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冬の蝶・下 今、喰われた、気がした。 進藤に唇を奪われた、だけなのだけれど。 正に「奪われた」という表現が似合う。 あれは「キス」なんて代物じゃなかった。 僕の肩を掴んだまま、先刻の涙はどこへ行ったのか 見たこともないほど不敵な・・・しかしわけのわからない微笑み。 不気味に笑む進藤を突き飛ばして、背を向けた。 「冬に生まれるのも悪いもんじゃないって。」 背中に声が掛かる。 それは、さっきの蝶の話? 思わず足を止めてしまう。 「何故だ。冬に生まれたばっかりに、寒さに耐えて 孤独に死んでいかなければならないじゃないか。」 「冬に耐えられる程強いから、冬に生まれたんじゃない?」 「それはおかしい!」 力一杯振り向くと、進藤のニヤニヤ笑い。 ・・・また、乗せられてしまった。 「・・・強いから、だから過酷な環境に置かれるなんて。」 「仲間がいないからさ、唯一無二のパートナーを探して 力一杯飛ぶんだ。」 「会える確率なんて、凄く低いじゃないか。」 「うん。だけど、会えたら凄いだろ?冬に生きていけるほど強い蝶が 二匹!その子どもなんて、間違いなく滅茶苦茶強いぜ?」 「・・・・。」 「そんでさ、その子どもがまた冬に生まれて別の強い蝶に出会って。 冬に飛べる、強い蝶が増える。 それって夏のきれいなだけの蝶じゃない。 既に、新種だと思わないか?」 馬鹿なことを言っている。 蝶は卵で冬を越す。 夏に何度も代替わりするから子が同じ時季に生まれたりはしない。 理科で習わなかったのか? でも、進藤のきらきらした目を見ていると、言えなかった。 「そんなことならとっくに年中蝶が溢れているはずだろう。」 「人間が知らねーところで何百年もひっそり生きてるかも知れないぜ。」 「強い蝶ならもっと繁殖してるはずだ。」 「そんなことわかんないじゃん。 塔矢が見たその蝶が、最初の一匹かもしれないし。」 「あり得ないよ。蝶という種が出来てから一体 どれだけの年月が経ってると思うんだ。」 「100万年経ってても1億年経ってても、進化の最初の時ってのはあるんだ。 それにオレ達が立ち会っちゃいけないって決まりはないだろ?」 「・・・今までにも何かの間違いで冬に生まれてしまった蝶というのは 何匹もいたと思うよ。でも、彼らには仲間を探しまわるなんて悠長なことを 出来るほどの、時間が、ない。 恐らくみんな自分の遺伝子を残せずに死んでいったんだ。」 「そんなこと言うなよ!冬に生まれた蝶は、死なないんだぞ!」 ここまで来ると、苦笑するしかない。 ここで進藤に小学校の理科のおさらいをする気もないから、 笑って流すことにした。 「笑うなよ!オレ、知ってるもん。千年も死ななかった蝶。」 う〜ん・・・・。 今まで進藤は僕に比べてずっと平均的で健康な少年だと思っていたんだが。 この真顔。 もう少し気を付けて接するべき人種だったんだろうか。 さっきもいきなり理由もなく泣いてたし。 「千年経って、多分、ようやくパートナーに出会えたんだ。 で、卵を残せたから、満足して成仏した。オレはそう思いたい。」 「?」 「・・・だから、塔矢。お前も飛びつづけろよ。 冬に生まれた蝶は寂しいなんて言わずにさ。」 ・・・何だ?この会話は。 今までのは全部たとえ話だったのか? 内心慌てながら思考の軌道修正をする。 それにしても・・・千年も死なない蝶? 「僕は、別に仲間がいないなんて思わないよ。 日本だけじゃなくて、世界を見渡しても僕より強い棋士は沢山居る。」 「でも、いつかは最強になるつもりなんだろ?」 「それは、目指してはいる。そうでなければプロ棋士なんてやっていけない。 僕がさっき話したのは、例えばそうなったとしたら、という仮定の話だよ。」 進藤は少し考え込んだ後、何か諦めたような、でも澄んだ笑顔を浮かべた。 「心配するな!オレがそうさせないから。」 ! ・・・その言葉が聞きたかった・・・! 君は碁をやめないと言っていたけれど、 それでも口にせずにはいられなかったんだ。 すまない。 少し不安だったんだ。 また急に僕の目の前から君が消えてしまうんじゃないかと。 体の奥底から武者震いがこみ上げる。 「何だとぉ?」 「お前がこの先どんなに強くなっても、自分が最強なんて言わせない。」 「お互い様だ。」 「どんどん、どんどん、強くなって、 他の奴なんか全然追いついて来れない位先行くの。」 「そうなったら・・・、本当に二人きりの『冬の蝶』だな。」 「そう言うこと。」 ああ、さっきから、これが言いたかったのか・・・。 大袈裟な奴だな。 ・・・そんなこと、とっくに分かってるのに。 胸の奥に沸いた暖かいものが喉を伝って上昇し、 顔面に滲んで僕の頬をほころばせる。 「塔矢!」 進藤も満面の笑みを浮かべ、また僕の腕をつかんで引き寄せた。 本当に、なんでそうなる。 「冬の蝶は夏の蝶みたいに相手に迷わなくてもいいから、ある意味楽だよな。 同じ種類に出会ったが最後、もう好みなんか無視で即ゲッチュー!」 空いた方の手で「バン」と僕の胸を撃つ真似をする。 「悪かったな。好みじゃなくて。」 「違う違う、滅茶苦茶好みだからラッキーなんだって!だから!」 「碁盤持ってこい。」 「そうじゃなくて。」 「君の蝶はセックスしたくて千年も生きてた訳じゃないんだろう?」 進藤は目を見張った。 その顔には何故か見る見る喜色が広がる。 「はっはっは!そうそう!お前なら絶対分かってくれるって思った!」 ・・・別に分かってない。 千年死なない蝶って何の例えなのかと先程から頭を悩ませているんだ。 大昔から解かれたことない詰め碁の問題でも解いたのだろうか。 そんな物聞いたこともないけれど、あるなら是非見せて欲しい。 それにしても、なんて嬉しそうに笑うんだ。 「君と僕だって冬とか夏とかよりもまず、碁を打つ蝶じゃないか。」 「ん〜・・・そう来たか〜。 あ、そうだ。冬に生まれるメリットってもう一つあるかも知れないぜ。」 「何だ?」 「夏と違って冬景色が見られる! 折角だからオレと一緒に冷たい風にでも吹かれてみる?世間の。」 「・・・脅すつもりか。」 「とんでもない!オレだって男としたなんて、人に知られたくないもん。」 「・・・・。」 「塔矢にくわえられていっちゃったなんて・・・・。」 「もう黙れ!」 −了− ※これは実際に冬の蝶を見て考えた話だった。合掌。 |
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