宴席五秒
宴席五秒







「と・・や・・。オレのこ・・好き?」




ざわめきの中で何故か、その小さな声は鮮明に聞こえた。
あまりに唐突な、しかし、魂を絞り出すような響きを秘めた、問い。

は?と間抜けな答えを返しそうになって慌てて飲み込む。

進藤は顔を伏したままだった。
その視線はしかし、対局の時以外では見せないような真剣な光を帯びて、
僕の手元辺りに落ちている。

え?今なんて言ったんだった?

トウヤ オレノコト スキ

・・・僕が君のことを好きかって?
こんな所で?

考える前に恥ずかしさが先に立ち、目だけで慌てて周囲を伺う。
だが、みんな自分の会話に夢中で、今の進藤の問題発言を聞いていた者は
いなかったようだ。




進藤はゆっくりと目を上げる。
僕の視線を捉える。

そのまっすぐで大きな瞳には、何かを渇望するような欲望のような・・・

真摯な祈りのような。

僕をたじろがせる何かを秘めていて、だから。
だから僕は軽々しく受け流すことが出来ないんだ・・・。





でも、なんで・・・そんな事を言うんだ。進藤。

僕が君のことを好きかって?

そんな事、考えてみたこともないよ。
第一既に仲のいい友だちとかならともかく、僕らはそんな関係じゃ、ないだろう?
碁以外の話をしたこともないじゃないか・・・。

相手に自分のことを好きかどうか問うのは、
その相手のことを好きだから、だろうか。
だろうな。
好きになってくれるのは構わないが、とりあえず僕は君を好敵手としか。

というか、僕は男なんだが。
でも幼児じゃあるまいし、そんなことをわざわざ聞いてくるのは、やっぱり・・・
そういう意味なんだろう。
進藤って男子校だったろうか。共学だったような。確か。

いやそんなことより。


僕が君のこと好きかって。


進藤じゃなくても、恋愛感情以外でも、
僕はあまり他人を好きだとか嫌いだとか意識したことがない。
僕の人間に対する視点はいつも、囲碁に於いて僕より上か、下か。
そしてその打つ姿勢。
打ち方に品がないと思えば少し眉を顰めることもあるし、
僕に負けても良い碁を打った者には敬服の念を覚えることもある。

だが、それは好きとか嫌いとかとは全然別次元の物で。

碁を打たない者は、なおさら判断材料に困る。
学校の友人などは常に「未処理」フォルダにひとからげに保存し
当たり障りのない会話を心懸けてきた。

相手が棋士でも普段の会話には興味が湧かないことが多いが、
礼を失さぬ程度の受け答えは出来ている自信がある。

今だって。
進藤以外の棋士とは、そつのない雑談を交わしていたじゃないか。



なのに。



いつだって君は僕の心を掻き乱す。



碁における君の成長は、月並みな表現だが、本当に末恐ろしい勢いで。
背後からひたひたと迫り来る足音を、
僕がどんな気持ちで聞いていたか、追う立場の君には想像つくまい。
君の対戦一局一局をどんな思いで、見つめていたことか。

認めたくはないが、僕は、君に・・・・怯えてさえいる。


なのにその上碁以外でまでそんな恐ろしいことを。



恐ろしい?



だってそうじゃないか。こんな狭い世界で恋愛沙汰なんて。
しかも同性愛。
言語道断。
考えるだけで僕を見てもいない周囲の視線が痛く感じられる。

もし誰か他の棋士同志が同性で愛し合っていたと知ったら、
恐らく僕は、軽蔑してしまう・・・。
それを表面に出すほど人品卑しいつもりはないが、
彼らとはきっと今まで以上に最低限な付き合いになってしまうだろう。

大局的に見れば、それは悪ではない。
分かってる。
でも。

例え僕が誰か男を好きになったとしても、
その想いは生涯口に出さず墓場まで持っていくと思う。




進藤。君は、強い。

そして自分が強すぎることに気付いていない。

僕は・・・君が思うほどに強くない。

いつも真っ直ぐな瞳で、感じたことをストレートに口にする。
それは僕には絶対出来ないことなんだ・・・。

君以外には。



え?



君以外には。



えっと・・・今なんて?



きみいがいには。



僕は・・・君の前でだったら正直になれる?
僕は・・・進藤のことを・・・。


ああ、いったい何なんだ。

好きとか嫌いとか、そういうことは安易に口にすべきではないと思う。
正直、自分でもよく分からない。

君は僕の碁人生に絶対必要で、
必要だということは大切な人で。
大切だということは、好き、かもしれない。
でも、

憎いかと聞かれたら・・・・・憎い。

こんな気持ちを表現する語彙を僕は持たない。
しかし・・・君が僕にとって特別な存在なのは間違いなさそうだ。

これも認めたくない気がするけれど。

でも君には正直でありたい。
正直な僕を君が好いてくれるというなら尚更。

そう。だから・・・・。












      ・ ・ ・ ・ ・
「なあ。それ残す気なら、オレにくれってば。」

「あ、ああ・・・。」




唐揚げかよ。






−了−











※舞台は何か棋士が集まった宴席(打ち上げ?)で、
  アキラ君は色々考えていますが、この間五秒です。






SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送