FIRE BALL【後編】 それからは、熱戦だった。 お互いに中にはもう数人しか残っていなくて。 「足を狙え!足だ!」 「パース!パース!」 ふ、と視線を遠くに飛ばすと。 外野に出た女子が閑そうに固まっておしゃべりしたり、座り込んで地面に落書きしたりしてる。 やる気ねー。別世界? とムカついたりしても怒鳴る気にもなれない。 すぐに目の前に注意を戻さないと、いつ相手がボールを持っているか 分からない緊張感。 ・・・立ちのぼる陽炎。 遠巻きに見学している他校の生徒。 ラインズマンをしている他校の先生。 そんなものが全部遥か遠くに思えて、 ただチームと一体になる快感だけがリアルだ。 それと、相手チームのコートの中。 唯一の女子、「トーヤ」もまだいる。 他のヤツも何となく当てづらいのか、三人の中に残ってる。 でも相手のコートで今一番弱そうなのは「トーヤ」だよな。 狙いたくないとかそんな事言ってる場合じゃない。 ドスッ 不意に近くで音がして、一気に我に返る。 集中してたつもりが、一瞬ぼーっと考え事してたらしい。 「あッ!」 金田が、胸で受けようとしたボールが大きく上に弾かれた。 だから腹で受けろっつったろ! 慌てて地面を蹴り、二塁に滑り込み!の構え。 地面すれすれでボールを受け止めた。 「サンキュー!和谷、助かったぜ。」 言うのに頷く間も惜しんで相手が構える前にボールを振りかぶる。 もうよそ事を考えたりしない。ただ、受けて当てるのみ。 一瞬で目を走らせる。 何となく遠くにいてくれ、と思ったのに、「トーヤ」はすぐ目の前にいた。 あー、もう避けきれる距離じゃないよな。 目が合って慌てて後ずさるのに、心の中で「ごめん」って言いながら 体を捩り、腕を振る。 ドッ、 ザザー。 ・・・ええっ!? 「トーヤ」は、両手で見事にボールを受け、その勢いを殺す為に足をすべらせたのか、 砂埃が立っている。 ・・・ええ?オレの球って結構重いって言われんだけど? 受けられる女子っているの?それとも偶然? 驚くヒマもなくボールが構えられたんで、受けの体勢を取る余裕もなく慌てて仰向けに倒れる。 「トーヤ」の球は、オレの腹の上を「ブンッ」って音を立てながら飛んでいった。 危なかったー・・・。 と安心する前に四つ這いになってボールを探す。 外野が受け損ねて遠くに飛んでいったみたいなんで、ホッと息を吐いて漸く立ち上がり、 背中の土をぱたぱたと払い落とした。 ・・・倒れる直前に見た、「トーヤ」の投げ方。そのスピードと飛距離。 ボールを投げる時ってのはさ、どんなに男勝りな女子だって男に比べたら どっかどんくさいっていうかフォームに照れが出るんだ。 でも、大股を広げ、そして全身をのバネを無駄なく使ったあの投げ方って・・・。 それ以後、今までほとんどボールに触れなかった「トーヤ」も動きが変わった。 コートの中駆け回り、時に転びそうになっては足を開いて耐え、地面に片手をつく。 あの山形の!ボールを倒れながらも取り、立ち上がってバスケみたいにバウンドさせながら ゆっくりオレ達を狙う狼のような目。 狙える距離かどうか的確に判断して外野に遠投するそのしなやかな腕・・・。 「和谷くん、やっぱ強いね。」 またボールがどっか飛んでった時、後ろから声がした。 テツオがセンターラインのすぐ向こうからこっちを見ている。 予想通り、コイツもまだ生き残っている。 「まーな。・・・なあ、あの『トーヤ』って、」 「ん?」 「男?」 「え、男だよ?ああーそっかー。オレもこっち来た時はびっくりしたんだったな。 今は見慣れて何とも思わなくなってたけど。」 そう。 あの動きは、球は、どう見ても男のものだ。 いくら見た目が女みたいでも間違えようがない。 女の子であんなに遠く、速く、投げられる子なんてそうそういない。 というか今になって見ると、もういくら目を細めても女には見えない。 ・・・オレは一体、どこ見てたんだ? その後オレは、相手チームのキャプテンとサルに当てた。 あとはテツオと「トーヤ」だけだけど、こっちも減って二対二。 うちの方が強いの残ってるみたいだから有利だとは思うけど、この炎天下。 体力の限界が近い・・・。 「・・・和谷。あのデコの広い奴知ってんだろ?」 隣から金田が、息を乱しながら聞いてくる。 「ああ。昔うちの学校にいた奴だ。」 「あいつ、ちょろちょろすばしっこいな。」 「うん、んで変化球とか投げて来るから、アイツの球は出来れば受けないで避けた方がいい。」 「んな事言ってたらいつまでもカタがつかねーっての。」 それから金田は、小声で作戦を伝えてきた。 「・・・ええっ?」 「したら、あとはあの女みたいのだけじゃん。おまえなら何とかなるよな?」 「うん、まあ、そうだけど。」 相手チームの外野がボールを持って戻ってくる。 キャプテンに渡すと、一瞬オレを見たけど、こっちがめいいっぱい下がってるから、 諦めたように内野にパスをする。 テツオが受けた。 「行くぞ、和谷。」 オレが答えるのを待たず、金田がコートの真ん中に躍り出て腰を落とす。 真っ向勝負の構えだ。 仕方なくオレはそのすぐ後ろで片足を引く。 テツオは「受けて立つ」と言うようにニヤっと笑うと、金田に向かって投げた。 ボスッ! 横にカーブする球を予想して大きく手を開いた金田の、体のど真ん中に ボールが当たる。 「あ!」 そしてそのまま、凄いスピードで足の間にボールが落ちた。 下に「曲がる」球だったのか・・・。 なんて考える間もなく走り出し、すぐにボールを拾った金田が「和谷!」と言いながら パスして来たのを受けて、思いっきり振りかぶる。 当てたのに、そんなに早く反撃が来るなんて予想してなかったんだろう、 叫ぶように口を開けたテツオが、中途半端に受け身を取るのに 思いっきり、当てた。 ピッ! 「アウト」の笛が鳴る。 振り返ると、金田がピースをしていた。 そういう訳で金田の犠牲で、手こずらされたテツオを葬ることが出来た。 オレは山形と約束したとおり最後まで生き残ったけれど・・・もう後がない。 向こうも「トーヤ」一人だからさ、何とかなりそうなんだけど、これはこれで 難しいというか、何と言っても的が狭い。 けれどそれは相手も同じ。 同じ条件なら負けてらんない。 それに、「トーヤ」が男だって分かってからオレはちょっとむかむかしていた。 別に騙すつもりもなかっただろうし向こうは悪くないと思う。 強いて言うなら、男とも知らずにかっこいい女の子だなぁって感心したり 対戦出来て喜んでた間抜けな自分に対する苛立ちだ。 ・・・それにしても。 攻撃してくれたら、絶対受けるのに。 んで今度こそ「トーヤ」をぶちのめす。ジ・エンドだ。 なのに相手チームはボールを持ったまま、さっきからポーン、ポーン、と 外野と内野で大きなパスを繰り返していた。 オレもじっとしてる訳には行かないから、その度に外野側に行っては構え 内野側に行っては構え。 くそっ。オレを疲れさせるつもりか? 少しでも気を抜く仕草を見せると、向こうも攻撃して来そうな格好をするので ぼやぼやしてらんない。 ・・・ダメだな。埒があかない。 さっきから、自分の足の動きが少し鈍っているのが分かる。 汗が目に入る。 外野も退屈そうにしている。 何十回それを繰り返しただろうか。 ・・・来た! 外野が、少し低めの甘い球を投げたんだ。 急いでセンターラインぎりぎりまで走って、思いっきり手を伸ばして飛び上がる。 失敗したらアウト。 けれど、オレはこのチャンスを待って、今までひたすら逃げ回り、 ボールを取ろうとする意志を見せないようにしてたんだ。 パンッ! 掌にボールが当たる。 すぐ後ろで、「トーヤ」が息を呑んだ音が聞こえた気がした。 オレは上を向いてボールを目で捉えたまま着地する。 そして、少し遅れて落ちてきたボールをキャッチ! 「貰いっ!」 振り向き様に、「トーヤ」を目で押さえる。 もう、絶対ヘマはしない。 オレは、「トーヤ」の目と目を合わせたまま、ボールを構えた。 ドンッ! 「トーヤ」が、仰向けに倒れる。 青空を背景にボールが舞い、そして ・・・トン・・・トン・・トントントントン・・・ スローモーションで地面に落ち、跳ねる。 ピッ! ・・・勝っ・・・・・・たぁ!!! オレは、そのまま地面にばたんと仰向けに倒れた。 勝った・・・勝った・・・最後に一騎打ちなんて なんてドラマチックな勝ち方。 オレってマンガの主人公みたいっつかちょっとかっこよくね? 例えて言うならフルマラソンを走りきった気分、何とも言えない充実感・・・! ところが。 「うっ。」 いきなりお腹に衝撃を感じたと思うと目の前をボールが跳ねて、横にコロコロと転がっていく。 顔を上げると、センターラインの向こうで塔矢が腰に手を当てて立っていた。 「てめー・・・何すんだよ。」 オレは、「トーヤ」が腹立ち紛れに最後にぶつけてきたんだと思った。 瞬間、それしか考えつかなかった。 ピッ! ・・・え? 今の、アウトの笛は、何? ピピーーーッ! 試合終了の笛の音。 ワッと上がる歓声。 勝っ・・・たんだよな? 「・・・こっちの勝ちだよ。」 初めて聞いた「トーヤ」の声。 少し掠れているのは声変わりしかかっているのか。 なんて後で思えばどうでもいい事しか考えられなくて。 「え?・・・え?」 「ボクにはキヨコの『命』があるからね。まだ死んではいなかった。 ・・・最後に油断したね。」 その日は、ホンットにブルーだった。 もうみんなに責められた責められた。 つったっておまえらだって、『命』の事忘れてただろうがよ! とかオレも逆ギレしてみたりして。 でもまあそれもいい思い出。 卒業式の時にはまたみんなで話して大笑いしたもんだ・・・。 そうそう、で、一番忘れてた事な。 屈辱の表彰式の後テツオが「和谷くんって碁、習ってなかったっけ?」って 話しかけて来たんだった。 「トーヤのお父さんも碁のプロなんだぜ。 アイツも将来プロになるって今から言ってる。」 ・・・「トーヤ」って、「塔矢」か?塔矢行洋の息子なの?! って気付いたのはその時。 ただ偶然会っただけなら、サインの一つも欲しい位のビッグネームだけど あの出会い方・・・あの負け方。あのセリフ。 憎っっったらしい! ぜってー・・・、ぜってーいつか負かしてやる!! と手に持ったドッヂボールに誓った。 すっかり忘れてたけど、オレが碁のプロになろうって決めたのはその時だったんだ。 院生試験を受ける、少し前。 昔、昔の話。 −了− ※すみません。 結局、男の子男の子したアキラさんが書きたかったらしい。 |
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