FIRE BALL【前編】








オレは、夢の中で小学五年生に戻っていた。
目の前を見慣れない色のジャージの上着が翻る。
裾から覗いた短パン、その下からすらりと伸びた白い足。
五月の風の中、ゆっくりと通り過ぎていく少女・・・。




「わや・・・和谷?」

「・・・ああ?」


目を開けると、前金髪が変な顔で覗き込んでいた。
あー・・・、今は大手合いの昼休みだったか。
そんであんな夢を見たのはコイツのせい・・・。


「どした?何か苦しそうな顔してたぜ。」

「んー、ちょっと昔の夢見てた。」

「何、よっぽどヤな思い出なの?」

「う〜ん、まあそんな感じ。・・・あのさ、」

「ん?」

「滅茶苦茶強烈な出来事でもさ、あまりにも嫌すぎて
 すっかり忘れちまう事って、あるんだよなぁ・・・。」


実際、再会した時は思い出さなかったもんなぁ。
自分でも何で初対面の奴にこんなに腹が立つんだって不思議だったもん。






・・・毎年この時期に、近隣の小学校の四、五年生が総合競技場に集まって
「交流球技大会」をするのは育った地区の恒例行事だった。
オレはそれが楽しみだった。
普段会わない色んな学校のヤツがいるし、学校対抗って妙に仲間意識が固まって
凄く盛り上がるんだ。

基本的にトーナメント戦だったんだけど、前の年のサッカーではどのクラスも一回戦敗退。
その後の長くて退屈な待ち時間はみんなに苦い記憶として残っていて
今年は得意のドッヂボールなんだから絶対最後まで残るぞ!って気合も入ってた。

そして運も実力もあって、午前中に二回戦三回戦と勝ち上がり。
ベスト4に残った所でお昼になった。


で、夢の場面になる。
何人かで花壇の淵に座って弁当を広げていたら、前を通り過ぎたんだ。
その、知らない他校の子が。

きれいな子だな、と思った。

どこの学校だろ、そういや朝から何人か見るジャージだけど。
友だちと話しながらも、オレはその子の後ろ姿をちらちら見ていた。
落ち着いた足取りも、一人でいる所も気に入った。
トイレに行くにも固まってぎゃあぎゃあ騒ぎながらってなクラスの女子とは大違いだ。

しかもその子は、その内片手を上げたかと思うと、同じ体操服を着た何人かの
男子の集団に溶け込んだんだ。
女の子の所へ行くと思っていたオレは驚いた。

その子を交えた集団は和やかに話をしている。
一人が何か面白い事を言ったらしく、他の奴らが大笑いしている。
体をくの字に折って爆笑してる奴もいるのにその子だけは俯いて口元に手を当てたまま
一生懸命笑いを噛み殺してるみたいなのが上品だった。

・・・お姫さまとその取り巻きの騎士達・・・。

思わずそんな言葉が浮かぶ。
男の中に女が一人。
うちの学校ではそういうモテ方する女の子はいなかったから、かなり新鮮だった。

男っぽい女が男に混じって何かをする事はあってもさ、
基本的に可愛い子ほど普段はやっぱり女の子集団にいて。

オレだっていくら好きな子でも「その取り巻き」になるのはごめんだし
そう見られるのも嫌だし。
それくらいだったら男集団で遊んでる方が楽しいよ。

でも・・・その子の集団は自然とそうなってるみたいで、少し前に見たアメリカの
ハイスクール映画のモテモテさんみたいで、凄く大人びて見えたんだ。

かっっっこいい子だなぁ・・・。

小学生の男子にそこまでさせるあの女の子かっこいい。
他人の目なんか気にしないで、大人の男みたいにお姫様の取り巻きになってしまえる
あの男たちもかっこいい。

そんな事を思いながら、多少の羨望を覚えながら、それでも
「早く食べ終わって練習しようぜ!」
と言う金田の声に、その子の事はそのまま頭の片隅に消え去って行った。




午後の一戦目も相手のミスで辛くも勝って、オレ達は決勝戦に進出した。
さすがに5戦目となると、みんなの疲労の色も濃い。
けれどこれが最後。これが正念場。

しかも、なんと相手チームは四年生だったんだ。
最初は同じ学年での組み合わせだから四年生も勝ち上がるけど、
午後の初戦で五年生と当たって全滅ってのが恒例だったからびっくりした。

けれど、だからこそ負ける訳には行かない。
今まで負かしてきた全チームのプライドを背負って、四年生なんかに
優勝を持って行かせる訳には行かない。


「おい、女子!ぜってー当たるなよ!下手にボール受けようとかするなよ。」

「分かってるって!和谷、えらそう!」


やかんの水でコートのラインを下引きしながら叫ぶと、後ろから白墨粉の入ったライン引きで
上書きして来ていたケイが憎々しげに言う。
ったく。さっき一番に当てられてアウトになったの誰だってんだよ。

オレたちには研究を重ねて編み出した必勝の作戦があった。
コート内を更に三つに分けて、それぞれの担当を決めるんだ。

まず、オレを含めて投げるのが上手い三人位の男が一番前に出て主に攻撃を受け持つ。
その後ろでは受けるのが上手い男が何人かで「壁」になり、どんくさい奴や女子はその後ろで
出来るだけ当たらないように体を屈めてひたすら逃げる。
攻撃されたらその「壁」の男がボール受けて、味方の「攻撃担当」にパス。

勿論「攻撃担当」や「壁」が当てられちゃう事もあるし、逃げ遅れた奴がアウトになる事も
あるから万全じゃないけど、でも、オレ達はこれが最強のフォーメーションだと思っていた。

ところがところが!
驚いた事にコートに入ってみると相手チームも全く同じ陣形取ってるじゃん!

みんな「真似しやがって」とかブツブツ言ってたけど、そうじゃないってどこか分かってた。
ここまで勝ち上がるには、それなりに頭も使わなきゃならない。
恐らく向こうも色々考えた上で同じ「最強の陣形」を編みだし、一回戦から
使っているんだろう。

でも、同じ条件なら四年生なんかに負けやしない。
負ける訳には行かない・・・。


それと、オレには個人的にもう一つ驚いたことがあった。
相手チームにさっきの子がいたんだ!
また会えると思わなかったからラッキー!とも思ったし、でもあの子には当てづらいなぁって
ちょっと複雑な気分にもなったりして。

しかも、その子の担当は何と「壁」だった。
よっぽど運動神経がいいのか、担当を籤か何かで決めたのか。



「和谷くん?」


開始前の握手の時、相手チームの一人が声を掛けてきた。
あ、近所に住んでて去年引っ越して行った、


「テツオじゃん?」


懐かしい、おでこ。
でも再会を喜ぶ程のヒマもない。
だから取り敢えずニヤっと笑って、


「容赦しねーからな。」


そう言うと、テツオの方も「こっちこそ」と言って笑った。


「そうだ、あの子、あのオカッパの・・・」

「トーヤ?」


トーヤ・・・女の子にしてはボーイッシュな名前か?
それとも苗字?なんか・・・どっかで聞いた事あるような・・・。

でもそれ以上話をする時間もなくオレ達は両チームに別れた。



キャプテンの山形が、相手チームのキャプテンとジャンケンをする。
わ、四年なのに背、たけ〜!
でも後めぼしそうなのは、テツオと筋肉質のサルみたいな奴と・・・
「トーヤ」の取り巻きにいた、目の細いのと色が黒いの。


「金田・・・。」

「何だ?」

「最初はどんなに近くにいてもオフェンスは攻撃すんなよ。」

「なんで?」

「絶対弱いのから狙うって思わせておいて、不意打ちであのデカいの片付ける。」

「なる、ね。」

「山形や外野の甲斐にも伝えてくれ。」


おまえたちがオレ達と同じ作戦を取るなら。
オレ達は、その上を行くまで。



途中までは順調だった。
バックとのコンビネーションでどんくさそうな女の子から順番に減らして。
でも、途中から流れが変わった。


「痛っ!」

「キヨコ?!」


金田が、相手チームのお下げの女の子の頭に当てちゃったんだ。


「顔面セーフ!顔面セーフ!」

「おい、でも、」


その女の子はしゃがみこんで泣いちゃって、その隣に片膝をついた「トーヤ」が心配そうに
顔を覗き込んでいる。
「お姫様」は、他の女子にはさぞや嫌われてるんだろうな〜と思ってたんだけど
どうもそうでもないらしい。
ますます不思議な子だ。

結局そのキヨコとか呼ばれていた女の子は退場しちゃって、「命」が一つ余った。
あ、「命」ってのは、中の奴がアウトになってもその子の「命」でもう一回
生き返る事が出来るってやつね。

コートの中に転がったボールを、拾い上げてキャプテンに投げながら金田をちらっと見た
「トーヤ」の目は今までにない程鋭かった。


それからは、向こうが奮起したっていうかこっちが噛み合わなくなったっていうか、
なかなかボールが取れない上に、味方のボールを受け損ねて外に弾いちゃったり
逃げてた女子がラインを踏み越えてアウトになったり、運が悪いことが重なった。

そのきわめつけが、山形が華麗に相手ボールを・・・よけ損ねてアウトになっちゃった事。
本人は当たってないって言ってたけど、服を掠めた「シュッ」っていう音はオレの耳にも
聞こえた。

ドッヂボールは普通は外野に出ても相手チームを当てたら内に戻れるけど
今回は人数が多いんで、一度外に出た奴は二度と帰って来られないルール。
結局山形はそれ以上審判に逆らわず外に向かった。


「山形・・・。」

「おう!和谷、最後まで死ぬなよ。オレの分まで。」

「ああ・・・!」



おまえの仇は、オレが取るよ。







−続く−







※オトコノコの世界ってかっこよくて、バカで、かわいい。






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