オガタサン
オガタサン








緒形さんの夢を見た。

何故かどこまでも白い雪景色で、何故か切なくて。

ただ、向かい合って立っていた。

実際にこんなことがあったのかどうか覚えていないけれど、
恋を知らないと思っていた僕の、

あれが初恋だったのだろうか。

夢の中で、白い指がふいに伸びて、僕の唇に触れる。

「緒形・・・さん?」




目を開けると進藤の顔が離れて行く所だった。
こんな所まで追いかけてきたのか。

休憩時間、誰にも邪魔されずに仮眠を取りたくて、
人気のない階のベンチまでわざわざ足を運んだのに。
そう言えば彼と二人きりになるのはあれ以来初めてか。
全身にそば立った鳥肌が、警戒信号を伝える。


進藤には成り行きで、一度だけ・・・抱かれた。
正直、その後顔を合わせるのが辛かったが、
向こうは気抜けするほどあっさりと、普通に接してきた。

だから先日のことはなかったことにするつもりだな、と飲み込んで
こちらも不自然に距離を置かないように気を遣ってきたのに。

こんなことなら徹底的に無視するべきだった。




「で?オガタサンといつもこんなことしてんのかよ。」

「は?」


緒形さんの名前が出てきた事に驚いた。


「キスしたら寝ぼけて『オガタサン』って言ったじゃん。」

「ああ・・・。やめてくれ!」


「ああ」の方は直前の言葉に納得した感想だ。

と言うか、キス?ああ、そうか、キスだったのか。
怒るべきだろうか。
しかし既にタイミングを逃してしまった。
まあいいか。・・・いいのか?



それにしてもこんな所でセクシャルな夢を見てしまったものだ。
自分の指で唇をなぞる。とても、セクシーな指だった。
現実の進藤の唇よりずっと。
当たり前だ。
だって進藤は僕と同じ、少年なんだから。

緒形さん・・・・。
また切ないような気分が甦る。
でもあの頃のあの人は、僕の思い出の中にしかいない。
今は・・・。


「答えになってないじゃん!そういや、あの人なんか変だもんな。
 酔っぱらってつかまった時、オレちょっと怖かったもん。」


・・・うるさい。


「彼の事をそんな風に言うのは君の為にならないぞ。」

「はっ!『彼』だって。カノジョ気分?
男とやるなんて考えられません、って態度だったくせに!
 っていうか、何がオレの為だよ!自分の為だろ?!」


一人で一気にまくし立てる。
彼を彼と言って何が悪いんだ。
何を怒っているのかさっぱり分からない。

訳の分からない進藤は放っておいて、儚く消えそうになる甘酸っぱい記憶を
懸命に呼び戻した。

緒形さんは冷たい印象の容貌であったが、
本当はとても優しくて、頭が良くて。
当時、眼鏡を掛けていたかどうか。
最初の記憶では掛けてなかったような気もするけれど、
そうだ、途中から掛け始めた。

何だか急に大人びて、羨ましくて、借りて掛けてみたいなぁ、と思ったけれど
そんなことを言ったら子どもっぽく思われそうで、
とても、言えなかった。

でも夢の中では掛けてなかったから、僕は本当はそちらの顔の方が好きなのかな。
いや、「好き」って・・・。昔の話なのに顔が少し熱くなる。


「やあらしいな。ぼーっとして顔赤くして。どんな夢見てたんだよ!」


・・・これだけは言える。絶対君が思っているような夢じゃない。
進藤が何を想像しているのか考えると、頭が痛くなる。
というか自分の事を棚に上げて、恥ずかしい男だ。
本当に同い年か?不純の佃煮みたいな奴。

しかし答えないでいると進藤は、不意に顔を伏せてしまう。
何故か、心に群雲。
待て待て。僕の方が罪悪感を覚える必要は全くないじゃないか。


「・・・お前。本気で、好きなのか。・・・あの人のこと。」


動悸が一つ、強く打つのが自分でも分かる。
何故だろう。何故だろう。進藤の真剣な声音がそうさせるのか、
その内容か・・・。

苦笑、という表情を浮かべたつもりだが、
ちゃんとそのように見えている自信がない。


「君の言うような意味で、好き、というのじゃないよ。
 父の弟子で、小さい頃からお世話になっていて。それだけだ。」


そう。彼に対する思いはそれだけ。これ以上はなにも思うまい。
・・・思っている自覚はあるけど、意識には登らせまい。


「・・・・て、初めてじゃなかったとか?男に抱かれた経験結構あったりして?」


つぶやくような返答が聞こえなかったのか、
彼はまだ勘違いしたまま、何か非常に無礼な事を言ってくる。
さっきの殊勝な表情はどこへやら。
というか、いい加減しつこいぞ進藤。


「うるさいな。仮にそうだとしても君には関係ないだろう?」


眠いし寝起きだし考え事の邪魔されたし、機嫌も悪くなろうというものだ。
機嫌が悪いことを隠そうともしないところが我ながら子どもだと思うが
子ども相手に大人ぶっても仕方がない気もする。


「ふ〜ん。やるねぇアキラ先生。じゃあ、オレにもやらしてよ。ここで。」


何だ?その下衆な物言いは。あんな事で僕を自分の物にしたつもりか?
馬鹿らしい。
僕が女の子だったとしてもそんな男は御免被る。


「なにが『じゃあ』だ。そんなこと出来るわけない。」

「この間やらしてくれたじゃん。」

「そっちが勝手にしたんだろう!」

「じゃあまた勝手にやる!」

「あの時と情況が違うだろう!場所を考えろ!」

「どこだったらいいんだよ!」

「そりゃ、・・・って、どこでも断る!」


自分でも知らない間にベンチから立ち上がり、
気が付けば取っ組み合い寸前だ。

しまった。
相手が子どもだからこそ、大人の顔であしらうべきだった。
これでは僕も進藤と同レベルじゃないか。






「何を騒いでるんだ。」


あ。
煙の匂いと共に白いダブルのスーツが目に飛び込んでくる。
いつからそこに?どこから聞かれた?

しかし表情を見る限り、僕が大声を出していたことに少し驚いただけのようだった。


「進藤も何してるんだ?」

「だってコイツが。」


小学生並の反応。
だが小学生みたいにあることないことしゃべるんじゃないぞ。

って、思い切り睨み付ける僕も小学生並か。


「くっ、」


この場にただ一人の大人が笑い出す。


「はははっ。アキラくんの子どもらしい顔見たの、久しぶりだな。
 丁度リラックス出来たみたいじゃないか。」

「・・・・・。」


思わず赤面する。

進藤を見ると同じく頬を赤くしながら彼を睨んでいる。
が、僕と目が合うとニヤリと笑った。
かなり腹立たしい。
なんで碁盤もないのにこんな奴に感情を剥き出してしまったんだろう。
子どもでも、ないのに。






と、いつもの澄まし顔を取り繕った所で


「そろそろ時間だぜ。・・・アキちゃん。」


緒方さん・・・・




思わないようにしてたけど、やっぱり性格悪すぎ。


同じ読みでも小学校で同じクラスだった「緒形さん」とえらい違いだ。






−了−








※こういうのを書くと、誤字が出来なくなりますね。
  名前ではないと思うのですが未だに他はあると思います。

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