ファウル 2








それからオレは、しばらく佐為を放すことが出来なかった。
だってだって、放したら消えちまいそうなんだもん!

怖い。
こんな夢みたいな夢、何度も見た。

佐為がただいま〜って帰ってきて。
んで、また沢山碁を打つんだ。
みんなにも見えたりして、紹介して、塔矢も塔矢先生も緒方先生も佐為と打てて。

でもそんな事ある筈がない。
目が覚めた時、最初は泣いたけどその内夢の中でもこれ夢だって分かるようになってきて
オレは泣かなくなった。
ただ、溜息が出た。

そんな事、ある筈がない。

でも、その「ある筈がない」事が、今ありありと目の前にあって。

信じちゃうよ?
本当に帰ってきたんだって。

これがもし夢だったりしたら、目が覚めた時オレ立ち直れないかもよ?



そんなことを思いながら佐為にしがみついていたけれど、ヤツは消えなかった。
オレが落ち着くまで優しく抱いてくれる。
だから、漸くオレはそれが現実だと認める覚悟が出来たんだ。
本当に、帰ってきた。
これからも、佐為はいるんだ。

佐為と打つ碁。
佐為と過ごす日常。

佐為。

佐為。

佐為・・・・・・。





・・・とすると。
ええと。


「・・・佐為、腹減った?」

「はい・・・少し。」


てことは、メシ食うよな。朝寝てたし。
そうかー、生身の体があるって事は、そういう事か。

つまり、佐為っていう以前に一人の男と同居する事になる。
ああ、もう佐為には肉体があるんだから離れる事も出来るだろうけど
オレはそんなこと全然考えてなかった。
折角戻ってきた佐為と、離ればなれになるなんて考えたくもない。

ずっと、一緒にいような。
前みたいにさ。

幸い今は一人暮らしだし経済的にも自立してる。
おまえ一人ぐらい余裕で食わせて行ける。


「な?いいだろ?」

「はい!」

「えーっと。んじゃ取り敢えずちゃんとした服買って来なきゃな。」

「服・・・。」


取られないかと不安になったみたいに帽子の鍔を両手で持つ。
案外気に入ってるみたい。


「悪いけど狩衣は無理だよ。働かなくてもいいけど多少は外に出るだろうし
 人に見られたらまずいしさ。」

「はい・・・。」


困ったみたいにちょっと手をもぞもぞさせる。


「でも、あの、扇はいいですか?あれがないとちょっと・・・。」

「そっか。」

「ええ。落ち着かないのです。」


オレはいつも対局に持っていくリュックのポケットから扇子を取り出した。


「これ・・・。」

「覚えてない?塔矢と初めて対局した日の晩、夢の中でおまえがくれたんだぜ。」

「塔矢!塔矢アキラですか?あの者と打てたのですか?どうでした?」


なんだ、やっぱりオレが勝手に見た夢かーとちょっとがっかりしたけど
佐為にあれからの事を報告出来るのが嬉しくて、それからまた色んな事を話した。
中学の先輩達や友だちの事、塔矢の事、伊角さん、門脇さん、北斗杯・・・


「へえー!遠つ国の棋士と!ヒカルすごい!ヒカルすごい!」

「えへへー。だろー。」


ぐうう〜〜。


そこで二人のお腹が同時に鳴って、オレ達は顔を見合わせて
大笑いしてしまった。


「あはは!そうだな、まだ食ってなかったな。ちょっと待ってて。」


オレが台所に立つと、佐為は嬉しそうに手の中の扇を広げた。


「今日、おまえ用に新しい扇子買ってきてやるよ。」

「本当ですか?」

「ああ。この後どうせ棋院に・・・ってわああ!やべえ!急がなきゃ!」


慌てて湯を沸かしてカップ麺を作る。
佐為は戸惑ってるみたいだったけど、何とか箸を持ったのを確認しながら
自分の分を慌ててすすり、リュックを掴んで走り出した。


「ヒカル!行くのですか?」

「うん!あ、でも三時間ぐらいで帰ってくる予定。」

「三時間・・・。」

「前教えただろ?ほら、時計の短い針が目盛り三つぶん進む頃な。」

「ああ!思い出しました!」

「んじゃ、腹減ったらあるもの適当に食ってて。外には出るなよ!」





対局じゃなくて良かった。
その日は気もそぞろで、慌てて用事を済ませて誰にも声を掛けられない内に
ダッシュでマンションに戻る。

戻って、佐為がいなかったらどうしよう・・・。
迷子になってたら探さなきゃならないし、そもそも佐為が戻ってきたのが
本当だったのか、自分の頭を疑わなきゃならない。

この期に及んでまたどきどきしながらドアを開けたら、


「おかえりなさい!」


オレは何だかへたへたとしゃがみ込んでしまった。


「ヒカル!ヒカル!早速すみませんけど、あの、私、もよおしてしまって・・・。」

「・・・はぁ?」

「ですから!その、致したいのですが・・・。」

「何が。」

「・・・ヒカルのいじわる。・・・・・・お・しょう・すい。ですよ・・・。」


扇で顔を隠して恥じらってるところから見て、あ、トイレか。って気が付いた。
行きたきゃ勝手に行けよ〜と思ったけど、コイツマンション初めてだからトイレの場所
見当つきにくいか、と思い直した。
んで、体があっても人ん家の中の扉を勝手に開けるタイプじゃないんだな〜なんて
改めて感心して。

あ、じゃなくてトイレな。


「このドアな。電気のスイッチはここ。」

「はい・・・。で、あの、どうやって用を足したら?」


だー!そうか。オレに憑いてた時は外で待ってたもんな。
水洗トイレ初めて見るガキみたいに全部説明しなきゃならないのか。


「まずこの蓋を開ける。」

「はい。」

「小だったらこの下のも上げて、立ったままこの中めがけてやる。」

「はあ・・・」

「大だったらこれは上げないで、ここにこうやって座ってやる。
 あ、勿論ズボンもパンツも下ろすんだぞ。スリッパも履けよ。」

「その履き物ですね。」

「そ。んで、終わったらこの紙でケツ拭いて、このレバーを上げて、」

「きゃあああ!」


勢い良く流れた水に、驚いて後ろに飛びすさる。


「これで出したもんは流れて行くから。」

「そ、それ、こわ、吸い込まれそうな、」

「だーいじょうぶだって。んじゃ健闘を祈る。」


トイレに押し込んで、部屋に戻るとカップ麺が空になってた。
ちゃんと食べられたんだ〜って安心すると共に、千年ぶりの食事がそれってのも
悪かったかなとも思う。

それに、見てみたかったな。物を食べる佐為。
スチロールのカップの縁に歯形がついてるのを見て、どこまで食べられるか
分からなかったのかって可笑しくなり、その記念すべき瞬間を
見逃した事を本当に惜しいと思った。




「ヒカル〜・・・ヒカル〜・・・。」

「なに〜。」

「あの・・・申し訳ありませんが、水を流して貰えませんか・・・。」


半開きのドアから、顔を出した佐為。


「やーだよ。これから何度だって流すんだから早く慣れろよ。」

「そうは言っても・・・。」


それからドアをバタンと閉めたけど、中で何やってんだかなかなか出てこない。
その内またドアが開いて、半身出たまま精一杯手を伸ばしてるんだろう、
やっと「じゃっ」と音がして水が流れた気配がした。


「ひやあああ」


慌ててドアの外に避難して、トイレを凝視している。


「こら!佐為!スリッパは中に脱いで来い!」

「あ、すみません!」


謝りながら水が流れきるまで中に戻れない様子なのが笑えた。


「あのさ〜、どうしても怖いんだったら、蓋してから流したら?」

「・・・あ!」


・・・これからの生活が、思いやられるよなぁ。
溜息を吐きながらもオレはワクワクしていた。
だってこれから、いくらでも佐為と打てる!
それに比べたらこんな小さなトラブルぐらいどってことないさ!


「取り敢えず、トイレ終わったら手、洗ってから出てこいよ。」







−続く−

Charcoalのkai さんに頂戴しました!
トイレのレバーに精一杯手を伸ばす佐為…扇がらしい!
ストローハット押さえてるのも何て可愛いんだv
クリックで原寸。

































※サイレント・ファンタジーにしろラフ・キャット(ケモノ森)にしろ、こういう系統だと
  必ずシモの事を書いているような。







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