ファウル 10 それからは、オレも塔矢も休みの時は佐為と二人して塔矢邸を訪れるようになった。 塔矢のおかーさんも歓迎してくれた。 でも、塔矢先生はあまり暇じゃないからオレ達は大概塔矢の部屋で打ってる。 先生のお客さんが切れるとお母さんが呼びに来てくれて、バタバタと客間に行って。 で、ちょっと打つとお客さんが来るのでまた三人で塔矢の部屋に戻る。 結局ほとんど三人で打ってんじゃん、って感じだけど、家が開放的なせいか、 先生やお母さんとちょくちょく話すせいか、オレの部屋に居るときみたいな、 息の詰まる感じは全然しなかった。 それはそれは楽しかったけど、オレも塔矢も休みで先生も家にいて、なんて そんな機会はそうそうなくて。 その内・・・ オレが仕事や研究会の時、佐為は一人で塔矢ん家に行くようになった。 こっちも一人で待たせるよりは気が楽だからいんだけどさ。 最初に一人で電車に乗らせた時は心配で尾行したよ。 扇子を構えてへっぴり腰で、あやしさ爆発だったけどそれでも佐為は何とか改札を通って 間違えずに電車に乗り、少し迷いながらも塔矢の家に到着した。 まあそれで安心はしてたんだけど・・・。 オレがいないある時、事件が起こった。 これは後で塔矢のかーさんに聞いた話だ。 ・・・偶々お客さまもみえなくて佐為くんとあの人が打っていたの。 形勢はあの人の方が少し良かったそうよ。 私は台所にいたので良く分からないのだけれど。 丁度お茶を入れようと思ったその時、 「ごめん下さい。」 玄関の方で声がしたわ。 緒方さんがみえた、と思ったけれど、客間の人は誰も気に留めていなかったみたい。 多分全員が集中しすぎていたのね。 だから私が玄関にお迎えに上がったの。 「あら、緒方さん。」 「旅行から少し早めに帰ってきました。お口に合うかどうか分かりませんが生ものなので。」 ぶら下げたスチロール箱には牡蠣の絵。 口に合うも何もあの人の好物だと言うのは門下では有名よねぇ。 「珍しい、客人が少ないですね。」 緒方さんはたたきを見下ろして、サンダルに目を留めながら言ったわ。 そう、佐為くんが履いてらしたものよ。 「ええ・・・。」 「上がらせていただいても?」 そう言いながら緒方さんは既に靴を脱いでらして。 確かに今まで、急にいらしたとしても緒方さんをお断りするなんていう事はなかったから 仕方ないわね。 緒方さんもサンダル履きの人が大切なお客様とは思わなかったでしょうし。 アキラのお友達とでも思ったのかしら。 とにかく、止める間もなく緒方さんは客間に向かったわ。 「失礼します。」 ええ、本当にねえ。 でもまさか自分が知らない人があの人と対局しているとは思わなかったんでしょう。 「あ・・・これは失礼。弟子の誰かかと思いまして。」 あの人もアキラもぎょっとしたように緒方さんを見返っていたわ。 それでも慌てないのが緒方さんよねぇ。 「すみません、見せていただいてよろしいでしょうか。」 既にアキラが横から囓り付くように見ているんだからお断りも出来ないでしょうし。 塔矢も一瞬盤面を壊してしまおうとするように手を上げたけれど、結局そのまま にしておいたわ。 「初めまして。緒方と申します。少し見せて下さい。」 ほほほ。あの人、塔矢の前だとお行儀がいいのよ。 それでその時まで一人ただ盤面を見ていた佐為くんが、顔を上げたの。 「あっ!」 いきなり飛び退いて、扇子で緒方さんを差して。 なんて集中力かしら。 その時まで人が入ってきたのに全く気付いていなかったのね。 「そなた!覚えていますよ!ああ・・・懐かしや。結局一度しか・・・。」 Charcoalのkai さんに頂戴しました!
扇子で差されてそなたと言われて、緒方さんひきつっていて面白かったわぁ。 でも言った後、佐為くんは慌てて口を押さえていたし、あの人もアキラも 硬直してしまって。 何かみんなにとって良くない事を言ってしまったのかしら・・・? ええ、塔矢もいつも同じ顔に見えるけれど、何かを考えているのか頭が真っ白なのか、 よ〜く見れば分かるのよ。 とにかく急におかしな空気になってしまって、緒方さんも不審に思ったみたいで。 「・・・どこかでお会いしましたか?」 「・・・ない・・・。」 緒方さんに睨まれて、佐為くん可哀想なほどだったわ。 そして盤面もそのままに、慌てて帰ってしまったの。 残されたあの人とアキラは、慌てて石を片付けようとしていたけれど 緒方さんがそれを止めた。 佐為くんが強いというのは本当なのね。 今度は緒方さんの顔色が変わっていたわ。 「・・・先程の人は一体?」 「ええと、一般の方で・・・。」 「で?」 「ある人の紹介で父と打ちに来たのです。」 「誰の?いくらなんでも塔矢行洋がいきなり一般人と打ったりはしないでしょう?」 アキラが一生懸命言い訳を考えていたみたいだけれど、緒方さんはそれを待たず あの人に詰め寄ったの。 「黒が先生ですよね?この白、ただ者ではない・・・!」 「うむ・・・・。彼は確かに強い。が、私にもよく身元は分からないのだ。」 「そんな、では一体誰の紹介で?」 「それは先方の意向で誰にも言わない事になっている。 私としては強い打ち手であるというだけで十分なので追求はしていない。」 「・・・進藤、ですか。」 昔から、緒方さんは偶にとても勘がいいの。 勝負の場にそれを活かせているかどうかは知らないけれど。 塔矢は答えなかった。 約束を破る人ではないけれど、嘘をつく人でもないから。 許して上げてちょうだいね。 誰にも内緒にしたかったんでしょう?佐為くんの事。 塔矢もアキラも緒方さんに何も言えなかったみたいだから、私が帰り際に 「『佐為くん』の事を誰にも言わないで欲しい」とお願いしてしまったの。 緒方さんは憮然とした顔をしながらも、誰にも言いません、と約束してくれたわ。 ええ? そうね、名前だけは言ってしまったけれど。 苗字は私も存じ上げないし、名前くらいならいいかしらと思って・・・。 −続く− ※塔矢母チョンボ。この明子さんは割と普通の人。 |
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