かあかりさんに当て、
何か言っている。
二人仲間で着られますよ、着替えがないときに、とか?
いきなり泊まっても大丈夫、とか?
一緒に暮らしたりしても、とか?
お若いご夫婦ですね、とか?
冗談じゃない!



・・・結局何も買わずに店を出た二人はやがて大きなゲームセンターに
入っていった。
僕ははす向かいの店の前辺りで立って待つことにした。

今二人はどんなゲームをしているのだろう・・・。
曇り空を見上げながら、頭の中で最近の対局の棋譜を並べ直してみる。
ああ、あそこでこう打ったら、僕に勝てたのに。
いや待てよ。でもそうしたらこう受けるから、結局変わりないか。

・・・いい加減一人対局にも飽きてきた。
時計を見ると、1時間と10分経過。
一体何やってるんだ!


寒さに耐えかねて、結局手前の喫茶店に入り窓際の席に座る。
なんだかこういう店は苦手だ。
でも暖かい飲み物が手に入る。
それと一時にしろ安らげる、居場所。

頼んだ紅茶が来てやっと一口二口すすった所で、進藤とあかりさんが
ゲームセンターの出入口に姿を見せた。
なんてタイミングの悪い!あと5分待てないのか!


「すみません!」


慌てて勘定を済ませ、店を飛び出す。






そのまま駅に向かい、二人は改札を通った。
そして僕も。
プリペイドカードをここまで便利に感じる日が来るとは。

比較的人の少ないホーム。二人は階段付近で立ち止まる。
電車がすぐに来ない事を祈りながら、階段の反対側からホームに降りる。
入ってきた電車に乗るのか乗らないのか
身を屈めて階段の横からすかし見て、
何とか同じ電車の2両離れた車両に乗れた。

ああ、本当に、こそこそと何やってるんだろう。
時間の無駄としか思えなくなってきた。
日も傾いている頃だし、もう帰ろうか・・・。

二人の隣の車両に移動しながら、溜息が出る。







・・・結局、二人は進藤の学校の最寄り駅に降りた足で
住宅街を連れだって歩いて行き、一軒の家の前で別れた。
門の中に入って手を振るあかりさん。
ドアが閉まるまで見守る、進藤。

なんだ・・・。家まで送ってきたのか・・・。
意外と感心だな。

進藤が何も仕掛けなかったことに安心し、ほう・・・と長い息が漏れる。
一気に力が抜け、身を隠していた塀に背を預けて目を閉じた。


それにしても今日は、疲れた・・・・。
時間にして、3時間半、か。
一回対局できるじゃないか。
何を、してたんだろう・・・・・。全く。

最初から分かってはいたが、こんな事は続けられない。
いつもいつも見守るなんて、出来やしない。

ごめん、あかりさん。
僕は、君を守ってあげられないかもしれない・・・。






じゃり。

突然の身近な気配に目を開けると


「進藤!」

「進藤、じゃねーよ。お前、もしかして、つけてた?」


顔が真っ赤になるのが、分かる。
最後の最後でこの大失着。

進藤は「はぁ〜」と溜息をついた。


「駅でちらっと見えたから、まさかとは思ったけど。」


こうなったら開き直るしかない。


「ああ。」

「なんで?」

「それは・・・・。」


ええっと、二人の邪魔をする気なんて全然なかったのだけれど、
いや、そうだ、あかりさん。


「君が、あかりさんに何かするんじゃないかと思って。」

「何かしたら、悪いのかよ。」

「悪いね。君は彼女に、ふさわしくない。君だけは、いけない。」

「・・・お前も、あかりの事好きになったんだ?」


う〜ん・・・。そう言われると、それはどうだろう。
ただ、君が彼女に手を出すのが、どうしても嫌だった。
今思うとやはり、どう考えても放っておくべき事だ。
それは、進藤と、あかりさんの問題なのだから。




「それはだめだ!」


突然の強い口調。


「?」

「だめ、だよ・・・。」

「何が。」

「・・・アイツ、お前のファンなんだ。だから、お前が口説いたら、多分落ちる。」


どうして君の言い方はそういちいち下品なんだ。
それに口説いたら、とか言われても困る。


「でも、お前にだけは絶対渡したくない!だってお前は」


君よりはあかりさんにふさわしいと思うけれど。
かといって別に彼女を何とかするつもりは全く無いけれど。


「お前はオレのもんだもん!」

「え?」

「そんなの、やだ。あかりを他の男に取られるのも嫌だけど、
 しかもそれがよりによってお前だなんて!」




進藤半泣き。子どもか君は。

・・・やれやれ。

いつの間にか雲は晴れ、頭上には凄いような茜空が広がっていた。








「進藤。一つ解決方法を提案しようか。」

「・・・なに。」

「君は僕があかりさんに手を出すのが許せない。
 僕は君が彼女に手を出すのが我慢ならない。」

「うん。」

「だから、紳士協定を結ばないか?」

「紳士協定?」

「お互いあかりさんには手出ししない、と約束するんだ。」

「ペナルティは?」

「それがないから、紳士協定じゃないか。敢えて言うなら、信頼、かな。」

「うん!わかった。オレ、絶対あかりに手を出さない。だから、お前も。」

「出さないとも。」

「男と男の約束だ!」

「ああ。」




夕陽に照らされた進藤と僕は、ガッチリと固く熱い握手を交わした。





−了−






※アキラさん初勝利。



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