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冬の蝶・上 「今日アゲハ蝶を見たよ。」 塔矢が自分から碁以外の話をするのは、珍しい。 ううん、多分初めて。 「え?こんなに寒いのに?」 「うん。なんだか涙が出そうになったよ・・・。」 「なんで?」 「だって、そうじゃないか。生まれてくる季節を間違えてこの寒空に、 いるはずのない仲間や恋人を求めてひらひらと飛んでるのを見るとさ・・・・。」 「・・・・・。」 「僕もそうなってしまうかもしれない。」 「?」 「これから僕が精進してうんと強くなっても、秀策や因碩と打てるわけじゃない。 」 「塔矢先生が、いるじゃん。」 「僕の棋力が最高潮の時、父がまだ全盛期とも思えないよ。」 やっぱり碁、か。 それにしても 塔矢はさらっと凄いことを言う。 なんて、高慢。 父親をも凌いで自分は歴史に名を残す碁打ちになる、という、自信と、自負。 普段からこんなこと、考えてなきゃ、こんなにあっさり口に出来るはずない。 凄い。 コイツ、本当に、凄い。 何も言えないで黙って横顔を見つめていると、髪を翻してこっちを向いた。 気高いけど全然他人を見下してないその笑顔は、 とても凛々しくて ああ、男らしいなぁ、って見惚れてしまう。 普段から見た目を裏切って随分気が強い所があるとは思ってたけど 男の中の男っていうか、「漢」と書いた方が似合うような。 王者の、笑顔。 きっとコイツはいつかそうなるだろう、と思わせる貫禄。 なーんかな。生涯敵わないような気までしてしまう。 雰囲気ってか、風格・・・って言うの?それで既に負けてる。 王様は、一人、だよなぁ・・・・。 こんなヤツを、なんか女の子みたいに扱って。 よくやるよ、オレも。 なんて自分にまで感心してしまった。 でもその笑顔には、続きがあった。 「父さんも秀策と打ちたいなんて思ったことあるのかな。 ・・・父さんもこんな孤独を味わったんだろうか。」 思わず笑ってしまう。 打ってるんだよ、お前も、塔矢先生も。 秀策とさ。 教えてやりたいけど、 教えてやらない。 否、教えて、やれない。 誰にも言えない秘密を抱えて、 誰とも分かち合えない記憶の中を あてもなく孤独に舞い飛んでいるのは、オレの方だ。 いや、何世紀もの間、 共に神の一手を目指せる好敵手を求めて彷徨い続ける孤独の深さに比べたら。 アイツこそが 気高き孤高の 冬の蝶。 「・・・どうしたんだ?進藤。」 「?」 「涙。」 気付かなかった。笑ってるつもりだったのに。 枯れたはずの、涙。 あとからあとから溢れて、止まらない。 そういえば塔矢。 オレの中の佐為に気付いたんだよな。 でも。 佐為の、声を知らない。 佐為の、笑顔を知らない。 あいつが盤上を指す時翻る袖は、蝶の羽のようにキレイだったのに。 誰も、見てない。 佐為。 オレ、碁がなかったとしてもお前に出会えて、幸せだった。 こんなに悲しいけれど、それでも本当に、会えて良かった。 まだ、いいだろう? 流したい。止めたくない。 「秀策」じゃない。 「sai」じゃない。 お前のための、涙。 「ゴミが入ったみたい。」 「そうなのか?」 塔矢はちょっとの間疑わしそうにこっちを見てたけど、やがて顔を戻した。 こういう時、詮索しないでくれるのは、すごく有り難い。 オレは、心置きなく、泣いた。 時間が流れてオレが落ち着いた頃、塔矢は前を向いたままぽつりと言う。 「だから、いなくなるなよ。進藤。」 は?なんの話? ってか、え?・・・今のって? 塔矢が、オレのこと、対等だと認めてくれてるって今、口に出して言った? 他の棋士の人にすっげー失礼だけど、 冬に出会った仲間の蝶だって言ってくれたわけ・・・? ・・・・飛び上がるほど嬉しい。 我ながら切り替えが早い、と苦笑する。 佐為。オレ、今なんか、すごく、わかった。 色んな事が、分かった。 オレとコイツと、一対の、蝶の羽。 涙の跡を拭いもしないで笑うオレを見て、塔矢が眉をしかめる。 「どうしたんだ?気持ち悪いな。」 さっきまでの孤独感が吹き飛んだ反動かな。 溜まらなく高揚する。 オレは塔矢に掴みかかり、 噛みつくような、キスをした。 オマエが王者なら、 オレは、覇者だ。 −了− ※最初あったこのキスシーンは、実はきはさんの絵から・・・。 他の方へのリク絵なので失礼な事限りなし。(でも本人に言っちゃったけど) |
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