銀杏並木で待ち合わせ 2 それで、伊角さんと越智とオレは、明治神宮外苑の銀杏並木まで 来た訳なんだけど。 「『あたり』って何だよ……」 「しかも、いくら気候が良くてもずっとここに居る訳にも行かないよね」 やっぱり、他に「時間」のキーワードを持ってる奴が居るって事だよな……。 「伊角さん、誰か思い付く?」 「う〜ん……」 院生仲間……あ、本多さんにメールしてみよう。 「……奈瀬は?」 越智が、ぽつりと言った。 「おし!手分けしてメールするか」 しばらくして、オレの携帯に奈瀬から電話があった。 『もしもし、和谷?元気ぃ?』 「あー。悪ぃな。奈瀬、今でも進藤と繋がってる?」 『そうそう!何日か前、誕生日だって電話貰ってたんだよね』 「マジで?」 『マジで。忘れてたわ〜。今からそっち行くね』 「え、合流するの?近くにいるの?」 『うん、ジマも一緒だよー』 「飯島?」 懐かしい……まさか、こんな機会にアイツに会うとは思わなかったな。 奈瀬だって、プロになってから長い事会ってないしなぁ。 しばらくして奈瀬と飯島は、デート然として現れた。 飯島は若干憮然としているというか気まずそうだけど、それは仕方ない。 「ごめんごめん!プレゼント買ってたから遅くなっちゃった」 「プレゼントぉ?」 「そう!飯島と二人で選んだんだよね。ほら、可愛いでしょ〜」 透明なラッピングの上から見えるのは、某幼児教育テキストのキャラクターの 虎のぬいぐるみだった。 「進藤に似てない?」 「うーん、似てなくはないけど、可愛い虎よりカッコいい虎の方が 喜ばれそう」 「それじゃ進藤に似てないから何の為に上げるか分からないじゃない」 数年のギャップを経ても、まるで昨日別れたかのように 話せるのが嬉しい。 飯島は……奈瀬と一緒とは言えぬいぐるみを選ぶなんて、変わったな。 「キーワード、面白そうだよね。みんなのキーワードは何?」 「今集まってるのは……っていうか、おまえのは?」 「私は、『クラッカー』」 「ク、クラッカー……」 「……オレは、その時電話を代わって貰って『まえだ』と聞いた」 い、飯島にまでキーワード渡してるのかー! いや、奈瀬に送るんだったら、そりゃ飯島にも送らないと角が立つよな。 つかコイツらどんだけ一緒に居るんだよ。 となると、今集まったキーワードは、 「銀杏並木……で、」 「あたり、まえだ、のクラッカー?」 「何だそれ!」 思わず、腹を折って、爆笑する。 (飯島や越智まで!) 面々の上に、鮮やかな緑を通した陽光が降り注いで まるでみんな十代の子どもに見える。 十年以上前。 今となっては遠い昔。 全員が同じ方向を向いてプロ棋士を夢見ていた、あの院生時代。 あれから色々あったけれど。 みんなバラバラになったけど。 今は今で、みんなあの頃とは別の、光の中にいるんだよな? そんな事を思うと、何故だかちょっと泣きそうになった。 でもだからこそ、このメンバーで再び集まれた事を、進藤に少し感謝した、 銀杏並木。 「しっかし、絶対キーワード足りないよなぁ」 「それも一個や二個じゃない気がする」 「もう、進藤に電話して聞いちゃおうぜ」 朝動き始めたのに、もう昼だ。 このままじゃ多分、無理だよなぁ。 だが、進藤の携帯に何度電話しても、電源が切られているらしく 繋がらなかった。 「本多さんはどうだった?」 「キーワードは『まってる』。これは最後だろうな。 プレゼントに言葉を貰ったけど、これは進藤に直接伝える」 「後、誰かいる?」 「うーん……あ!」 そうだ、進藤と言えば! 「「「門脇さん!」」」 「とぅゃ……」 ん?若干何か聞こえた気もするけど……。 取り敢えず門脇さんにメール、 「あ。言ってなかったっけ?門脇さん、オレから連絡したよ」 「伊角さん……マジかよ……」 「うん。プレゼントも預かってるし。何か、アクセサリー?みたいな」 「で?で、キーワードは?」 「それが、『の』なんだ」 「何だそれ……桑原先生とかぶってるじゃん……」 ……銀杏並木のあたり前田のクラッカーで待ってる。 「うーん、おかしいよなぁ。どう考えても」 皆で首を捻っていると、越智が意を決したように口を開いた。 「ねえ。誰か塔矢に連絡した?」 「塔矢?」 「何で?」 「だって……進藤と言えば、ずっと塔矢アキラとライバルって言ってたし 実際今現在そうだろ?」 「うーん……」 確かに……塔矢と進藤は、関わりが深いだろう。 キーワードをばら撒いたのが、進藤と縁の強い棋院関係者なら、 塔矢も範疇に入るかも知れない。 でも。 アイツは、ちょっと違うんだよなぁ……。 同じキーワードをばら撒くにしても、オレ達とも縁のある相手じゃないと 集まらないだろ? 「でも、桑原先生まで入ってたし」 「そうだな……」 「でも、塔矢の携帯のアドレスとか番号知ってる奴ってこの中に居る?」 メンバーの顔を順番に見て行くと、しばらくして 越智が手を上げた。 「ボクは知ってる」 「じゃあ!おまえが連絡しなきゃ誰も連絡出来ないって!」 「そうか……」 越智は少し離れて、電話で何か話していた。 「塔矢、キーワード持ってここに来るって」 「マジ?」 「多分、ボク達はキーワードを聞き間違えてるって。 じゃなきゃおかしいって言ってた」 「んだよアイツ。何でいきなりこっちが間違えてる事前提なんだよ!」 それでも気候は良くて、日差しは明るくて。 みんなで院生時代の思い出なんかを駄弁っていると、 30分程がすぐに過ぎて塔矢が現れた。 「はえーな。近くにいたの?」 「いや。自宅にいたけどタクシーで来た」 「ああ……そうですか」 全く。何だか分からないけど何から何まで嫌味なのが 昔から変わらないよなぁ。 「で?おまえのキーワードは?」 「その前に、みんなのキーワードを聞かせてくれ」 ・いちょう ・なみき ・あたり ・で ・の ・クラッカー ・まえだ ・まってる ・の 「ボクは……『ナースステーション』だ」 「え……?」 いきなり、系統の違う言葉が出てきた……。 というか、穏やかじゃないな。
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