ファウル5








その晩早速電話が掛かってきて、翌日オレと佐為は塔矢家に赴いた。
確か塔矢も今日は休みの筈だ。


佐為は初めての電車で落ち着かない。
最近は外で騒がないように自分を抑える事が出来るようになってきたけど
さすがに今は窓に貼り付いて、物言いたげに口をむずむずさせながら
何度もオレの方を見ていた。
思わず笑ってしまう。


「早いだろ。」

「はいっ!それに高い!」

「おまえさー。いよいよ先生と対局出来るんだからな、ちっとは緊張しろよー。」

「してますよ。」


ふっと真顔になった。
心配ないか・・・コイツはコイツなりにコンセントレーションを高めてるのかもな。





「ごめんくださーい・・・。」


勝手知ったる塔矢家の、門を入ると佐為は感心している。


「わあ!私の屋敷ほどではありませんが、現代でも広いお宅はあるのですねぇ。」

「悪かったな!オレん家もマンションも狭くて!」


すぐにガラッと玄関が開いて、塔矢が顔を出した。


「よお。」

「ああ。・・・そちらが・・・。」

「うん。」

「塔矢!」


佐為が扇でぽん!と掌を打つ。
塔矢はいきなり呼び捨てにされて仰け反っていた。


「大きくなりましたねぇ!昔は本当に女の子みたいだったのに。」

「佐為!」

「・・・あの、初めまして、ですよね・・・?」

「あ。」


バカ佐為!
おまえは前会った事があっても向こうにとっては初めてだっての!


「こら佐為。初めましてだろ?悪い塔矢。前おまえが載ってる週刊囲碁とか見せてたしさ、
 おまえの話よくしてたから勝手に会ったことがあるような気がしてんだよコイツ。」

「そうそう!そうなんですよ、すみません。改めましてはじめまして。」


オレが教えた「はじめまして」を言いながら、扇子を両手で持ってゆっくりとお辞儀をする。
でもその服はTシャツの上にカーディガン、(ちゃんとした服買う暇なかった)
帽子も取らないままだ。

やたら丁寧なような失礼なような、違和感のあるお辞儀に塔矢も戸惑いながらお辞儀で返す。
それから何か言いたそうにオレを見ていたけれど、結局黙ったまま玄関に招き入れてくれた。




もし塔矢門下の弟子たちが沢山見物に来てたらどうしようかと思ったけれど、
玄関にそれらしい靴はなかった。
さすが塔矢先生、佐為が人に見られたくないのを察して配慮してくれたんだろう。


「おい、やっぱ家の中では帽子取った方がいいかも。」

「えー。」


先に立つ塔矢の後ろで、小声で話しかける。
そう、オレの部屋ではずっと帽子かぶりっぱなしだったんだ。
でも塔矢先生の前でそれはないよなぁ。


「帽子がなかったら集中できない?」

「いえ、対局が始まればそういう事もないでしょうが。」

「んじゃ取れよ。そんで、塔矢先生に会ってもさっきみたいな事ないようにな。
 ここではおまえは貴族じゃなくて一般人、塔矢先生の方が偉いんだぞ。」

「分かってますって。」


帽子を取って胸の前で水平に捧げ持つ。
う〜ん・・・。


「そうだ!」

「何?」

「あの、対局の前に厠・・・。」


もう!そういう事はもっと早く言えって。


「塔矢。」

「何だ?」

「トイレ貸してくんね?こいつ緊張してるみたいで。」

「ああ、じゃあそこの突き当たりで。」


佐為はにっこりと笑うといきなり廊下に座り、トイレ行く時にそうしろって言ってるように
パンツの裾をまくり始めた。
塔矢は無表情で見下ろしているが、内心かなり動揺しているのが伺える。


「では。」

「ああ、帽子と扇子預かっとくよ。」

「お願いします。」


すたすたと歩いて行った。
それを見送りながら塔矢は


「sai さん・・・かなり変わった方?」


うん。変わってるのは間違いないな。
でも碁バカってのはそんなもんだと思ってくれ。


「最初は思ったよりお若いのと風体に驚いたけれど・・・。」


トイレの扉を開けた佐為がそのまま回れ右をしてこちらに戻って来たので
塔矢はそこで言葉を切る。


「ヒカル・・・家の厠と違います。」


ああ。そう言えばここ和式だった・・・。





朝顔の中にしてここで水を流すんだって教えたら、蓋がないと駄々を捏ねてたけれど
何とか押し込んで扉を閉める。
振り向いたら塔矢が柱に凭れて立っていた。


「・・・変わっている、という次元ではないようだな。」

「う〜ん、まあなぁ。すっげー辺鄙な所にずっといたんだよ。」

「でもキミが12才の頃には東京にいらっしゃったんだろう?」

「うー・・・。その辺は聞かないでくれ。」


塔矢は溜息を吐いたが黙った。
分かってる。
下手にオレや佐為が嫌がることをして、逃げられるのが怖いんだ。
佐為の正体が分からない事よりも、打てなくなる事の方が痛いに違いない。

そんな弱みを利用するのは悪いけど。
今はちょっとそっとしておいて。





「失礼します。」


塔矢がそう言って障子を開けると、中では既に塔矢先生が碁盤の前に座っていた。
床の間の掛け軸に向かって目をつぶっている。


「お父さん・・・。」


塔矢が驚いたように絶句した。


「アキラか。佐為さんは、いらっしゃったか?」

「はい。お父さん、その、場所・・・。」

「私は以前に負けている。自分より強い人に上座を譲るのは当然だ。」


そうか。先生だから、常に掛け軸を背にして座るんだよな。
オレだって仕事の関係上上座や下座は最初に習ってる。


「ヒカル・・・あの者が、下座に?」

「『あの者』じゃなくて『塔矢先生』。」

「そうそう。それで、自分より目上の、例えるなら主上や将軍様に相対するつもりで
 臨まなければならないんですよね?」

「うん。」

「では上座に座って貰わなければ困ります。」

「あー。そうだな。」


オレが頷くと同時に佐為は、塔矢を押しのけるようにしてずずいっと座敷に入った。


「塔矢先生、お初にお目もじ致します。」

「ああ・・・。」


塔矢先生が驚いたような顔をした後、感慨深げに目を細めるのに全く構わず


「そなたには上座に座って貰わねば困ります。」


そう言って扇子で塔矢先生の向かいの座布団の縁をとんとん、と叩いた。
・・・あっちゃー!何やってんだよ!
オレも塔矢をどけて佐為の側に行って耳打ちする。


「佐為!主上!主上!」

「はっ!これはご無礼つかまつりました!」


いきなりバッと身を伏せて額を畳にこすりつけたままエビみたいに凄い勢いで後ずさる。
廊下と座敷の境目で片膝を突いていた塔矢は、佐為のケツに押されて
後ろに尻餅をついていた。

それを見ていた塔矢先生は、固まったままどうしたものか考えていたようだけど、
結局そのまま黙って上座に移動してくれた。







−続く−


Charcoalのkai さんに頂戴しました!
難しそうなアングルなのに上手いなあ!
そうそう、こんな感じ〜vそら行洋さんの目も点になりますて。
クリックで原寸。







































※佐為、塔矢親子に一勝。







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