ファウル 11








ヒカルはしきりに申し訳ながっていたけれど。
私としては、打てる人が増えてむしろありがたい事でした。
それに私の失言が原因でもあるでしょうし。


あの緒方という者に、私を知っていることを白状させられてしまったらしいのです。
ヒカルと私は塔矢家に呼び出され、そこで行洋氏や塔矢の立ち合いの元、
緒方にも私の事情を説明する事になりました。





「・・・という訳なんです。」


ヒカルの言葉が途切れると、緒方と塔矢アキラが穴の開くほど私を見つめていて
身が細りそうでした。
どれ程の沈黙の後か。


「・・・で。それを、先生はどこまで信じていらっしゃるんですか。」


緒方が行洋氏に問います。
私が詰め寄られると思って身構えていたのですが、どうも殆ど信じて貰えていないようですね。


「私は、信じてもいないし疑ってもいない。
 ただ佐為さんが良い打ち手だというのは確かであるし、進藤くんが辻褄の合う事情を
 説明してくれた以上、その是非を問うつもりはない。」


行洋氏・・・感謝します。
あなたもアキラも、とても良い人だ。


「正直、オレには全く信じられませんね。」

「だから信じなくってもいいって言ってんじゃんー。」


ヒカル、ヒカル、目上の人に失礼のないようにと言っていたのはあなたですよ。


「だが。まぁ、追求しても言わないというのなら、仕方がないな。」


それでも緒方は怒りもせず、目元を和らげました。
ああ・・・あなたも、やはり塔矢門下なのですね。


「そういう妄想に取り憑かれた、けれどとにかく囲碁の強いアマとして見させて貰いますよ。」

「・・・・・・。」


・・・こういうの、「ちょっとムカツク」って言うんでしたっけ?
でもまあいいですよ。他言されて面倒な事になるのでなければ。


「それにしても、あの『sai 』が目の前にいるとは。夢のようだ。」

「それはどうも。」

「オレの事を嫌な奴だと思わないのか。」


思わせたかったのか。
でも、私は碁を愛する人に本当に悪い人はいないような気がするんです。


「いえ。あなたの反応は無理もないと思います。それに。」

「何だ。」

「あなたは平安の頃の碁友にどこか似ていて。」

「・・・ふふん。それでは、オレとも一局お願いできるかな?」

「ええ。よろこんで。」




それから、塔矢家での研究会には必ずと言っていいほど緒方が現れるようになりました。
最初は私の棋力に関して懐疑的であった緒方も一、二度打って納得したようで。
彼も忙しい身でしょうに、どうもヒカルや塔矢の予定を調べて
二人が休みの時は自分も休みを取るようにしているみたいです。

私も、塔矢親子やヒカルともですが、緒方と打てるのもとても楽しかった。
彼の碁は底知れない力強さを感じさせるのに不意に脆弱さが滲み出る事がある。
そんな所を探すのが面白い私も少し人が悪いですね。

その緒方の件以来、急にお弟子さんが来てもいいように私を交えての時は
奥の仏間に集まるようになりました。
履き物も隠して。
何だか肩身が狭いです。

それでも、塔矢親子、緒方、ヒカル、私、塔矢家で本当に充実した時間を過ごしたのですよ。
勿論それぞれに忙しい身ですからその「秘密の研究会」を開ける機会は稀でしたが。



私はそれで満足でした。
それぞれの世代の頂点と言われる棋士たちと共に更なる高みを目指す。
世界の、碁を志す者が憧れるであろう環境。
勿体ないと言えると思います。

だから、他の者もみんな満ち足りていると思いこんでいた。

私はいつも、幸せそうなヒカルと一緒に居たから。






「あ・・・私はそろそろ失礼します。ヒカルが戻る頃ですし。」

「奴はこちらには寄らないのか?」

「ええ。酒の席の帰りだそうですからまともに打てないと言って。」


ヒカルの留守に塔矢家にお邪魔し、緒方と共に私は夕餉まで頂いてしまっていました。
ずうずうしい気もするのだけれど、塔矢夫人の御飯は本当に美味しくて・・・。


「そう言えば大概な時間ですね。オレも長居しすぎました。」

「緒方さん、お気遣いなく。」

「いや失礼するよ。佐為さん、送って行こう。」

「はい。」


その時私は、徒歩で送って貰う事しか考えていませんでした。
そう言えばこの者、朱色の牛・・・いや、自動車に乗っていたのですね・・・。



・・・それにしてもこれってこんなにーーーっ!
ききーーーッって!ぶうううっっっって!



「は、はやっ、」

「どうした。」

「速すぎ、ます!ぶ、ぶつか、」

「ぶつかるものか。」


眩暈がしました。
『ヤマノテセン』の時はここまでは速くなかったと思うし怖くもなかった。
けれど今は、本能が恐怖するのです。
命の危険が迫っていると。

どうしてこの者はこんなに平気な顔をして・・・。

緒方の隣で、そう思った後私の意識は途切れました。




「・・・佐為さん・・・佐為・・・。」

「は・・・。」

「おい。起きろ。」


気が付いた時には車は止まっていて、開いた横の扉の外から緒方が覗き込んでいました。
と言うことは。


「・・・ここは、極楽ではないですね・・・?」

「何を言っているんだ?」

「いえ、命冥加です。ありがとうございました。」

「まだ着いてはいないが。」

「は?」


そう言えば、見覚えのない場所・・・。
外は全く知らない広くて暗い所でした。
色とりどりの車が沢山あるものの、人の気配はなくて逆に寂しさを募らせます。
そう、まるで地獄のような・・・。


「心配するな。気を失ったようだから、取り敢えずオレの家に連れてきただけだ。」


あなたの家はやはり地獄にありましたか。


「上がって休んで行け。」

「いえ、」


結構、と言いかけて、あの早さを思い出します。
また眩暈が・・・。
今はまだあの経験を繰り返したくない。
とは言え、こんな場所ではくつろぐ事も・・・。


「ほら、酷い顔色だ。」


そう言われて腕を掴まれると抵抗も出来ません。
誰のせいだと思いながら、私はふらふらと着いて行きました。





「・・・・・・・・・。」


小さな匣の中で遂に手を突いた私を、緒方が引っ張り上げます。
私は先程より更に目を回していました。

まだ幽霊であった頃にヒカルと共に入った事はあります。
えれ・・・えす・・・名前は忘れましたが入って出ると別の場所に行ける不思議の場所。
ところが身体を持って乗ると、なんという・・・。
地面に押しつけられるような、周りの気に押しつぶされるような。

ヒカルは、平気な顔をしていつもこんな事に耐えていたのだろうか・・・。
それとも「この匣」と「あの匣」は違うのか。

そんな事を漫然と考えつつ朦朧としていたら、緒方に肩を抱かれ、
気が付いたら狭い扉の中にいました。
ああ、ここが玄関か・・・。
どんな場所かと思っていたのですが彼の住処は意外にもまともそうな空間です。


「まあ上がれ。」

「は・・・。」


履き物を脱がされ、抱きかかえられて奥に行くと、そこはヒカルの部屋よりも
随分広くて整った場所。
更に、別の室もあるらしく奥に扉が見えました。


「・・・少し休むか。」

「はい。」


本当に、休みたかった。ゆっくりと。
けれど初めて訪れた家ですし、少し床に座らせて貰えれば良かったのです。
あとお水を一杯。

しかし緒方は、私を抱いたまま奥の扉を開けました。
そこは更に暗い部屋で真ん中に布団を乗せた大きな箱があり(多分ヒカルの部屋にある
『べっど』と同じものです)私は身を硬くしました。

ええ、これも本能的な恐怖。
私もなかなかに勘が良いのですよ。

抗いました。
と言っても扇で弱々しく緒方の腕を打っただけですが。

緒方は私を『べっど』に横たえ、覆い被さるようにして髪を指に絡ませ、遊び始めました。


「やめなさい。」

「やめない。」


体を押さえつける緒方の胸は鋼のようで。
その時私は悟りました。

彼が私をヒカルの元に帰すつもりなどないのだと。
私を独占するつもりだと。


「私を、騙しましたね?」


親切ごかして送ってくれると言って。
最初からここに連れてくるつもりだったのですね?


「おまえはあまりにも騙しやすい。騙されたがっているのかと思うほどに。」






Charcoalのkai さんに頂戴しました!
いや〜んv緒方さんの残忍な表情に萌え〜萌え〜v
すみません、苦痛に歪む佐為ちゃんの表情大好物です!v



緒方の手が頬に触れ、私は思わず眉を顰めてしまう。
けれど今の私に何ができましょう。


「・・・いつか、こんな事があるやも知れぬと思っていた。」

「ほう。」

「最初にそなたに言った事を覚えておるか?」

「『懐かしや』か?それとも『碁友に似ている』か?」


よく、覚えている・・・。
普通は自分の言葉をよく記憶していてくれたら嬉しいけれど、今は
何とも言えない薄ら寒さしか感じません。


「そう、あの時そなたが碁友に似ていると言ったが。」

「ああ。」

「本当は違う。」

「・・・・・・。」

「そなたは、私を騙し陥れたもう一人の囲碁指南役の、あの男にそっくりだった。」



その窓のない部屋で。
私の苦い日々は始まりました。









−続く−








※・・・ええと。






  • 12
  • 戻る
  • SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送