ファウル6 「ボクも、見ていて構いませんか?」 塔矢が先生と佐為の顔を交互に見る。 先生も佐為を見たが、佐為はにっこりと微笑んで 「私は構いませんよ。」 と言った。 それから、塔矢先生は何も言わずに石を握った。 塔矢とオレは、盤の両側から邪魔にならないようにそれを覗き込んだ。 息詰まる熱戦だった。 一つ石が置かれる度に声を出さないように必死で我慢して、 それでも気付いたら呻き声が漏れている。 手の中にはじっとりと汗をかき、部屋には四人しかいないのに、満員の飛行機が 墜落する直前のような。 毛穴からどっと汁の出るような、同時に鳥肌が立つような、緊張感と圧力に オレは耐えられなくなり。 塔矢を見ると、丁度目が合う。 その目も「出よう」と言っていたので二人でそっと退出した。 先生も佐為も気付いていないようだった。 Charcoalのkai さんに頂戴しました!
みんなかっこいー!それぞれの緊張感が、それぞれ個性的です。 「・・・っふーー・・・・・・。」 茶の間に入って、二人で息を吐く。 どっと力が抜けて、自分が今までどんだけ気を張っていたのか思い知った。 「あらあら。二人ともお休み?」 塔矢のお母さんが台所から声を掛けてくれる。 「あ、お邪魔してまーす。」 「ええ。お久しぶりね?」 「はい、塔矢先生が入院された時にいっぺんお会いして以来です。」 「覚えてますよ。今日はゆっくりしてらしてね。」 「ありがとうございます。」 それからあったかいお茶と鉢に盛ったお菓子を持ってきてくれた。 「今日はあの人が、大切な大切なお客様がみえるからと言って。」 「あー、オレの連れっす。」 「そのようね。でも私には顔を出すなと。」 と言いつつ気を悪くしたようでもなくころころと笑う。 「すみません、あまり人に会いたくない事情があって。」 「そうね。お弟子さんにも今日は来ないで欲しいと連絡していたわ。」 やっぱり気を使ってくれてたのかと思うとありがたくもあり。 でも佐為の事、何だと思ってんだろうなってのも気になり。 おばさんも、塔矢先生がそんなに大事にする人がオレの連れってのが 不思議みたいだった。 「進藤さんのご親戚の方?」 「う〜ん、違うんですけど・・・。」 「でもあの人の事だから、碁はなさる方よね?」 「はい。プロじゃないんですけど強いんです。」 さすが奥さん、塔矢先生が碁を打つ人以外には興味ないって見抜いてらっしゃる。 「お母さん。そんなに根掘り葉掘り聞いたら失礼だよ。」 「ああ、ごめんなさいね。」 塔矢が本気で憮然としてるみたいに口を挟んだ。 自分が聞きたくても聞けない事を、お母さんが気軽にどんどん聞くのが 面白くないんだろうな。 「進藤、ボクの部屋に行ってさっきの対局を検討して続きを打ってみないか。」 「おうよ!」 「うう〜ん・・・。」 「・・・すっげーよな・・・。」 二人でお互いに気付いた事を話し合いながら並べてみると、序盤からして 二人とももう深くて深くてどうしようもない石運びだった。 「どうする?続き打ってみる?」 「いや・・・。」 塔矢が先生になりきって、オレが佐為になりきって、それで打ったら すごく面白そうなんだけど、それ以上にこの対局の続きが気になって仕方ない。 オレ達は足音を忍ばせて、交代交代に対局の進み具合を見に行って 部屋に戻ってきては並べて唸り続けた。 「対局時計なかったよな?」 「うん。置いてなかった。」 もう一時間近く、佐為の手が動いていない。 夕闇も深まって、塔矢の部屋の電気を点けたけれど、先生と佐為のいる座敷は まだ薄暗いままだった。 結局何時間打ってるんだろう? 5時間?6時間? 「どう思う?」 「どうって・・・こう行って、こう、こう、取れば生きはあると思うけど。」 「ボクもそう思う。だが佐為さんがそれに気付かない筈はないだろう。」 「そうなんだよな。」 オレ達にはまだ勝負は分からないように思えるけれど、佐為には見えてるんだろうか。 その割には投了しないけど。 「アキラさん?」 障子の外からお母さんの声がした。 はい、と言って顔を出した塔矢がすぐに振り向く。 「もうそろそろ夕食の時間だけれど、どうする?食べて行く?」 「い、いいよ!そんなの!もうすぐ終わるだろうし。」 「あら、遠慮なさらなくていいのよ。お弟子さんたちが上がって行くなんてよくある事だし。 大勢で頂いた方が美味しいわよね?アキラさん。」 塔矢は、迷うようにオレを見た。 あれだけ会いたがっていた佐為を、まだちらっとしか見ていないし もっと観察してみたい、話を聞いてみたいと思っているのはありありと分かる。 ってそうは行くもんか! 「お気持ちは嬉しいですけど・・・、」 「あら。終わったみたいね。」 廊下づたいに、じゃらじゃらという音が微かに聞こえる。 オレと塔矢は飛んでいった。 あの後、佐為が一つ置いて塔矢先生が投了していた。 「・・・ここが危なかった。」 「ああ。この時はこの石を狙っていたのか?」 「それもありますが、こう、こう、」 「ほう、私がこちらを選んだ時の事も考えて、」 「ええ。将来この石が布石になる事を考えるとそちらも十分有り得ました。 綱渡りでしたが。」 それは、驚くような一手だった。 佐為は負けしぶってたんじゃなくて、一気に勝ちをもぎ取る手を狙ってたんだ。 オレと塔矢はすごいすごいと言いながら、もう一つ盤を出してがちゃがちゃと石を並べる。 ぱち。 ぱち。 ぱち。 ぱち。 「で、ここで先生が投了で、」 「こう、こう、こう、と来てこうだよな。」 「え?でもこっちに置いたら、」 「ああ、なるほど?お父さん、ちょっと見ていただけませんか?」 佐為が扇を口元に当てたまま、オレの横でひっそりと微笑む。 「ほら、ここでこっちを捨てといたら得する!先生の勝ちじゃね?」 後ろから扇子が伸びてきて、こん、と盤の一点を打つ。 「あ・・・!」 「あそっか、その場合は、佐為はこっちをおさえる事が出来る訳か・・・。」 やっぱり・・・やっぱり佐為は、凄い。 塔矢先生も凄い。 塔矢先生と佐為の対局・・・まさに世紀の一戦だよ。 それをこんなに間近で見て、その二人と共に検討をしてる。 嘘みたい。 有り得ないほど、贅沢な時間だった。 おおよその意見が出終わっても、何となくこの場から去り難かった。 何か勿体ない。 もっともっと、聞きたいことがある。 もっと細かい感想戦が聞きたい。見たい。 先生からも塔矢からも、この時間を惜しんでいる雰囲気が伝わってくる。 その時、おばさんの声がした。 「みなさん、お夕食の支度が出来ましたよ。 サイさんも進藤さんも召し上がってらしてね。」 先生と塔矢を見ると、頷いてくれた。 オレ達はメシを御馳走になる事にした。 −続く− ※あまり見所のない回。 |
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