書庫の魔物
書庫の魔物








人に頼むのは嫌だった。

でもせめて誰かについてきて貰えば良かった。

と思うが後の祭りだ。





「塔矢、何してんの?」


進藤ヒカルの明るい声が聞こえた瞬間だ。


「君こそ、何故ここに。」

「棋院から届け物があって持ってきたんだけど。
 オレ、いっぺん他の学校って見てみたくてさあ。
 んで玄関で帰ろうとしてた人に聞いたら、
 塔矢図書倉庫にいるんじゃないか、って・・・お前やっぱ有名人?」


今の情況の感想は一言。

くそっ。

ああ僕らしくもない。
高度30センチの世界で小さく舌打ちをする。

こんな姿を誰にも見られたくなかった。

しかし、一番と言っていいほど見られたくなかったのは
この進藤ヒカルだろう。
同時にこんな誰も来なさそうな所に、
更に一番出現する可能性が低かったのも彼だったはずだ。

これほど間が悪い時というのは一生にそうそうないのではないだろうか。


「だけど、もうちょっと遅かったらヤバかったよな〜。
 そういや試験期間だったんだ。」

「・・・・・・・。」


何故さっさと帰らなかったんだ、僕は!

今日から一週間、期末試験の準備期間として授業が早く終わり、
普段は運動部の部活で姦しいはずの校庭も既に静まり返っている。
この時間なら、学校に残っている生徒自体少ないはずだ。
家の近い者ならもう勉強を始めている頃だろう。

そんな時にこんな薄暗い倉庫で
人生最悪の時に出くわしている僕。



−−−



事の発端は帰りのホームルームの後。
前の席で図書委員の・・・確か佐藤。
彼が友人とテストが終わったら図書室の奥の書庫の整理を
しなくてはならないなどと話していて、ふと振り返って言ったのだ。

「そういえば塔矢。古い碁の資料みたいなんもあったぞ。
 珍しいもんだったら処分する前に貰っちゃえば?」

彼はいい奴だ。彼は悪くない。
(進藤にこの場所を教えたのも恐らく彼だろうが、恨む筋合いは・・・
 多分ない。 それにしても別に僕は有名人でも何でもない。
 君こそ何故よりによって佐藤に会うんだ!)

悪いのは帰る前に一度見ておきたい、貰い受けるかどうかは別として、
などと思い付いた自分だ。
取ってきてやろうかと言ってくれたのを遠慮して、
一人でのこのこ薄暗くて黴臭い書庫にやってきた自分だ。



−−−



「でさぁ、お前、ホントに何してんの?」


見れば分かるだろう?分からないか、その場所からでは。


職員室で鍵を借り、誰も居ない書庫にやってきた僕は、
古い紙の匂いを一つ吸い込んで端から丁寧に目的の物を探し始めた。

特に古そうな本の並んだ金属製のラックの一番下の段。
に並んだ本の上に「突っ込んだ」という形の紙の束があった。
埃だらけのその表面に見事な筆文字で何か書いてあったので、
件の碁の資料かと思って覗き込んだのだ。
なんだ習字の手本か、と、顔を上げたとき、くん、と引っ張られる感覚に
思わず地面に手を突いた。

屈んだ拍子に髪が落ちて、その束がラックのネジか何かに
引っかかっていた、と言うわけだ。

最初は軽く手で解こうとした。
でも、手探りの作業のせいで余計に絡まってしまう。

だんだんイライラしてきて抜けてもいいからそのまま立ち上がろうと思ったが、
それにはあまりにも大量の髪が捕捉されていることに気が付いた。
しかも再び無理に引っ張ったせいで、余計に深く挟まってしまったようで・・・。

これは少量づつ千切るしかないか・・・かなり嫌だな、と思った頃には
屈んでから既に15分は経過していた。

そこへ、進藤が現れた、というわけだ。



−−−



正座でお辞儀をしたような格好だったのが恥ずかしくて
思わず四つ這いになる。
しかしどちらも五十歩百歩だろう。
長きにわたる悪戦苦闘の間に冷たいはずのリノリウムの床は
気持ち悪くぬくもっている。
四つ這いや床に蹲る姿勢に対する精神的抵抗は摩耗し、
既に肘も膝も埃だらけだ。
振り向いて進藤の顔を見ることすら叶わない。

なんという屈辱。

だが子どもでもあるまいし、黙っているわけにもいかない。
動揺していることを悟られる方がもっと恥ずかしいかもしれない。
ここは、冷静に対応するしか。


「本棚に髪の毛がひっかかった。
 悪いけど図書室のカウンターからハサミを借りてきてくれないか。」

「いいけど・・・。髪切るの?勿体なくね?」


進藤の足音はハサミを目指してきびすを返すどころか、
なんとこちらに近づいてくる。そのまま僕に覆い被さるように屈んで、
本棚と僕の接合点を調べ始めたようだ。

だが・・・全くおせっかいだ。君は。
この情況が僕にとってどれほど口惜しく不快なものか分からないのか。
もういいから、早くハサミを取ってきてくれ。


願いも虚しく、僕に代わってラックと格闘始める進藤。
バランスを取るためか、僕の肩に手まで突く。
さっきまで床に突いていた手だろうが。
それに耳元にかかる湿っぽい暖かい空気はどう考えても進藤の吐いた息。
気持ち悪い。そんなにひっつかないでくれ。


僕は他人の体温に慣れていない。
これで相手が女の子だったらちょっとドキドキしてもいい所かもしれないが、
相手が進藤では。

などと、いい加減心の中で文句を言うのも疲れてきた頃。


「こりゃ、手じゃ無理だよ。・・・・・でさぁ、お前の髪って、いい匂いだよな。」


なんの話だ!
苛立ちが極まって眩暈がする。


「早くハサミを取ってきてくれ!
 取ってくれる気がないんなら自分で何とかするから、帰ってくれ!」


僕の声が聞こえなかったのか(そんなはずないな)進藤は無言のまま
僕の後ろ髪を掻き上げ、うなじを露出させる。
寒いじゃないか。というか、理由もなくこんなに気易く他人の髪や体に
触るのはどうかと思う。おまけに


「お前、後ろから見たら女の子みたい。」


聞き捨てならない。
これが廊下の立ち話などなら内心穏やかと言えなくとも、表面は笑い流せる。
だが、密室で、二人きりで、しかもこんな不自由な状態で
後ろから覆い被さられていては笑えない。
あまりにも悪趣味な冗談だ。


精一杯睨んだつもりだが、無論進藤からは見えないだろう。
僕が黙っているのを良いことに、進藤は僕のシャツをズボンから
引き出し始めた。


「こういう冗談は好きじゃない。帰ってくれ!」

「冗談じゃ、ないかも。」


全く笑いを含まない声音に、背筋が凍る。

まさか。

いやまさか。
そんなに僕を脅かして楽しいか、進藤。
実は君はそういう奴なのか。

ここで僕が恥ずかしがったり怯えたりしたら、必ずつけあがる。
こういう手合いには無反応が一番効果的であることを、
僕は経験上知っている。

進藤の手がシャツの裾から侵入し、背の素肌を撫でた。

僕はそんなことじゃ切れたりしないよ、
君が飽きるのを待ってやってるだけなんだから。
という意味を込めて、聞こえるように大きな溜息をつく。

顔も見えず、声もなく、ただ手だけの存在になった進藤は、
背中から脇腹に移動し、あばらを一本いっぽんなぞってから、
臍の辺りを開拓始めた。

ぞわり。

意に反して、体中を何かが走る。鳥肌がウェーブのように
ゆっくりと表皮を移動していった。
意識したくなくて、床に突いたままの両膝の痛みに神経を集中する。

手はひとしきり胸元をまさぐった後、また臍辺りまで降りてきた。


「この体勢ってさ、本当に、クるよな。」


背中に頬を当て、照れたような進藤の声。
照れるな!
本気にしてしまうじゃないか。

それともまさか、本気じゃ、ないだろう?

口に出して尋ねたら、声が震えてしまいそうだ。


「僕が本当の女の子じゃなくて残念だったな。」

「うん。ホント残念。」


思わず安堵の息が漏れる。
さあ、遊びは終わり。日常に戻ろうじゃないか。
何事もなかったように立ち上がって、まずはハサミを取ってきてくれ。

探検の途中で引き返すような、微かな不完全燃焼感が何故か残るが
もちろんその100倍はホッとした。
なんとなく悪ふざけの域を越えていたような気がするが、
今なら冗談で済む・・・。



−−−



ところが一旦動きを止めた進藤は、少し躊躇うように手を開いたり閉じたり
したあと、なんと僕のベルトに手を掛け始めた。

今の引き際のチャンスを逃すとは、なんて君は愚かなんだ!
ここからは正面対決しかないんだぞ。


「やめろ。離れろ。」


カチャカチャ。


嘘だろ、冗談だよと笑うんだろ。
まだ事態を認識しあぐねている間にベルトを外されてしまう。


我に返って、ズボンに手を掛けた進藤を後ろ手に止めようと試みたが、
虚しく空振りするばかり。
それなら、と今度は蹴り上げた片足を捕まえられる。

しまった。


「声をだして人を呼ぶぞ。」

「聞こえないんじゃない?ってかオレは別にいいけど?」


何故いいんだ!
今人が来たら、君はプロ棋士として世間に顔向けできなくなるんだぞ。
日常生活でももうちょっと先読みして欲しい。

でも・・・。進藤ならいつものようにへらへら笑って、


「あんまり女の子みたいで可愛かったからさぁ。
 あ、でもホントに女の子だったら絶対あんなことしないけど。
 男だし、つい、な。冗談だよ。」


などと嘯いて、それで許される気がする・・・。

そうでなくともここは僕の学校だし、
進藤が変質者扱いされるのは構わないが、僕がその変質者に襲われた、
などと絶対人には知られたくない。
特に父さんには。



−−−



頭部を中空に固定されたまま片足をとられた体勢は、
不安定なことこの上ない。
進藤もおそらくは僕の腿を脇に抱えた形の不自由な姿勢のまま
しかし執念深くズボンのファスナーを下ろそうとする。

それだけは絶対避けなければ。

体の安定を図りながら、髪を引っ張らないように気を付けながら、
出来るだけ腰を捩る。
ただでさえ進藤の腹が熱いので、いささか汗ばんでしまう。

つっ!

思わずバランスを崩して、髪を引っ張ってしまった。
何本か抜けたようだ。

しかしそれを気にする余裕もなかった。
その隙に進藤が一気にファスナーを下ろしてしまったからだ。
すぐさま復元しようと股間当たりに伸ばした手の首を、つかまれた。
どうも僕よりかなり反射神経も運動神経もいいようだ。


とりあえずどうしようもないので、僕は目を閉じて息を整える。
進藤も僕の腰に後ろからもたれ掛かって動かない。
二人してあり得ない体勢のままの膠着状態。
しかし、しばしの、休息。



−−−



やがて進藤は僕のズボンを下着と一緒に引きずり下ろそうと始めた。
ファスナーの時よりもっと嫌なのに、疲れた体は先程より弱々しい抵抗しか
してくれなかった。

しかしそれは進藤も同じで、動きが少し鈍くなったようだ。
でもこっちが頭を固定されている以上、事態が好転しようはずもない。
片膝を腹に引き付けていれば、或る程度以上は脱がされないはずだが、
それは或る程度までは脱がされやすいということだ。
回復した進藤の腕力が疲弊しきった僕の脚力を上回れば・・・。

僕が絶望的な気分になったとき、進藤は動きを止めて
思いもかけないことを言った。


「ね、塔矢。足抜いて。」

「いやだ。」

「・・・裂くよ?どうやって帰るの?」

「そこまでしたら、それは犯罪だぞ。」

「そう、かもね。」




諦観に似たものが訪れる。
今の彼には何を言っても無駄だ・・・。
ほとんど動物というか、何も考えていない。


さて一見今の情況は八方ふさがりに思える。
こんな時こそ冷静にこの場を俯瞰してみるべきだ。
どこかにきっと逃げ道があるはずなんだ。
ただ脱がされること嫌さに闇雲に抗ってきたが、
それ以外に方法はなかったのだろうか?

まず、進藤はズボンを脱がせて何をするつもりだろう。
僕を辱める為に体や尻を攻撃する?あるいは先程のように撫でる?
それとも僕の尻の穴や性器を観察でもするつもりだろうか。
嫌だ。絶対に嫌だ。
進藤にまじまじと見られるくらいなら舌を噛んで死んだ方がマシだ。

でも学校の書庫で、髪をラックに引っかけたまま下半身を剥き出されたまま
舌を噛んでいる僕の死体を(明らかに変死体だ)警察や多くの他人に
見られるのも絶対嫌だ。

小さい頃よく耳にした「究極の選択」という言葉が頭に浮かぶ。
「ありません。」と言えるものなら言いたい。

どうすればいい?

どうすればいい?

体力やこの不利な体勢からして力尽くで止めることが出来ないことは
よく分かった。

だとすれば、僕は一つの手しか思い付くことが出来ない。
あまりにも不本意、だが。


「進藤・・・。やめてくれ。頼む。お願いだ・・・。」


屈辱に涙を滲ませながら言葉を絞り出す。
今は、背に腹は代えられない。
今だけだ。
僕は君を許さないから。


「うん・・・。」


申し訳なさそうな、力無い返答に、心底胸を撫で下ろす。
が、次の瞬間


「止めたいのは山々なんだけどさ。コレが。」


と、尻に堅いものが擦りつけられる。

何?

あ。

何故か僕まで恥ずかしくなった。
なんで勃起してるんだよ!
もしかしなくても僕の尻をやらしい写真か何か代わりにするつもりか!

冗談じゃない!

だが・・・それは死ぬよりはマシなんじゃないだろうか、
という思いも芽生え始めた。
これは悪魔の囁きか?
僕はもっと生きたい。
生きて、碁を打ちたい。
いつか父さんを凌駕するような碁打ちになりたい・・・。



−−−



またひとつ息を吐いて、この後の展開をシミュレーションしてみることにした。

ズボンを脱いで、僕の裸の尻を見ながら進藤が手の運動をして
射精して、身繕いして照れながらハサミを取りに行く。
僕の髪をラックから解放して、僕は憮然とした表情のままズボンを穿いて
これからは対局の時以外話しかけないでくれとか言って、この場を後にする。

最悪の場合は尻にひっかけられて、そのまま放って置かれる。
だが当分人は来ないはずだから、当初の予定通り少しづつ髪を引きちぎって
自由になったら鞄の中のティッシュで進藤のモノをきれいに拭い去り、
次に会った時から彼を無視すればいい。


心配なのは彼の気が引けて、今後の対局で本来の力を発揮できない
場合だが、そのくらいの罪悪感があるのなら
始めからこんなことはしないだろう。

こんな時にも相手の心配をするなんて、僕はつくづくお人好しだな。
いや、彼を心配しているんじゃない。
いい対局が出来る機会が減るのを心配しているんだ。


長い人生から見れば、こんな事はきっと些細な出来事だ。
きっと。
思春期に訪れた一瞬の悪夢。
僕は、そんなことで潰れるほど・・・やわじゃない。



−−−



「わかった・・・。だが一つ言っておく。絶対に50センチ以上顔を近づけるな。」

「うん。」


本当に分かっているのか。
約束を破ったら、次に会った時、本当に君を殺すかも知れないぞ。


本能的に抗おうとする体を理性でねじ伏せて、力を抜く。
進藤がズボンを脱がせようとするのに協力する。


剥き出された尻にひんやりとした空気が当たり、
先程の不自由な格闘の疲れが癒されるような気がした。
少し気持ちがいい、などと思ってしまった自分に心の中で舌打ちする。

進藤は少しだけ離れて、僕の下半身を見ているようだ。
荒い鼻息の音で、彼の頭の位置が知れる。
その手はまだ動いていないようだ。
だが、早くしてくれ、などとあられもない言葉を口に出してしまう前に、
ちゅぱ、
と湿った音が、した。







「何するんだ!」


考える前に大声が出てしまった。

何故なら濡れた何かが、僕の尻の穴に当てられたから。
周辺に指らしき体温を感じるから、きっとそれも指なんだろう。
確かに顔を近づけるなとは言ったが、触るなとは言っていない、じゃなくて、
違う、普通触らないだろう!しかもそんなところを!

反射的に腰を前に引こうとしたが、空いている方の手で腿の前をつかまれ、
阻まれる。


「・・・ごめん。」


つぷ。


更に信じられないことに、太いモノが中にさしこまれる。

痛い!

進藤は謝ったつもりかもしれないが、僕の頭に浮かんだのは、
時代劇で「御免」と言いざまにいきなり人に斬りつける辻斬りの映像だった。


進藤、何を僕の尻に!
慌てて頭を下げ、股の間から向こうの様子を見ようとする。
ぷち、と音がしてまた髪が抜けたようだが、そんな場合じゃない。
しかし股の間からは、僕の足の間に突いた進藤の膝しか見えなかった。

これは・・・流れからしても、進藤の指、なのだろう。
最初の衝撃が去ると、驚くほど早く痛みが和らぐ。
中で蠢き始めた円筒状のものは、
その器用さから見ても指に間違いなさそうだ。

意外と太く感じるものだな。
なんて考えている場合じゃない。
腰を捩って逃れようとしたその時。

急に中の指がクイッと鈎型に曲がり、それと同時に進藤が


「あッ」


と悲鳴と溜息の間のような声を出して、尻たぶに
びちゃ、
と生ぬるい粘液のようなものが掛かった・・・。



−−−



終わった・・・・・。


何とも言えない、悪夢は想像した以上に悪夢で、
この受難が終わったことは嬉しいけれど
同時に僕の人生も終わったような気がした。


「ごめん、オレ、」


とにかく早く指を抜いてくれ。
僕を解放して現世に戻してくれ。


しかし進藤は腿に掛けていた方の手をずらし、僕のモノを握ってきた。

・・・もう、信じられないことばかりが続いて、驚く気力も失せている。

だが、それを越えた愕然とした掴まれて初めて気付いた自分が



勃起していたこと。




嘘だ!

死ぬほど気持ちが悪いのに。

信じたくない!

しかし、この感覚、角度。
間違いようがないらしい・・・。


・・・尻に指を入れられて勃起するなんて、あまりにも変だ。
世界できっと唯一人の変態だ。
自分では知らなかった。
それとも進藤の変さが伝染ったのだろうか。
そんなことはないだろう。


深い、絶望。


だって、自分でも平均よりは優秀で、かなりまっとうな人間だと信じてきたし
そうあろうと頑張ってきたのだ。

十数年間の父母や周囲の期待。
積み重ねてきた自分の努力。

それら全てが水泡に帰す。






死のう。

解放されて体が自由になったら、死のう。



昨日まで、いや、ほんの一時間前までは考えもつかなかった人生の選択。
本当に、一瞬先は闇、とはこの事。
今まさに、僕の命が尽きるまでのカウントダウンが、始まった。

ああ、なんて、なんてあっけなく、虚しい・・・・・、




そうしている間に、進藤の手は僕のモノをさすり始めた。


認めざるを得ない快感が、体の深いところから押し寄せる。
僕の短い人生最後の射精が君の手によるものだとは。

涙と共に苦い笑いがこみあげてくる。

もう、いい。

もう、なんでもいい。

快感に身を委ね、情けない声が漏れるのを押さえるのも億劫だ。


「し、んどう、・・・・ぼ、く・・・」

「ちょ、ちょっと待って。」


進藤はぴたりと手を止め、僕の先を押さえる。
行き場を失った欲求がいらつくが、
男にイかされる事に対して嫌悪を感じている部分はホッとした。

彼は穴に入れていた指をやっと抜き、尻を撫で、先程自分が吐き出した
冷たい粘液をすくい取る。

すくい取ったその指で、また僕の。

尻の穴の周りを。

そして練り込むように。


進藤。
君は
変だ変だ変だ変だ

気持ち悪い。
気持ち悪い。
気持ち悪い。
気持ち悪い何するんだ。

・・・吐き気がする。


でも、指を動かされると、なんだか。




進藤は指を抜くと何かしているのだろうか、少し僕に対する攻撃をやめ、
しばらくして再び僕のモノをしごき始めた。

激しい摩擦に収まりかけていた波が再び押し寄せ、ああ、もう、出る・・・
その時。


尻に何か(指?)にしては熱い、
なんだかつるっとしていてぬるっとしていて・・・、




「!!!」




息が、止まる。

声も出ない。

ぶちぶちと肉の繊維が裂ける音がするような。

切腹って場所は違うけどきっとこんな感じ。

ゆるゆると奥に侵入してくるこの刃物は、一体。

進藤の手は僕をしごき続ける。

尻や腿の裏に体温を感じて、え?と思った瞬間、

思いもかけず近づいていた進藤の体がびくっと震え、

中に熱いモノが滲んだ気がした。

ということはこれは進藤の、その、僕の中に。



認識したと同時に頭の中がスパークして、僕はそのまま、闇に、落ちた。




−−−




目が覚めると進藤の姿はなかった。
当たり前だ。
あんなことをしておいて、どの面下げて僕の顔を見られるというのか。

丁度いい。

図書室へ出て、更に向こうの扉を開き、屋上への階段を上る。

ノブを回すと、目前に広がる見渡す限りの青い空。



・・・一瞬だ。
ほんの。

ぎゅっと目をつぶり、
地を蹴る・・・。




−−−




「・・・や、とーや、もうそろそろ起きて。」


頬をぴたぴたと触る暖かい手。
目を開けると視界いっぱい進藤の顔で、驚いた。

現実と混ざったような短い夢を見ていたらしい。
それもそうだ。学校から飛び降り自殺なんて、
普段の僕なら体裁が悪くて考えられない。


「ごめんな。もうすぐ暗くなるからさ、帰らなきゃ。」


どうやら僕は進藤の腿に頭をあずけて寝ていたらしい。
それにしてもどうだ。この脳天気な表情は。全ての元凶は君なんだぞ。

どうせなら死ぬ前にこいつを殺してやろうか。

不穏な考えが頭をよぎるが、勿論本気ではない。
無理心中などと激しい勘違いをされることを思うと、死ぬに死ねない。


と、彼の顔が近づいてきて、口を塞がれた。


軽く押さえたまましばらく時間を置き、離れていった。

進藤は顔を真っ赤にして困ったようなあいまいな笑顔を浮かべている。
自分の頬にも血が昇るのが分かる。


「オレ、さ。そーいう、ほ、ホモっていうか、そういうんじゃないと思うんだけどさ、
 お前、き、気持ちよかった。初めてだったし、オレ、その、」

「何が。」

「何がって、さっき、あの、せ、セックス・・・。」

「セックス?」

「いや、あの、ゴーカンみたいな、そういうつもりじゃなかったんだけど、
 その、お前もよく、気持ち、よくなって、ほ欲しかったし、なんか、
 イってたみたいだし、あの、」

「あれがセックス?」

「どどど、違うかな、いや、無理に、って、ごめんな!ホント、ごめん!」

「無理矢理だろうが何だろうが、セックスはセックスだろう。
 男同士でセックスって出来るのか?」

「え?あ、あの、普通、ってか、男同士は、たいてい、あああやって、なんか
 尻って、き、気持ちいい、らしいし・・・」


ふ〜ん。

生まれて初めて知った驚くべき事実。
普段聞いたらのけぞってしまうに違いないが、今は、感覚が麻痺しているのか
特に何の感慨も湧かない。
「初めて」ってあんな事繰り返してたら怖すぎるとか、
なんで男同士のセックスの知識があるんだとか
極めてどうでもいいような思考の断片だけが、ゆっくりと降り積もる。

でも
進藤のしたことは勿論許せないが、世界でただ一人の変態じゃない、
というのはなんだか少し、


安心した。


普通、なんだ。


僕は、進藤とセックスをしただけか。
ふ〜ん・・・。


さっきまで進藤にも、自分にも、本気で殺意を抱いていた。

だが、後ろから圧倒的な力で自分をねじ伏せていた姿の見えない魔物は
顔を合わせてみると真っ赤になってあたふたとどもっている
同い年の普通の少年で、




・・・毒気が抜かれた。



−−−



「あ。髪。」


そういえば、服も整えられている。


「うん。実はオレ、ちっちゃな万能工具みたいなキーホルダー
 持ち歩いてるんだ。それでネジ弛めてはずしたから、髪切ってないぜ。
 意外と使えるよな。使ったの初めてだけど。」

「それは、ありがとう。」

「いや、あの、こちらこそ・・・。」

「・・・・・。」

「・・・・・・・・えっと、どこ、行くの?鞄は?」

「・・・手洗いに行ってくる。」

「え?あ、」

「少し腹も痛いし。」

「あ、あの、ごめん。それ、多分、オレの、ってか、オレの、せい・・・。」

「?」

「なんていうか・・・・・オレが、中で、出した、から・・・」

「・・・・・。」



また赤くなった顔を見合わせて。










僕は進藤と一緒に下校した。






−了−









※今思うと、かなりおかしい。
  当時はナチュラルな展開だと思っていました。



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