銀杏並木で待ち合わせ 1
銀杏並木で待ち合わせ 1








進藤が、9月20日の誕生日を祝って欲しいと言い出した。

馬鹿馬鹿しい。
この年になって、彼女とならともかくヤロー同士で誕生日祝いとか
酔狂すぎるだろ。
早い奴だったら奥さんだっているぞ?

しかも、適当に知り合いにキーワード配ったから組み合わせて
場所を探して、来れる奴だけ来て。

ってなんだそれ!
小学生か!

っていうか全然意味わかんなかったんだけど、取りあえずオレは
「ななき」って言われた。

多分オレが、一番親しいだろうからなー。
オレが音頭を取らなかったら誰も行かないんだろうなー。

と思うと、動かざるを得ない気がして。
オレは舌打ちをして携帯を取り出し、棋院で伊角さんと待ち合わせた。



「ああ、伊角さん」

「やあ。和谷が進藤のお誕生日会を取り仕切るって?」

「違うって!ただ来いって言われたから行くだけ。暇だしね」

「和谷のキーワードは何だった?」

「オレは『ななき』。伊角さんは?」

「オレは、『いちょう』だ」


う〜ん、まだ全然分からないな。
『いちょう』は「胃腸」か?


「ちょっと越智にも電話してみる」

「あ、と言うか来たぞ」


見ると、階段から越智が出てきて、まっすぐにこちらに向かって来る所だった。


「越智!進藤から話聞いただろ?今日行ける?」

「……」


あ。やべ。進藤越智には声掛けてないのか?
しまった……プライド傷付いただろうな……。


「ご、ごめん、越智」

「何を勘違いしてるんだ。聞いてるよ」

「そか!良かった。じゃあ行こうぜ」

「一方的に言われてもね。ボクにも都合というものがある。
 ……でもまあ、誕生日なら、祝ってやらなくもない」


越智……確かに強いしタイトル戦の常連だけど、性格にも磨きが掛かったよなぁ。
でも、実家の会社を継ぐのをきっぱりと断ったってのはオレ的には評価できる。


「これ。キミが預かって、進藤に渡してくれ」

「何?これ」


渡された小さな紙袋を見ると、有名な高級菓子店のものだ。


「別に……ただのクッキーだ」

「くっっっきーー!」

「何だよ。進藤の誕生日なんて、その程度のプレゼントが関の山だろ」


いや、金額云々じゃなくて。
25の男にクッキーを上げる、しかもそれを選んだのも男ってのが
笑い所じゃんか。


「いやいや……オレなんて何も用意してないし」

「そうなのか?和谷。オレは一応持ってきたぞ?」


うわ。伊角さんの裏切り者!


「と言っても前進藤が欲しがってたストラップだけどね」

「そうなんだー、オレも途中で何か買っていこ。越智も来るだろ?」

「いやだからボクは、」

「今日これから何か用事あるの?」

「……ないけど」

「んじゃ決まりな!」


犬と雉を従えて。
まるでモモタロさんだ、オレ。


「で?越智のキーワードは?」

「『あたり』……だと思う」


『当たり』、か。いや『辺り』か?

ななき・いちょう・あたり。

まだまだ言葉が足りない。




「おい和谷。緒方先生、来てるみたいだぞ?」


事務室の予定表を見て、伊角さんが声を上げた。


「緒方先生か……まさかな」

「でも進藤って、割と初期から緒方先生と親しそうだったよな。
 オレ達より先に知り合ってるんじゃなかったっけ?」

「そうか……」


応接室に行くと、丁度緒方先生と……桑原先生が、取材が終わった所
だったみたいだ。


「緒方先生!お疲れ様でした」

「おお……ってオマエ誰だ」

「いやあの……」


緒方先生は、二回碁聖になって、二回奪われている。
それも両方桑原先生に。

若い(桑原先生に比べたら、だけど)棋士が、老境と言って良い碁打ちに
続けざまに二回もタイトルを奪われるなんて前代未聞で、
桑原先生はタイトルを奪うためにわざわざ緒方先生に譲ってるんじゃないかと
口さがない奴は言ってる位だ。

その桑原先生と対談した後なんだから、緒方先生は機嫌が良くないに
違いなかった。


「冗談だ。進藤の誕生日の件だろう?」


冗談と言う割りにクスリとも笑わず、白いビニール袋を取り出す。


「……日本酒……すか」

「ああ。値段は安いが美味いぞ。一緒に飲むと良い」

「てことは緒方先生は行かないんですか?」

「ガキのお守りをする程暇じゃないんでな」


ふふんと鼻を鳴らすが、まあ……オレ達もガキじゃない訳で。
越智以外四捨五入したら全員三十路の集団をガキ扱いするってだけで
トシが知れるってもんですよ。


「ええっと。じゃあ、キーワードだけ教えて貰えます?」

「で」

「え?」

「だから『で』だ。クイズか何か知らないが、ハード過ぎないか?」


わー、緒方先生は一文字か。
いや、うん。意味なんかないと思うけど。


「んじゃ、これ預かりますね。失礼しま……」

「ふぉっふぉっふぉ」

「あ、すみません!桑原先生もお疲れ様でした。失礼します」

「これ、待たんか」


いつの間にか、背後に桑原先生が立ってた……。
背後霊かよ。
緒方先生も教えてくれっての。


「ワシにもそのきーわーどとやらを聞かなくて良いのかの?」

「いやあの、実は今日は進藤の誕生日で、これはその悪ふざけと言うか、」

「ワシのきーわーどは、『の』じゃ」

「……へ?」

「ワシも若いもんの邪魔はせんが、贈り物は預かって貰って良いじゃろうな?」

「は……ぁ……」


手渡されたのは、新品に近いが……先が少し削れた扇子。


「愛用のお品、とかですか?」

「いや、座間王座に勝った時に巻き上げたもんじゃ。
 よく考えたらいらんので、小僧にやる」

「ええー……」




しかし桑原先生にまで声を掛けてたって事になると、手当たり次第か?
キーワード全部集めるって、こりゃ無理だな。


「まさか森下先生とか……」

「いや、森下門下はおまえだけだって言ってた」

「そうか」


仕方ない、集まった分だけで推測するしかない。
『で』だの『の』だの、なくても良さそうな部品が集まってしまったのが
痛いな。


・いちょう
・ななき
・あたり
・で
・の

取り出したメモ帳に書いて睨んでいると、直ぐ横で伊角さんも
覗き込んでいた。


「これ、実は大体揃ってるんじゃないか?」

「そう?どう並べる?」

「『いちょう』『ななき』『の』『あたり』『で』」

「いちょうななきのあたりで?」

「おまえ、本当に『ななき』だったか?聞き間違えじゃないか?」

「う〜ん」


確かに、電話で一度聞いただけだし、確認はしなかったけど。
こんなにむずいと思わなかったから、一人くらい
適当で良いやって思ったんだよな、そう言われてみれば。


「オレは、おまえのキーワードは『なみき』だと思う」

「なるほど。『銀杏並木のあたりで』か」

「そう。これ以上なくても、この辺で銀杏並木と言えば」

「外苑か!」






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