ファウル 17








仕事で地方に出て、三日ぶりに家に帰った。
食い物は用意しておいたから死んではいないと思うが。



「・・・ただいま。」


実家を出てからついぞ発した事のない言葉だ。
自分が不在の部屋に女を上げた事はない。
佐為を連れてきてからも黙ってドアを開けて奥に入ると先方も
黙々と碁盤の前で石を並べている、といった次第で。

怒っている、と思う。
この部屋に連れてきてから佐為はずっと怒っている。

騙したことを。
無理矢理進藤から引き離したことを。

佐為の言葉の一つ一つ、それはあれなりの怒りの表現なのだろう。
進藤といる時には全く見せなかった棘。

それでも碁は打つからいいと思っていた。
元々その為に連れてきたのだし、オレは他人の感情にいちいち流されたり
傷ついたりする程暇人じゃない。

全力で打つ。
負ける。
勝つ。

それだけで、あれとの関係はオレにとって十二分に良好なものだったのだ。

だから自分の口から知らず、「ただいま」などという言葉が漏れた時には驚いたし
それに応えて佐為が玄関まで出迎えに来たのは、更に意外だった。





「どうした。寂しかったのか。」

「まさか。」


素っ気ない言葉を無視して上がり、女にするようにその頭を抱き寄せる。


「・・・初めにもこのような事をしたな。」


そう。あの時は。
いい年の男が、進藤のようなガキと狭い部屋で暮らしていたら、処理もしづらくて
溜まっているだろうと思って。

躰で言うことを聞かせようかと思っていたのだ。
オレにそういう趣味はないが、他人の手でされるのは存外気持ちがいい。

アキラが何と思おうと、佐為と進藤はそういう関係ではないだろう。
ある程度人生経験を積んだ者が二人を見れば分かる。
アキラの目は、曇っているのだ・・・恋に。

けれど


「打とう。」


そう言われて毒気を抜かれたオレは彼を放して碁盤を用意した。



佐為は、不思議な事に性欲に苛まれるという事は本当にないようだった。
そう言えばオレもぴたりと女遊びが止んでいる。
仕事が終われば一刻も早く家に戻って、佐為と打ちたい・・・。
そう思ってしまうのだ。
最後にしたのは、いつだったか・・・。


「・・・そなた。その年で、妻はないのか。」


妻、はないが・・・。
あ。
あの女に、連絡をしていない。かなり長い間。

薄情者と思われているだろうな・・・元々か。
このまま切れるなら、それもいい・・・。


「ない。」


佐為は広げた扇子を口元に当て、目だけであざ笑っていた。


「左様か。別に構わぬが私を代わりにするのはやめよ。」


くるりと背を向ける。
黒髪が翻る。

・・・押し倒してやろうか。

一瞬本気で思った。






部屋に戻ると佐為が「白檀」と言うので、買い置いてある香を焚く。
佐為の好きな香りだ。
ライターの使い方は教えていない。
頭が弱いとは思わないが、万が一、戻ってきたら佐為も部屋も
丸焼けという事になっていても困る。

それに、佐為に何かをねだられるのは気持ちがいい。

煙の上がる香炉をテーブルの上に置き、その手で煙草を取りだして唇に挟んで
ライターの火を近づけた。
佐為は顔を顰める。
同じ煙でもこちらは苦手らしい。


「臭くなる。」

「美味いぞ。」

「・・・・・・。」

「やってみるか。」


佐為は、少し首を傾げた後おずおずと半分開いた扇子を差し出した。
こんな所も以前と変わっている。
今までなら小気味良い位に見事に無視して碁盤の上に目を戻す所。
やはり、三日も一人で置いておいたせいか・・・。

自分の煙草に火を点けるのは後回しにしてラークを一本抜き取り、
扇子の上に置いてやる。
手元に持っていって、オレの真似をして不器用に人差し指と中指で挟み。

ライターの火を点けて近づけると一瞬びくり、としたが、
悟って自分から先を火に近づけてきた。


「くわえて、吸いながらじゃないと点かない。」


逆恨みのようにオレを睨んで。
こわごわと唇に挟んで。

すうっと滑らかに息を吸い込んで、味わうように目を細めるのが
意外にも様になっている。
と、褒めようとした直前。


Charcoalのkai さんに頂戴しました!
煙草佐為!かちょえー!というか美しい。
目の正月…ああkai さんありがとう!
毎度思いますが。
このシーン書いて良かったぁv



































げほっ!え!


予想していたが、つい笑ってしまった。
笑いながら灰皿を差し出すと、汚らわしい物のように捨てる。

まだ火のついたままのそれをオレは拾い、自分の口に運ぶ。
思いきり吸って殊更美味そうに煙を吐くと、佐為は涙目で信じられないように
こちらを見ていた。


「また私を騙したな・・・。」

「騙してなんぞいないさ。オレは美味い。」

「そのような。」

「大人の味さ。おまえには、まだ早かったかな・・・?」


佐為は珍しく激高したように扇子を畳み、ぴしりとテーブルを打って
立ち上がった。


「おい。」


慌てて火をねじ消し、オレも立ち上がる。
珍しく続いた碁以外の会話を、こんな形で終わらせるのが惜しかった。

テーブルを回ってその手を取り、引き寄せる。


「無礼者!」


暴れようと身を捩るのにまた嗜虐心を煽られ。
オレはその体を抱きしめた。


「放しおれ!」

「泣け。喚け。」

「・・・!」

「おまえは、どうして進藤の元へ返せと泣かない?」


自分でも、驚いた。
今日は思ってもみない言葉が滑り落ちる日だ。

そんな事はどうでもいいのに。
もし泣かれても、返すつもりなどないのに。

佐為も「詮無いことを」と答えると思った。
けれど。


「そなたは。」


急に暴れるのを止め、大人しく腕の中に収まる体。


「ヒカルの属する世界では、ヒカルより身分が高いのであろう。」

「身分・・・まあ、そうだが。」

「そなたに逆らって、ヒカルを失脚させる事など私には出来ぬ・・・。」

「・・・・・・。」


失脚・・・を正当にさせる力などオレには有りはしないが。
第一誰がどう見ても非はオレの方にあるだろう。


「私は、良い。碁さえ打てれば。それで。」

「・・・・・・。」


その言い様に、妙に鮮やかに「昔のニッポン」のイメージが浮かんだ。

・・・理があるかどうかなど、二の次三の次が当然の縦社会。
理不尽な仕打ちを黙って受け入れる。
そんな事に慣れてしまっている、心。


「だから私はそなたの意に従おう。
 けれどヒカルに何かしたら。」


許さぬ。
切れ長の目が、青白く光った気がした。








−続く−







※ごめんねごめんね。煙草吸う佐為が書きたかっただけなの。






  • 18
  • 戻る
  • SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送