ファウル 15








「佐為、メシだぞ。」


佐為を連れてきてしばらく経った。

彼が欲しい、彼を自分の部屋に囲って思う様打ちたい、と思い始めてから
オレは綿密に計画を練った。
塔矢先生が乗り出して来た場合や進藤が法的手段に訴えた時の事まで想定して
色々と対策を考えたほどだ。
だが、結局事態は薄気味悪いほどに穏便に進行している。

そして佐為も。
子どものような彼は当初、泣きわめくと思ったし絶対オレを拒否すると思った。
だからどう丸め込んで打たせるか、というのに一番頭を絞った訳だが
何もしなくても佐為は自分から打とう、と言い出した。

アキラくんの言うように、本当に頭が弱いのだろうか。
囲碁があれば何でもいいのだろうか。


「・・・そなたは、碁をやめても膳夫(かしわで)で食うて行けるな。」

「柏手?」


佐為は苛々したように、食を調理する者の事だと口早に説明する。
オレは馬鹿みたいに頷きながらそれを聞く。


「で。それは料理を褒めているのか?それとも碁を貶しているのか?」

「何の。碁も打ててそれ以外の事も為すとは、多才であるし
 それが許される現今という時は平らかであると素直に感じ入ったまで。」


オレには、コイツがおかしいとはどうしても思えない。
この言葉遣い。
人の薦めで誂え、結局は着ていない着物を渡すと
よどみない仕草で身に付け、着丈が少し長いと文句を垂れた。

一緒に暮らせば暮らすほどに、進藤は真実を言っていたのではないか、
本当にコイツは平安や江戸の時代に生きていたのではないかと思えてくる。


「進藤の所へ帰りたくないのか?」

「帰してくれるのか。」

「いや。」

「なら詮無いことを言うな。」


平然と言い放って箸を置く。


「・・・ああ。そなたの膳は旨いが、塔矢の奥方ほどではないな。」


全部残さず食っておいて・・・。
憎々しく思うオレを置いて、佐為はまたすたすたと盤の前に行った。


「進藤よりはマシだろう?」


食器を片付けながら言うと、それは確かに、と向こう側で答えるのが聞こえる。
オレは柄にもなくホッと息を吐く。

進藤の所より居心地が良いように、それなりに気を使っているのだ。
畳もそうだし、和食器も揃えた。
食事も実は毎回料理本と首っ引きで有り得ないほどに時間を掛けている。

今までどんな女にもこんな事などしなかった。
オレともあろう者が、と自嘲したくなるが、コイツとの時間にはその価値がある。



食器を流しに置いて佐為の待つ方へ行く。
碁盤の向こう側、着流しで端座した男。
薄赤い室内灯の下でも、艶やかな髪が水の流れのように光る。

類い希な男だと思う。

以前「sai 」について考えていた時に、まさかと思いながらも神のようなものも想像していた。
直接出会ってみるとその時何となく浮かんでいた姿形とは全く違ったが、にもかかわらず
碁の神に形があれば、きっと間違いなくこのような姿なのだろうと思えた。

そして本因坊秀策をも凌ぐと認めざるを得ない棋力。

化け物か。神か。
彼の正体が何であっても構わない。
姿も能力も、この世の者と思えぬ奇跡の宝石。

進藤には過ぎた宝だ。
オレのものだ。
オレだけのものだ。


「・・・オレが黒だ。」


佐為の掌から零れた石は、九つ。
また今日も眠れないほどに魅惑的な時間が始まる。





佐為は、魚に餌をやるのが好きだ。


「この魚は『居る』のか?」


最初に聞かれた時何のことか分からなかった。
碁に関すること以外、極力オレと言葉を交わさないようにしていた佐為が
初めて持ちかけてきた雑談。


「居ないように見えるのか?」

「『居る』ように見えるから『居る』のかと尋ねておる。」

「見えているのなら居るだろう。」

「・・・でも、棋院の魚は見えていたけれど『居』なかった。」


ああ。
あの、ディスプレイの魚か。


「棋院に行った事があるのか?」

「だから。ヒカルと常に一緒にいたと言ったであろう。」

「・・・・・・。」

「あの魚とは逆で、そなたたちには見えていなかったかも知れないが、
 私は確かに『居た』のだ。」

「・・・・・・。」


こんな瞬間、理由もなく怒鳴りつけたくなる。
彼の言う事があまりにも理路整然としていて、反論のしようがないから。
本当に元幽霊なのかも知れないと、心底思ってしまいそうになるから。


「・・・あの魚だって、『居ない』訳じゃない。」

「?」

「実際の魚を撮影してポリゴンで再生したCGに、モーションキャプチャで動きをつけて
 電子の水の中を泳がせているんだ。」


だから少し意地の悪い気分になって、佐為には理解不能と分かっている言葉を並べ。
・・・表情の消えた顔を見て後悔して。


「まあつまり、モデル・・・あの魚の本体はどこかに生きていた、という事だ。
 これは『居る』と言えるだろう?」

「生きて・・・。」

「もっともあれが作成されてからどの位経ったか分からないし、撮影に使ってそのまま
 処分したかも知れないから今は死んでいる可能性が高いがな。」

「・・・・・・。」

「それでもあのディスプレイの中で魚は泳ぎ続ける。・・・過去の幻影だ。」

「では・・・あの魚も、幽霊。」

「そういう見方もある。」


そういうと佐為は扇子を口元に当て、何か考え込んでいるようだった。


「この魚は違うぞ。ちゃんと今も生きて、そしてそこに居る。」


まだ少し時間が早いが、まあ構わないか。
餌の瓶の蓋を外して佐為の手を取り、その掌の上にばらり、と粒をあける。


「ほら、餌をやってみろ。」


佐為が恐る恐る一粒を手に取り、水面に落とすとすぐにエンゼルフィッシュが上がってきて
沈み始めたばかりの餌をぱくりと食べた。


「もっと。」

「・・・はい。」

「もっと。」

「はい。」


佐為はこの部屋に来てから初めて嬉しそうな顔をして、餌をやりつづけた。


「生きて、おるな。」

「ああ。・・・だが食わせすぎたら死ぬからな。オレがいない時はやるなよ。」

「分かった・・・でも、またやっていい時は私にやらせて欲しい。」

「いいだろう。」


碁以外は、本当に子どものような。

離したくない・・・水槽の中で飼い続けたい。
また思った。


Charcoalのkai さんに頂戴しました!
オガサイラブラブ!
ああこんなステキな絵が見られる日が来るとは果報です。
佐為ちゃん、可愛いなぁ!惚れろ緒方。

















−続く−






※二人の生活はこんな感じみたいです。

  ニセモノの魚はもういないんですよね。目を瞑って下さい。
  あと、どんなタイプのニセモノの魚だったか知らないんで
  違う系統のだったらこれもご容赦。






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