ファウル 7 佐為がお茶の間に現れると、おばさんは「あら、」と口の中で呟いて 視線を佐為の胸の辺りに落とす。 「男です。」 オレが言うと、ごめんなさい、全然想像していた方と違って、と言って 口元に手を当てて笑った。 「もっとお年を召された方か、それとも緒方さんのような方かと。 お若くておきれいな方なのね。」 本人を目の前にして、結構失礼な人? そうでもないか。佐為の髪の毛や変な服に関しては何も言わないし。 なんかイメージと違って天真爛漫な感じの人。 佐為は佐為で、 「塔矢先生の奥方様ですね?」 おくがたさま・・・って。 「え、ええ。家内ですの。」 「お久しぶ・・・じゃなくて、はじめまして! そちらこそお若くて美しい方ですね。塔矢・・・アキラの姉のようです。」 何となく日本語変な気がするけど、おばさんは気にした風もなく 嬉しそうにほほほ、お上手、と言って笑った。 Charcoalのkai さんに頂戴しました!
「うん、美味い!」 「私、こんなに美味しいもの頂いたの初めてです! ヒカルがいつも食べさせてくれる、透けた紙に包まれた むすびも美味だと思いましたが こんなものが世の中にあったなんて・・・。」 ってオレがいっつもコンビニおにぎり買ってんのバレバレじゃねーかよ。 でも塔矢のかあさんのメシは、マジ滅茶苦茶美味かった。 そりゃ塔矢の背も伸びるわな。 「それにこの器!木のお椀なんてどの位ぶりか・・・そして かわらけ・・・。」 大騒ぎして食べる佐為に、塔矢家の人々は呆気に取られている。 でも、背筋を伸ばしてきれいな箸使いで御飯を食べる佐為は、口惜しいけれどそれでも凄く上品だった。 「よろしかったらおかわりも遠慮なさらずにね。うちの人は褒めてくれないから嬉しいわ。」 「そんな事ないよ。いつも美味しいと思っていただいてるよ。ね、お父さん。」 「ああ。」 塔矢家の日常会話・・・。 う〜ん。痒い。 痒いけど凄く仲良さそうでほのぼのしてて羨ましい。 食事中、佐為の事色々聞かれるかと思ってビクビクしてたけど お母さんも遠慮してたし、いつの間にか話はさっきの対局の話になってて それだけで終わった。 目隠し碁で話してたからじれったかったのか、お茶を飲み終わるのももどかしそうに 先生も塔矢も慌ててさっきの座敷に戻っていく。 微笑みながらも、仕方ないわね、と言った様子で溜息を吐くお母さんが 何だか取り残されたみたいで申し訳なくて、 佐為とオレは残って食器を台所に運んだ。 「あら。いいのよ。気にしないで行ってちょうだい。」 「ううん、手伝うよ。佐為は食器洗え・・・ねーよな。おばさん、布巾はこれ?」 「ええ。でも本当に、お客さまにそんなこと、」 「机を拭きます!私だって手伝えます。碁を打つ以外の事も出来ますよ。」 そう言いながらも子どもみたいにもったらもったらと机を拭く佐為。 でも、よしよし、良い傾向だ。 今まで、ほんっとに自分は何もする必要がないって思ってたもんな。 オレが掃除したり食事の支度しててもぼーっとしてやがんの。 悪気があるんじゃなくて、気が付いてなかっただけだから言ったらしてくれんだけど こうやって自分で気付いて手伝うのは初めてかも。 オレがおばさん手伝ってるの見て気が付いたのかな。 だとしたら、こうやって偶に違う人と食事したりするのって、いいかもな・・・。 「それで結局佐為くんがうちの人に勝ったの?」 「ええ!」 「置き石なしで?」 「もちろんですとも。」 って「くん付け」かよ・・・。でも仕方ないよな。 碁を打ってないときの佐為って、どう見ても取り柄のなさそうなとっぽい兄ちゃんだもん。 つか実際引きこもりっつかニートって言っていいし。 狩衣着てたらまだ高貴っぽい感じもするんだけどさ、今はカーディガンだし。 「まあ!凄いわねぇ!私、お恥ずかしいけれどうちの人が日本で一番強いと思っていたのよ。」 「お強いですよ。私だって次に戦って勝てる自信はありません。」 「でも佐為くんはプロじゃないんでしょう?」 「ええ。」 「プロ試験受けたら?絶対受かるわよ!」 そりゃ受かるけどさー。 佐為には戸籍も住民票もないんだって。 「おばさん!後はお願いしていい?」 「ああ、ありがとうね。」 「ごちそうさま!」 オレは慌てて茶碗をゆすぎ、佐為をひっぱって座敷に行った。 座敷では、丁度先生と塔矢の検討が一段落ついた所だった。 「あの、先生、塔矢。お邪魔しました。オレ達もう、」 「ああ。少し待ってくれないか。・・・アキラ、はずしなさい。」 来たーーっ!! 聞かれるとは思ってたし、言う覚悟で来たんだけどさ。 納得して貰えるように上手く説明できっかな? 塔矢は少し不満そうな顔をしたけれど、立ち上がった。 入り口に立っていたオレとすれ違う時目が合い、何とも言えない顔をされた。 「・・・そういう訳で、ずっとオレに憑いてた頃の佐為は幽霊で、先生と対局したのも 佐為で、人間としての佐為は一ヶ月前に甦ったばかりなんです。」 話しながら、自分でもなんて嘘臭いんだろうと思った。 実際腕組みをしたまま聞いている先生は厳しい顔をしている。 怒られっかな?怒られっかな? 信じろってのは無理かも知んないけど、怒られんのはいやだなぁ。 本当の事言ってんのに。 先生の表情は険しい。 黙ったまま、何も言わない。 そろそろ空気が痛くなって来た頃、先生は腕組みを解いた。 「・・・正直、私には君達の話が理解できない。」 やっぱりねー。 「しかし、嘘を吐いているようにも見えない。」 二人でぶんぶんと首を縦に振る。 「それに、そう考えないと辻褄の合わない部分もあるし・・・。 しかしそうすると私は本因坊秀策と相対しているという光栄な事になる訳だが。」 薄くではあるけど、笑ってくれた。 「こちらこそ時を越えて、あなたと手合わせ出来て嬉しかったですよ。」 「そう言わず、また対局してくれないか。」 「ええ。そちらのご都合がつけばいつでも!」 って。佐為ってば勝手に約束して。 ・・・でも、まあしゃーないな。さっきみたいな一局見せられたらさ。 けど普段はオレと打ってくれよ? 「そうすると、佐為さんは社会的保証が何もない訳だな。不自由ではないかね?」 「ええ。今の所何とかなってますよ。」 「何か援助が出来そうな事があったら何でも言ってくれたまえ。」 「よろしくお願いします。また相談したいことがあったら来させて下さい。」 それからオレ達は、塔矢家を後にした。 門を出た所で二人して思いっきり伸びをする。 は〜、肩凝ったぁ!思ったより緊張してたんだなぁ。 でも。 塔矢先生に佐為の秘密を言えて、オレは凄く気が軽くなった。 全部信じてくれたって訳じゃないみたいだけどさ。 自分一人で抱えているにはやっぱり重かったみたい。 それに、オレに万が一の事があったり。 佐為が何か事故に巻き込まれたり。 いざとなった時に頼れる「力を持った大人の男」がいるって、心強い。 はあ。 ますます、何とかなりそうだって気がしてきたよ。 佐為とオレ。塔矢先生の後ろ盾で、これからも問題なく平和に暮らして行ける。 オレは佐為にスキップを教えながら、夜道を帰った。 −続く− ※ものが食べられる幸せ。 |
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