日々是盲日10
日々是盲日10






あの後どうやって部屋に戻ったんか。
オレは朝、自分に与えられた布団の上で目ぇ覚ました。
隣では進藤が向こう向いてすぅすぅ寝息立てとる。

・・・変な夢見てしもたな・・・・。

でも、半分位は夢なんかやなかった、って分かっとった。




台所に行くと、既に起きた塔矢がエプロンを着けて味噌汁の味見しとる。


「ああ、おはよう。」

「・・・おはよ。」


男らしい塔矢。エプロンが似合わんのが笑えるはずやのに、今は笑えん。
でも何事も無かったかのように、昨夜とは別人みたいや。

自分、双子の兄弟おるんか?
自分、偶に記憶飛んだりせえへんか?

聞いてみたなるけど・・・もしそうやなかったら(多分ちゃうやろ)
それは塔矢をごっつ傷つける事みたいな気ぃもした。

しばらく迷て、結局オレは最初に頭に浮かんだ疑問を口にしてまう。


「・・・進藤にあんなことされて、平気なん?」


塔矢はけったいな顔をして、こっち見る。
しもた・・・。やっぱり記憶ないんか?
それとも、
オレの夢。

やけど塔矢から返ってきた言葉は、



「キミ・・・自分もボクの体を使ったくせに、よくそんな事言えるね?」



・・・その時の気持は、何とも表現でけへん。

強いて言うんやったら『絶望』が近い気ぃするけど、そこまで深刻な
もんやない。
ただ、今の今までやっぱりオレは認めてへんかったんやな、と思た。




「アッツイなぁ!朝から。」


振り向くと柱にもたれ掛かった進藤がオレらを見とった。
何となくどぎまぎしてまう。
いや、別に何も後ろめたいことあらへんやんけ。
熱いのはお前らや、とか言うたらフォローになるか?
アホか!んなこと言えるかい!


「おはよ。お二人サン。」

「・・・おう。」

「おはよう。今日の最高気温は30度を超えそうだよ。」


・・・なんや。気温の話か。


「朝メシ何ー?」

「ご飯と味噌汁と魚。」

「ええ?オレ、魚あんまり好きじゃないんだって。」

「我が家では大体そんなものだけど。」

「あ、生卵つけてよ。そしたら旅館みたい。」

「ああ、冷蔵庫に入ってるから欲しかったら取って。」


普通に交わされる会話。日常の風景。
けど昨夜の肉の交わり、そして紛れ込んだ異分子・・・。


「社も。」

「・・・え?」

「卵。欲しかったら。」

「あ、ああ。」


和やかな朝の風景、ホンマやったら3人とも気になっとることが言えんで、
ぎくしゃくしたもんになってええと思うねんけど、そんなことなかった。

正座した塔矢と、その横で胡座をかいた進藤。
たわいない会話に、時折笑い声が混じる。
残酷に照らし出す朝の光にも何恥じること無い、自然な、二人。



ああ、

恥じとるのは、オレだけか・・・。



もし。

もしも、アレが、塔矢が望んでへんのに無理矢理の事やったら、
オレは

進藤を告発せなあかんとこやった。

勿論、オレ自身のことも。

自分を含めてみんなが不幸になる事がわかっとっても、
オレは目ぇつぶって見過ごすことはできへん。
塔矢がどうとかやのうて・・・単に性分や。
自分でも損な性格やと思う。

だから、そうならんで済んで心底ホッとした。

塔矢の笑顔に、感謝。




進藤と二人になるんは気まずかったけど、今逃げたら一生この二人と
まともにしゃべれんような気がして、結局予定通り観光に
付き合うてもらう事にした。

この後手合いや言う塔矢が、玄関まで送ってくれる。
進藤と出てって門の所で振り返ったら、塔矢がこっち見てちょっと手を
上げてくれた。

でもその直前までアイツは、進藤の背中をじっと見つめとった。







「どこ行く?」

「いや、そう言われても分からへんし。」

「目的地決まってねえの?下調べくらいしてこいよ〜。」

「う〜・・・そやな。ほな、東京タワー。」

「ええっ?東京タワー?」

「東京観光言うたら東京タワーやろ。」

「うっわー。いや、でもそれいいかも。オレも行ったことないんだよ。」

「はあ?東京住んどって東京タワーも行ったことないんかい。」

「うん。都民で行ったことある人の方が少ないんじゃないの。」

「そんなもんかいな。そーゆうたらオレも通天閣行ったことないもんな。」

「何?それ。」

「お前が大阪来たとき連れてったるわ。」


16才の会話。
普通に話しとるオレと、それをいぶかしむオレがまだおる。

オレは、進藤を、嫌いやない。

昨夜は嫌悪を通り越して憎悪に近い感情持っとったけど、
なんやろ。今朝になったら、何や憑き物が落ちたような。
進藤の?・・・それともオレの?





「おう!」

「わあ、すげーよなあ!」

「写真ではよう見る角度やけど、実際見たら迫力あんなあ!」


足元から見上げた東京タワー。
遠くから見たら微妙なカーブが、下から見たら思いっきり強調されて、
ほんまの形が想像出来へんくらい歪になっとる。



「写真、撮る?」

「撮っとく撮っとく。」

「ほな、オレが撮ってやろう。」


微妙にアクセントのずれた似非関西弁。

に、また昨夜の記憶が甦って背中がひやりとする。
でも進藤は屈託なげに笑ろて、カメラを構えてしゃがみ込んだ。


「おい、それ、オレか東京タワーかどっちかめっちゃボケるんちゃうか?」

「そう?まあいいじゃん。記念記念。」


赤いモヤモヤを背景に、異様に仰がれたオレの写真。
白いタオルケットの上に、広がった塔矢の髪。

オレの思考は並行する。

ピンと立った東京タワー。
凛、と立った塔矢アキラ。

・・・・・。





「へえ。蝋人形館とかあるんや。」

「そんなのより、取りあえず展望台だよ。」


エレベーターに乗り。扉が閉まると同時に足が床に押しつけられる。
しばらくすると。1Gに戻る。
今どの辺なんやろ。
物珍しく古て悪趣味な箱の中を見回す。
やがて、0.何Gの浮遊感。

降りたところから更に暗い階段を上る。


光。




「わー・・・・。」

「東京、だなあ。」


視界が、薄青い。

展望台にありがちな双眼鏡が並んだ向こうに、東京が広がる。
遠くが白く霞むまで、ごちゃごちゃした町並みが広がる。
関西にはない風景。
大阪では高いとこ登ったら、絶対遠くに山か海が見えるから。


「いつも遠くから見てたけど、中から見る景色ってのは。」

「ああ。」



二人して無言でガラス越しの風景を見つめる。


これが、東京タワー。
さっき下から見上げた威容を誇る景色も東京タワー。
勿論、遠くから見るエッフェル塔のパクリみたいなコーンも、東京タワー。

東京タワー言われて、どの景色を思い浮かべても全部ホンマで、
どれが違うっちゅうこともない。

絶対あのコーン思い浮かべなあかんわけやない。



またオレの思考は並行する。



塔矢と進藤の関係も、

きっとホンマに因縁のライバルで、
ホンマに仲ええ友だちで。
そんで昨夜みたいな・・・・・・・・。


見る場所によって全然違って見えるかも知れんけど、
どれが正しくてどれが間違いっちゅうことはないんやろう。

他にもオレに見えん色んな面持っとるかも知れんけど、
二人が納得しとる事やったら


それやったら、オレが口を出すことは、何もない。







・・・にしても、日本の若手棋士のトップ2な二人がこうやっちゅうのは。
まさかソレが強さの秘密?んなわけないやろ!

一瞬頭に甦った塔矢の肢体を慌ててうち消す。
その時進藤が手すりにもたれ掛かって前を見たまま口を開いた。


「・・・とるなよ。」

「何がや。」

「・・・・・。」


答えが無いことが、既に答え。

塔矢を盗るなよ、か。

超能力者か?コイツごっつ勘ええわ。
そんでなんや、この既視感。いつかこんな感じ・・・。



・・・ああ、ツレに彼女紹介された後や。
可愛いやろ、可愛いやろ、ちゅうくせに、ああ可愛いってゆーたら
いきなり機嫌悪なりよって。

『・・・盗りなや。』




今の場合、あの時とはニュアンスがちゃうかも知れん。
でも、どう答えてええか分からんかったんで、同じ返事をかえす事にした。



「阿呆。誰が人のもんに手ぇ出すかい。」






−了−



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