銀杏並木で待ち合わせ 3 「塔矢こそ、聞き間違いじゃないの?」 「ボクが聞き違えるなんて、あり得ない」 「ああ……そうですか」 オレが脱力しているのにも気付かず、塔矢は手帳を千切って キーワードを書いていった。 「まず、メールで見たとか、絶対に間違いないのは?」 「本多さんの『まってる』はメールだったらしい。 あと、一文字の人は、聞きなおすだろうから間違いないだろうな」 「あとは『ナースステーション』ですね」 「……」 ○○ の ○○ の ○○ で 待ってる 裏返した白紙も置いて、文章を組み立てる。 「ナースステーションで待つのは無理ですから、前か横か、 その辺りでしょう」 ○○ の ナースステーション の ○○ で 待ってる 「『まえだ』の人。本当に『まえだ』だったんですか? もしかして、『まえ』がキーワードだったんじゃないですか?」 「え……っと。『飯島さんのキーワードは、[まえだ]』……と聞いたんだけど 『まえ』だ、だったかも知れない」 ○○ の ナースステーション の 前 で 待ってる 「残りは、いちょう、なみき、あたり、クラッカー、ですね。 ここで問題なんですが、ナースステーションと言う事は 恐らく入院施設のある病院だと思われますが、そんなキーワードが出てきて ないんですよね」 「だから。キーワードが足りないんじゃねーの? 進藤の事だから、オレ達が渡りを付けられないような相手に キーワード渡してる可能性もあるぞ?」 「そうでしょうか。……クラッカーの人。 怪しいんですが、本当にクラッカーだったんですか?」 「あの……ええと。違う、かも? 『まえだ』って言うキーワードも聞いたから、そう思い込んじゃったのかも……」 「本当は何と聞こえたか正確に思い出せませんか?」 「クリーカ……クリーク、かな?なんかカタカナっぽい……」 「『クリニック』では?」 「そう……かも」 塔矢は、奈瀬を軽く睨んだ後、カードを並べなおした。 ○○クリニック の ナースステーション の 前 で 待ってる 「あ。ごめん。先に言っとくけど、オレは『なみき』だったけど、 最初は『ななき』って聞こえたんだ」 「なるほど。『いちょう』は、もう『胃腸』と考えた方が良いですね」 ななき胃腸クリニック の ナースステーション の 前 で 待ってる あたり胃腸クリニック の ナースステーション の 前 で 待ってる 「どちらかと言う事になりますが……心当たりあります?」 「肝心な所がぼやけてるなぁ」 「でも、暇な奴は来いって言うくらいなんだから、棋院から遠い筈ないよ。 ちょっと検索してみる」 越智が、PCを取り出して検索し始める。 他の奴らも、それぞれ携帯で調べ始めた。 黙々とした時間、最初に声を上げたのは飯島だった。 「あ……棋院から比較的近くて、評判が良い胃腸科病院がある」 「まじ?どこ?」 「ただ、名前は『熱海胃腸科クリニック』なんだけど……。 専門医の割りに入院施設もある」 ……熱海胃腸科クリニックのナースステーションの前で待ってる。 「『ななき』は?」 「まあ取り敢えず、そこに行ってみようぜ」 オレ達は、ぞろぞろとその熱海胃腸科クリニックへ行った。 受け付けで聞いてみると、ナースステーションは五階六階七階と 三箇所あるらしい。 「あ……『ななき』って『ななかい』じゃないか?」 伊角さんに言われて初めて、確かに『ななかい』と言っていたような 記憶が蘇ってきた。 ……熱海胃腸科クリニック七階のナースステーションの前で待ってる。 これで外したらまた振り出しかー、でも正直 当たってるような気もしないんだよな、とどきどきしながら エレベータを降りると。 すぐ目の前にナースステーションがあり、その傍の 喫煙所のようなスペースに、進藤は……あっさりと、いた。 パジャマを着て、少し顔色が悪い。 「進藤!」 「どうしたんだ?」 「一体これは、」 「え?入院って、進藤本人が?」 だがみんなががやがやと迫ると、少しバツが悪そうな顔をして 笑った。 「あれぇ、みんな来てくれたんだ!結構早かったな」 「時間掛かったっつーの!塔矢がいなかったら永遠に解けなかったぞ?」 言いながら、自分の言葉にひっかかる物を覚える。 確かに……塔矢の推理力のお陰でもあるけれど、塔矢のキーワードも 並外れて重要な、方向性を決定するものだった。 桑原先生や緒方先生なんかは、正直、もし回収出来ていなくても それ程差し支えないキーワードなのと、差がありすぎる。 ……進藤。もしかして、塔矢が来られないのなら、 誰も来なくて良い、位に思ってたんじゃないのか? そんな、下らない事を考えて慌てて頭を振る。 「ていうか、本当にどういう事なの?進藤」 「オレさ……これから、手術なんだよね」 「え……何の?」 「ちょっと、胃に変な出来物が出来て」 笑顔で言うが、これって微妙な話題だ。 嫌な予感がして……それ以上追求する事が出来ない。 「なら……こんな手の込んだ事しなくても、 普通に見舞いに来てくれって言えよ」 「いや〜、そんな必死じゃないんだけど」 へらへら笑いながら言う進藤に、さんざん苦労させられたこちらは キレそうになる。 ……でも、怒鳴ってしまう寸前。 「別に意味はないんだけどさ。誰かが手術前に来てくれたら、 きっと手術上手く行くような気がして」 俯かれて。 オレ達まで怖くなって、誰も何も言えなくなってしまった。 「……そうだ進藤!お誕生日おめでとう!」 不意に奈瀬が、明るい声を出した。 そう言えば、こいつの声の明るいトーンに、院生時代良く救われたな……。 「そうだ、おめでとう!」 「いくつ?25?おまえももうおっさんだなー」 「おめでとう……」 みんな、重い空気をかき消すようにテンション高い声で祝いながら 次々とプレゼントを渡す。 「わ!マジ?こんな、貢物満載で悪いなぁ」 「大したもんじゃねーから」 「うん、マジで」 「あ、これは桑原先生から、こっちが緒方先生な」 「これは門脇さんね。今度ちゃんとお礼言うんだぞ」 「後で本多さんのお祝いメッセージ転送するし」 進藤は、嬉しい悲鳴を上げて、少し、涙ぐんでいるようにも見えた。 「……オレ、こんなに祝って貰ったの初めてかも。もしかして死ぬの?」 「バーカ」 「縁起の悪りー事言うなよ」 でもオレは、そんな晴れやかな進藤の顔を見て、少し困ってしまった。 「ええっと……でもこれ、食べられない、よな?」 進藤より早く、奈瀬がすっとんきょうな声を上げる。 「え……和谷、胃腸科クリニックに行くって分かってたのに、ケーキ買ったの?」 「いや、その時はまさか、進藤本人が入院してるなんて思わねーじゃん」 「自分が入院している訳でもないのに、入院施設に呼び出す程 非常識な奴だとは思ってたんだ?」 「や、そこまで考えてねーって!」 全く。確かに自分でも粗忽だったけど。 「ちょっと待ってて」ってケーキ屋に入った時点で、誰か止めてくれてもいいだろ! 「いや、和谷、ありがたいよ。 後で母さんも来るし、頂いておくよ」 「そう?おまえ食えないのに悪いな」 ええっと。これでもう、一通りプレゼント渡し終わったか? 預かった分も、全部渡したよな? ……いや、一人だけ……。 みんなの視線が、自然と塔矢に集まる。 プレゼントは強制じゃないから、無ければ無いで良いんだけど、 こんだけみんなが渡すと、まるで塔矢をのけ者にしてたみたいじゃん。 と思うと、うっかり声も掛けられない。 だが、そんなプレッシャーをあっさり跳ね除けて、 塔矢は堂々と言い放った。 「ボクは、手ぶらだ」 バツが悪そうでもない。 どうして言ってくれなかったんだとオレ達を責める様子もない。 笑いに紛らわせるつもりもないらしく、酷く生真面目な顔で ただ進藤を見下ろしていた。 やっぱりコイツって変わってる。 ある意味大物なのかも。 「……そうか」 「うん。何も持って来てない」 そのまま、何故か視線を逸らさない、見上げる進藤と見下ろす塔矢。 無言で……ちょっと不自然な程に長い間、見詰め合っていた。 あ、れ……? 進藤の顔が、何故かどんどんと輝いていく。 顔色が悪かったのに、頬に血が上っていく。 やがて。 「オレは、きっと帰ってくるから」 進藤が拳を突き出すと、塔矢も照れたような顔をして拳をぶつけた。 それから、進藤はナースに呼ばれて行き、オレ達は 進藤の病室に案内された。 丁度、進藤のお母さんが荷物を整理している。 「あらあら、和谷くんに伊角くんじゃないの。みなさんもお揃いで。 わざわざありがとうね」 「お久しぶりです……あの、ヒカルくん、どうなんですか?」 「何が?」 「手術……助かる確率は、どの位ですか?」 お母さんは眉を上げて、 「……あの子、バカじゃないの?」 「え?」 「胃カメラ飲むだけで手術って。 そう言えば胃カメラ飲むくらいなら死ぬって言ってたけど、 本気だったのかしら」 オレ達は……一気に脱力して、座り込んでしまった。 その後。 進藤は胃に小さな潰瘍が出来ていたが、薬ですぐに治ったと聞く。 オレ達は、またちょくちょく奈瀬や飯島と連絡を取るようになった。 今まであまり話した事がない、桑原先生や緒方先生も、 何かと声を掛けてくれる。 塔矢とも……あの時のメンバー全員、メアド交換した。 オレも、自分でも信じられないけど、棋院で会ったら 立ち話をする位の仲にはなってる。 あの進藤の誕生日がなければ、あり得なかっただろうな。 その他の変化と言えば……。 あれ以来、進藤と塔矢が居る時の、空気と言うか……雰囲気が 少し変わったような気もしなくもないけど……。 これは気のせいだと思いたいんで、気のせいだと思う事にしようと思う。 --了-- ※2011年ヒカル誕生日おめでとう! 大津さん今年もありがとうございます!
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