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不夜城4 ある夜、相手の鼻血がついてしまったシャツを着替えている進藤を見たときに 初めて気が付いた。 進藤の背中には大きな龍の刺青があった。 中国らしい長い竜が身をうねらせているが、やくざ風のカラフルなものではない。 線彫りに淡い青だけで色がついている。 白くて滑らかな肌に浮き上がって、家の床の間にある青絵の飾り皿のようだと思った。 「それ・・・。」 「ああ。前にノリで彫って貰った。」 「ノリでって・・・。本物なんだ。渋いね。」 「サンキュ。オレももうちょい大きくなるだろうから、そしたら少し絵が崩れるかな?」 「そうなんだ。いいの?」 「いーのいーの。」 「そういうのも、かっこいいな。」 言うと、進藤はしばらくじっとボクを見て、にっこりと微笑んだ。 そしてそのまま彫り師の所へ連れて行かれた。 狭くて薄暗いビルの一室。 寡黙で腕が刺青だらけの禿頭の男に向かって、 「コイツにも同じの彫ってよ。」 「ちょっと待てよ。」 かっこいいとは言ったが、それは御免だ。 大体そんなもの彫ったら(滅多には行かないけれど)プールにも銭湯にも行けないじゃないか。 真人間じゃないみたいじゃないか。 と思ったけれど、進藤の手前口には出せなかった。 「では揃いの虎にでもしますか。」 そういう問題ではないが。 当たり前のように窓際に腰掛け、ネオンを眺めて待ちの体勢に入っている進藤を見ると・・・ 何だかもう、いいやと言う気になった。 「ここにうつ伏せになって下さい。」 黒い寝台に寝て待っていると、色々と塗られたり背後でゴソゴソした後 ウィー・・・、と歯医者の音がする。 訳もないが、初めて何となく不安に駆られた。 「あの、痛いですか。」 「どうでしょう。」 「やはり針ですか。」 「少し違います。」 男は最低限の返事しかしないので、邪魔なのかと思ってもう話しかけるのをやめた。 しばらく待った後、いきなり背中にちくりとした痛みが走る。 でも思った程のものでもなく、顔を上げて進藤を見た。 彼は相変わらず夢見るような目を外に向けていて、彫像のようだった。 ボクは痛みに耐えながら、ピンクと青と交互に染められる、 進藤の横顔を見つめ続けた。 三ヶ月かけて、ボクの背中には獰猛な虎が現れた。 「ルールがない碁みたいなもんだよ。」 「それ、碁じゃないんじゃないか?」 「まあ喩えさ。もし碁簀と碁盤だけあって、ルールはないって言われたらどうする?」 「そうだな・・・。」 口元に手をやって、考える。 この仕草は癖らしいのだが、以前は全く気が付かなかった。 だが、進藤にその癖が好きだと言われてから、少し意識してしまう。 「石もニギらなくていいし、一手置きに置かなくてもいいんだ。」 「ああなるほど。」 「それなら、とにかく出来るだけ早く碁盤の上に石を置いていくだろ? んで、まず要所要所に置くだろ?」 「まあな。」 「ケンカもそんなもんだよ。オレ達は弱いんだから。 悠長に考えたり待ってたりしたら、負けるぜ。」 そうか。ボクから見れば進藤は強く見えたが、確かに体力的には大人の男に劣る。 だからそのハンディを埋める為に、出来るだけ早く動いてるんだ。 自分の見た目が実力より強そうにならないようにし、勝てそうな相手を慎重に選ぶ。 ボク達は、碁に関してはもっともっと強い相手を求め、高みを目指すが 路上では違う。 誇りなんてない。 ただただ相手を叩きのめせればいい。 碁ならば、卑劣な手は絶対に許さない。 自分にも、相手にも。 でも『碁』でないのならボクは・・・。 「ボクなら、まず碁簀を思いきり相手にぶつけるな。」 進藤は目を見開いて、そしてその後大笑した。 「おまえ、素質あるよ。」 何の素質かは聞かなかった。 それからは、進藤と別行動をとるようになった。 仲違いした訳ではない。 以前のようにつるむ事もあったが、もうそろそろボクも自分の力が分かってきたし 勝てる相手も大体見極められるようになってきたのを、試したかったのだ。 体格に騙されてはいけない。 顔つき、そして手。服装。 弱そうに見えても実は格闘技を習っている人や、裏社会と繋がっている人間もいるからだ。 実は単独で行動している人間は、危ない。 無鉄砲にも素人のくせに一人でうろうろしていた最初の頃のボクのような人間もいるが 本当に闇の世界に棲んでいる者も多い。 ねらい所は二人連れぐらいのサラリーマン、学生あたりだが、 一人で二人を相手にするのは、辛い。 結局酔っぱらいを殴ることが多かった。 手応えがなくてつまらない気もしたが、別にケンカをしたい訳ではなくて 殴りたいだけなので構わなかった。 そして今日は背の高い若い男が相手だった。 体格はよかったが、真っ赤な顔をしてふらついていた。 偶には大きな獲物を仕留めるのもいいかと思ってぶつかってみたのだが・・・ いざ接触してみると思ったより酔っていない。 これは逃げた方がいいかと思った。 いきなり回れ右をして、歩き出す。 大概の人間は、呆気にとられてそのまま追いかけてこない。 偶には尻尾を巻く勇気も必要だ。 だが、その男は、おい、と低い声を出すと、早足で追いかけてきた。 ボクは、駆け出した。 だが・・・いつまで走っても、距離が開かない。 むしろ、少しづつ追いつかれている。 人混みをすり抜けるのは得意だからすぐにまけると思っていたのに。 かなり怖くなってきた。 こめかみがドクドクと脈打つ。 逃げ切れなければ、ボクは。 こういう執念深くて暇な奴は、謝ってもすぐに許してはくれないんじゃないだろうか。 腕の一本で済めばいいけれど。 出来れば左手。 などと気弱な考えがよぎったが、しばらく走った時、見覚えのある路地が目に入った。 最後の力を振り絞って全力疾走し、いつかの細長いビルの狭い非常階段を駆け昇る。 一階と二階の間で立ち止まって振り返り、両手で手すりを掴んで ぜえぜえと息を整えた。 すぐに男が追いついてきたが、階段下でやはり立ち止まった。 そしてボクを睨みながらゆっくりとウロウロする。 ボクも、出来るだけ肩を動かさないように息をしながら、精一杯睨み返す。 男は・・・やがて舌打ちをして去っていった。 助かった・・・・・・。 手すりに縋って、ずるずると座り込む。 いつかの男達のように、馬鹿じゃなくてよかった。 狭い階段の上にいる相手に、勝てると思うほど酔っていなくてよかった。 実際向かってこられてもこの場所ならまず大丈夫だと思うが、 なんせボクは場慣れしていない。そして今は立っているのも辛い程疲れている。 万が一にも引きずり下ろされたら、勝ち目はない。 危なかった。 だが、今日ボクは恐怖を知った。 そして安全圏を完全に把握した。 もう、危ないケンカはしない。 無性に進藤に会いたくなった。 −続く− ※変な世界だったのは、あの変なトプ絵から無理矢理起こしたからです。 最初のタイトルは「トプ絵物語」だった。 彼等の過去は実はヘタレててすみません。 |
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