ファウル 3








「あれ?碁盤使わなかったの?」

「ええ・・・。何度も触りたくなりましたが、ヒカルがいないと何に触れるのも恐ろしくて。」


可愛いことを言いながら、既に目がキラキラしてる。


「何をするのも、千年ぶり・・・初めてのような感覚なのですよ。
 お腹が空くとは、何かを触るとはこんな心持ちだったか。
 食べ物を口に入れ、噛むのは、喉を通るのはこんな感じだったか。
 厠に言って用を足すのが、体の中から何かが出て行くのがこんな感じだったか。」

「・・・・・・。」

「ああ!ヒカル!この気持ち、何と言って伝えたらいいんでしょうね?
 世界が、何と生々しく麗しいものか!」

「分かった分かった。」


コイツはオレが居ない間、碁盤に触れなくても何もかもに感動しながら
過ごしてたんだろな〜。
テレビの点け方教えときゃ良かったって仕事中にちょっと思ったけど
別に分からなくても退屈しないか。


「そして・・・。」


オレが目の前に置いた碁盤の、上に乗った碁笥を震える手で包み込む。
そうっと蓋を開け、中の石を見つけた時には世界で一番美しい宝石を見たように
目を見開いてすうっと息を吸った。


「ニギれよ。」

「・・・はい。」


そろそろと、指を碁石の中にめりこませる。
そのまま掴まずに味わうように目を閉じると、その睫毛の間にみるみる内に水の玉が湧き、
ぽろりと白い頬の上を伝った。


「ああ・・・・・・。」

「どう?」

「つめたい・・・。」


カチャ、カチャ、と音をさせ、石を撫で回しながらほろほろ泣く男。
傍目にはかなり変だけど、オレは笑わなかった。

そうだよな・・・。
こんなに大好きな碁を、千年ぶりに自分の手で打てるなんて。
ちょっと想像つかないけど、きっと物凄く嬉しいと思う。
二年ぶりに佐為に会ったオレだって、あんなに嬉しかったんだもん。


「あ、すみません。えっと、私がいくつか握って、それがにしろはかどうか
 ヒカルが当てるんでしたね?」

「そうそう。よく覚えてんじゃん。」

「それはもう!」

「でもオレはおまえがいなくなってからうんと強くなったからな。
 覚えてる通りのオレじゃねえぜ!」

「でもきっと、私よりは弱いですよね?」

「んだとおー!待ってろ!負かしてやるから!」


・・・初めて見る佐為の石の持ち方、置き方は。
それはそれは優雅で、そして力強かった。

オレ達は夜遅くまで打ち続けた。






「・・・あ〜あ!やっぱおまえは強いなぁ!」

「ふふふっ。まだまだ負けられませんよ。でもヒカルも驚くほど強くなりました。
 とても数年前まともに石も持てなかった者とは。」

「それ言うなよ〜。それにしても一勝も出来ねえなんてなぁ。」


拗ねたようにひっくり返りながら、それでもオレは満たされていた。
佐為がいなくなってから、覚えていた佐為との棋譜を何度も並べた。
秀策の棋譜も探して、いくつも。いくつも。

けれどいつか終わりが来る。
手に入る棋譜を全て並べたら、もう佐為の新しい棋譜はなくなる。
そうしたら、一度並べた棋譜をまた何度も何度も繰り返し並べるんだろうな、って。

そう思ってたのに、こうやって次々と新しい手が打たれるんだ!
オレの目の前で!

こんなに嬉しい事はない。
オレ、佐為が幽霊で居た頃、何て勿体ない事してたんだろう。
寝る間も惜しんで、一局一局全力で打つべきだったんだ。
佐為はそれだけの価値がある碁打ちだ。

それに気付いたのは、佐為を失ってから。
今オレがそのありがたみを噛みしめて打てるのは、そのお陰かもしれない。
あのまま居続けてくれたら、今も「今日は眠いからやだ」とか勿体ないこと
言ってるかも知んない。

これって結果オーライってやつ?
あの喪失に、感謝。


「げっ。こんな時間かよ〜、腹減ったな。」

「ええ。」

「よっしゃ。コンビニでも行くか!」

「本当ですか!」

「明日のおまえの食料もあるしな。」


明日は対局日だから、一日仕事になる。
朝から出掛けて戻ってくるのは夕方だろうな。
冷蔵庫の使い方(ってほどでもないんだけど)とか、オレがいない間の
過ごし方教えておかなきゃ。





ぱた、ぱた、ぱた、ぱた。


初めて聞く、佐為の足音。

佐為を連れて外に出るのは、やっぱりどきどきした。
しかも今はTシャツにスウェットパンツ、超ロン毛に帽子って怪しい格好だし。
でも、風に真っ直ぐな髪が靡いてキレイだなって見てると、


「ヒカル・・・大きくなりましたね。」


こちらを向いてにっこりと笑った。


「そりゃ前は空中に浮いてたからだろ?」

「いいえ。それだけではないですよ。」


うん。確かにオレも佐為が、前より低く感じる。
凄く背が高いイメージがあったけど、今は頭半分ぐらいしか違わない。




ピポピンポーン・・・。


何となく、コンビニの前で足を止めて佐為を先に入らせると、
ちゃんとドアを開けて入り、センサーも反応した。


「いらっしゃいませー!」


店員が佐為を認めて愛想良く声を掛ける。
オレは自分以外の人にもちゃんと見えてるんだな〜ってはっきり分かってホッとした。

でも、佐為は凍ったように入り口で固まっていた。
顔を見ると泣きそうになってる。
店員も、「え?オレ何か悪いことした?」って感じでおろおろしてる。


「佐為!」

「は、はい!」


オレ以外の人に話しかけられたの、すっごく久しぶりだもんな。
そりゃびっくりするのも嬉しいのも分かるけど。


「分かったろ?前と違って他の人にも見えるし声も聞こえるんだからな、
 変な事すんなよ。」


小声で話しかけるとぶんぶんと首を縦に振った。
だーかーらー。いい年した男がそれってのも十分変だって。

でも、オレも佐為とこうやってコンビニに来られて、そして「佐為が食べる物」を
選べるなんて。
嬉しくって、嬉しくって、変にはしゃいじゃったかも。
オレ達はおにぎり一つにきゃっきゃきゃっきゃと騒ぎながら、随分長居した。
コンビニに行ってあんだけ楽しかったのは初めてだった。






−続く−


Charcoalのkai さんに頂戴しました!
店員をひかせる佐為。とヒカル。
クリックで原寸。





































※佐為とコンビニ。







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