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不夜城3 進藤と歩いていると何度か絡まれた。 「よう。にいちゃんら。・・・ねえちゃんか?」 「ガキじゃん。」 「おい、ムシんなや。今ぶつかったろ?」 進藤とボクは顔を見合わせる。 進藤がごくごく気を付けてないと分からない程度に目で笑う。 ボク達は相手に向かって突き舌を出すと、背を向けて、走り出した。 高校生?大学生? 女の子をひっかけにきたのか、粋がった二人連れは息巻いて追いかけて来る。 「待てやコルァ!」 「逃げられると思うなよ!」 早すぎないように。 遅すぎないように。 ボクは進藤に従って細い路地に入り込み、そのまた奥の細長いビルの 狭苦しい非常階段を駆け昇った。 窓もほとんどない壁を這い昇る錆びた鉄の格子。 中はカラオケ施設になっているのか、階毎のスチールドアから メロディとも言えないような低音や、調子外れなかけ声か歌声が漏れてくる。 都会の死角。 3階程上った階段の途中で進藤が立ち止まって振り向いた。 ボクも彼を追い越して、その後ろで止まる。 追いかけてきた二人連れも、踊り場で立ち止まった。 「その上は行き止まりだぜ。」 「何とかと煙は、ってなぁ。」 お定まりのセリフを口にしながら一応ニヤニヤしているが、一人の表情には 『追いついてはみたものの、さてどうしよう』という戸惑いが滲み出ていた。 ばっかじゃねーのコイツら。 進藤の心の声が聞こえた。確かに。 一人がまた何かを言いかけると同時に、両側の手すりを握って身体を浮かせた進藤が 体重を乗せた足でいきなりその男の胸を蹴った。 蹲ったソイツに何か声を掛けようとしたのか、身を屈めかけたもう一人に また容赦なく進藤のつま先がめり込む・・・。 「一番大事なのは相手と場所を選ぶことだけどな。」 進藤の持論では、ケンカはスタートダッシュと反射神経、との事だった。 その為に進藤は、軽くて頑丈なスニーカーを好む。 ボクは反射神経は弱いので、せめて大きなダメージを与えられる、 ドクターマーチンとかいう(初めて覚えた靴メーカーだ)重い皮のブーツを勧められたが、 ほら、普通のローファーでも十分利いている。 鈍い音がして相手が錆びた手すりにぶつかると、ぐわわわ〜ん、という濁音が辺りに響く。 本来はとても気持ちの悪いはずの音だが、その時のボクには堪らなく心地よかった。 まず最初に進藤が容赦なく思いきり叩けば、大概の相手は戦意を喪失する。 そうすれば後はタコ殴り(これも進藤に教えられた言葉だ)だ。 初めは進藤の後ろにいて、そんな状態になってから手を出すのは我ながら卑怯だが、 仕方ない。ボクは弱いんだから。 そして人を殴る快感は、魅力的過ぎるのだから。 「おい、もうやめろよ。」 「あ・・・・。」 夢中になって蹴っていたが、相手はもう蹲って倒れていた。 相手が立っている間はサンドバッグだが、横になってしまうと蹴るしかない。 そうなったら潮時だ。 「行こうぜ。」 「ああ。」 金を取らずにさっさと引き揚げる。 これ以上やると、本気で恨みを買う。 「チッ。根性のねえやつだったな。」 どうも進藤も、暴力が好きなようだ。 ボク達はとても似ている。 ボクには兄弟がいないので、いたらこんな感じかも知れないと思うと、くすぐったかった。 碁ではボクの方が経歴が長く、多少なりとも長じているが、 この街では、ボクは進藤に全然敵わない。 昼はボクの方が兄で、 夜は進藤が兄。 そんな関係は、とても面白かった。 「おはよ!」 「おはよう。」 「あれ?今日のおまえの相手って、」 「ほら、一度芹澤先生の研究会でお会いした吉永さんの兄弟子で、一昨年の棋聖戦の・・・」 「だーっ!わかんね!覚えらんねーよ。そんなの。」 「それでも覚えなきゃ。キミもこれから何度もお会いするだろうし。」 昼間棋院で会う進藤は、夜とは別人のようだ。 当たり前だ。同じでは困るし、その点はボクも似たようなものだろう。 ボク達は申し合わせたように昼はほとんど夜の話をせず、夜もあまり碁の話をしなかった。 もしかして、昼の進藤は夜のボクを忘れているのではないかと思わせるほどで・・・ それがとても有り難かったが、考えればその方が都合がいいのはお互い様だ。 あの街は、ボク達の壺中天なのだから。 いや、もしかして棋界の方がぬくぬくとした壺中なのか。 「おまえは昔から碁やってるしプロになったのも早ええじゃん。 そりゃオレよりは覚えてるだろうよ。」 「覚えなければ困るからだよ。」 「オレはいーよ。いつもおまえがいて、教えてくれれば。」 そう言って甘えるように見上げられると、ボクは・・・仕方ないな、教えてやるか、という 気になってしまうのだ。 近頃、進藤は本当は一体何から逃げているのだろう、と疑問に思うことがある。 ボクはきっと・・・『塔矢アキラ』を演じることから、逃げている訳だけれど、 考えれば進藤にはそんなに窮屈な役は振られていないはずだ。 では、何だろう。 自宅や棋院や碁会所では逃れられない何かが纏わり付いているというのだろうか。 見えない何かが・・・。 まあいい。 とにかく目の前で無邪気な顔をしている天才少年の、 背中にある秘密を知っているのは、ボクだけなんだ。 −続く− ※すみません・・・二人とも。 |
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