不夜城5
不夜城5









その晩も進藤と別行動で、一人で歩いていた。


「・・・アキラくん?!」


聞き覚えのありすぎる声に、初めてこの街で進藤に出会ったとき以上に、身が凍る。
振り向きもせずに、駆け出す。

どうか、どうか酔っぱらっていてくれ・・・!


緒方さん。


けれど、いくらも行かない内に肩を掴まれ、上着を脱ぎ捨てて逃げようと思ったが、
その前に地面に引き倒された。

往来で一瞬遠巻きに通行人が止まるが、すぐにみんな関心なさげに歩き去っていく。
緒方さんはボクを引きずって道路の端に寄った。
無言で店と店の間辺りの壁に押しつけられ、


ぱんっ!


平手打ちされた。
緒方さんに手を上げられたのは、初めてだ。
熱い頬を手で押さえて睨み上げると、緒方さんの血相も変わっていた。


それから、何も言わせずまさに「引き立てる」という感じでタクシーに押し込まれた。

進藤、進藤、助けてくれ・・・。
緒方さんに、見つかった。

心の中で叫んでも届くはずもなく。

未成年なのにこんな所にいた事よりも(最初に連れてきたのは緒方さんだし)
緒方さんとの約束を破った事が、恐ろしかった。






緒方さんは始終無言で、自分のマンションにボクを連れ帰った。
そう言えば今日緒方さんの声を聞いたのは、最初の呼びかけだけではないだろうか。

慌ただしく抱えるようにベッドルームに運び込み、
ボクを座らせて


「何もされていないだろうな。」


と、服を剥いだ。


シャツをはだけて、首や身体に何の痕もないのを見て少し表情を弛め、息を吐く。
だが、そのまま何気なくぐいっとボクの身体を回して、背中側が曝された時、
息を呑む気配がした。


落ちた沈黙。


肩にくい込んだ指が痛い。
やがて妙に柔らかく、刺青の虎の上を指が撫でた。

最初はそっと。
やがて、激しく擦るように。

そして遂には爪を立てて、ガリッと擦ったのでボクは小さな悲鳴を上げた。


「・・・・・・本物か。」


小さな声に振り向くと、緒方さんが俯いて眼鏡を外している所だった。


「・・・・・・。」


ボクが輪姦された夜、
『オレのせいだ』と自分を責めていた緒方さん。
ボロ切れのようになったボクを見て、泣きそうだった緒方さん。

今度こそ、本当に泣く、と思った。





だが、緒方さんは泣かなかった。



目が、怪しく光った。



「・・・無断でこんなものを彫って、悪い子だ・・・。」



・・・キケン・・・キケンダ・・・


ここ数週間で研ぎ澄まされた勘が伝える。
自分の身に危険が迫っている。

今のボクでは緒方さんに、絶対勝てない。
けれど、突然緒方さんから迸っている、この害意。


立ち上がって、ドアの方へ跳ぶ。

だがそれ以上に動きの早かった手に腕を掴まれ、肩が抜けるかと思った。
そのままぐいっと引かれて、安定を失ったままあっけなくベッドに押しつけられ。

緒方さんはするっと抜いたネクタイでボクの左手首を、ベッドの柱にくくりつけた。
さっき脱がせたシャツで、右手首を、同じように。
足で暴れたが勿論無駄で、足首を掴まれて腰が浮き上がる。

数ヶ月前の悪夢が甦る。

でも、だって、緒方さんは助けに来てくれた・・・。
酷く傷ついた顔をして。
自分のせいだと言って。
ボクを汚したのは自分だと言って。

あの、クールだけれど心優しい緒方さんは、一体何処に?


「悪い子には、おしおきを。」


冷たい声。

おがたさん。

絶望に力の抜けたボクの腰から、手早くズボンと下着を引きずり下ろす。



・・・そうか・・・。



ここにいるのも・・・、緒方さんだ。

ボクが、二つの顔を持っているように。
進藤が、二つの顔を持っているように。


緒方さんにも。


誰にでも。




「足を、開け。」




・・・長い夜だった。

もう、誰も、信用などするものか。










しばらく後、進藤にその夜の話をすると「へええ。」と言って嫌な感じで笑った。


「あの、緒方さんがねえ。」


・・・予感は、ないでもなかったんだ。

だから、珍しく行ったことのない店、というか場所に連れて行かれても慌てなかった。

隅っこの死角の暗がりに引きずり込まれても、
いつかのような安っぽいソファに押し倒されても、
ああ、こんなものだと思った。

ほとんど腹も立たなかった。
脱力し過ぎて、力で抗おうという気にもなれない。


「・・・どうした?」

「何が。」

「抵抗しないの?」

「嫌だと言ったら止めてくれるのか。」

「止めない。」

「なら、好きにしたらいい。」

「そうさせて貰う。」


進藤は無表情で頷いて、ボクの首に顔を埋めた。
唇を動かしながら、手も忙しくシャツのボタンを外していく。

仲間じゃなかったのかとか、裏切り者だとか。
そんな言葉は最早意味を為さない。

ボクは昼の顔と夜の顔を上手く使い分けていたつもりだったけれど、
進藤や緒方さんほどではなかったという事だ。


誰もが持っている、二つの顔。


進藤はプロ棋士でライバルの、昼間のボクには敬意を払ってくれるが、
夜のボクは、自分の後ろからひっついてくる鬱陶しいガキに過ぎなかったんだ。

そして今、そのガキの使い道を見つけた。


碁盤の上で妙手を打つ進藤の手が
ボクに人の殴り方を教えてくれた手が、
下着の中に滑り込んできて這い回る。
破らんばかりの勢いで、服を取り去る。


進藤の事を兄弟のように慕って少しくすぐったく思ったりしていた
そんな甘ちゃんな自分が、笑えた。

口の中に突っ込まれる二本の指。
もう、慣れ親しんで来た感覚。

以前のように先の見えない恐怖はない。
ただしばらく耐えていれば、終わるという事をボクは知っている。


この痛みが、この屈辱が、
きっとボクを強くするだろう。



二度と人を信用せずに、生きていけるように。








−続く−





※頑張って下さい。

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