まだ物語は始まらない 1 『ああっ!間に合わなかった』 『どうします?』 校庭に突然出現したように見えた、黒いノートを拾った途端。 背後で英語の会話が聞こえた。 英会話の教師の声では無い。 留学生? と思いながら何気なく振り向くと、 そこに立っていたのは…… この寒空にパジャマ姿の、目が薄気味の悪い白人の子どもと 背中を丸めた妖怪のような細身の男だった。 「?!」 『若いですね』 『ええ、若い。というか幼い。 元から精神的に幼かったですが、この彼は見た目も幼いです』 ……ここは校庭の真ん中だ。 そう言えばさっきまで、誰も居なかった。 幽霊? 超常的な物は信じない質だが、現に先ほどこのノートが突然現れたのを この目で見ている。 思わず手の中の黒いノートを見つめる。 見たところ普通のノートだが……「DEATH NOTE」…… 直訳で「死のノート」か。 という事は、この二人はこのノートに憑いた何らかの霊……。 一度目を閉じて、大きく息を吸い、吐く。 それからゆっくり目を開けたが、やはり二人は消えていなかった。 『幽霊を見たのは、初めてだよ』 心を落ち着かせて英語で言うと、二人は顔を見合わせた。 『パニックにならないのはさすがですが』 『まだ英語の発音がぎこちないですね』 「いいんですよ。日本語でも通じます」 『私は英語の方が良いんですけど』 「片言なら何とかなるでしょう」 「コニチワ!」 目の隈がある方は、日本語が話せるらしい。 白人の子どもの方も、ある程度日本語が分かるようだから 僕の英語と合わせれば意思疎通には十分だろう。 「ええっと、こんにちは。 悪いけど、僕では君たちを成仏させてあげられないよ」 「……」 「校庭の真ん中で独り言をしゃべっていると思われると困るから もう行くね」 「待て!ジョーブツ、何?」 『成仏とは、霊体が死者の世界に近々行く事です』 白人の子どもが尋ね、隈がある方が答える。 幽霊同士の掛け合いが見られるなんて。 「私たち、幽霊ないです」 無視しようと思ったが、思わず立ち止まってしまった。 「ん?死者の世界にもうすぐ行くんだろう?」 「行くないです」 「ああ、Nearは『近々』ではなく、彼の名前です。夜神くん」 彼らに背を向けていた僕は、思わず振り返る。 「もうすぐ」で僕のヒアリングの間違いに気づき、指摘した事にも驚いたが それより、 「……何故、僕の名前を知っている?」 「よーく知っていますよ、夜神月くん。あなたの未来も」 「……」 気味が悪い……。 いや、幽霊だったらそれくらい分かるのか。 なんだか分からないが、一刻も早く彼らから離れた方が良いような気がした。 「なんだか分からないが、二人とも成仏しろよ。おーい山元!」 「おー!ライト!……ってその人達誰?」 「!」 他の人間にも見えている……? 「日本人じゃ……ないよな?」 「ははっ!いや、今度ホームステイに来る人達なんだけど、 早く着き過ぎちゃったらしくて学校まで来たんだ」 「へえ、すげーな。そんな話あったんだ?」 取り敢えずごまかしながら、頭を整理する。 まさか、実体のある幽霊? 厄介な……。 「ほら、粧裕の学校の方のツテだから」 「そっか」 「じゃ、僕はこの人達を家まで送るから」 「ああ、うん?あれ、何か用じゃなかったのか?」 「いや、見かけたから声掛けただけ」 「そう?んじゃな」 「ああ」 笑顔で山元を見送り、振り返ると、二人はにやにやしていた。 「相変わらずというか、この頃から口から出任せが上手いですね」 「生まれつき嘘吐き人です」 何なんだコイツら……。 でも、他の人間にも見えているのなら、とにかく早くこの場から去らないと 僕が気持ちの悪い外国人と知り合いだと噂が立ってしまう。 「このノートが欲しいならやる。それじゃあな」 「あ、捨てないで下さい!」 「今拾ったばかりのノートだ。この場に返すだけだから問題ないだろ」 「他の人に拾われたら困るんです」 「は?次に拾った奴に憑けよ」 ノートを地面に捨てて、背を向けて歩き出したが、 二人は僕を放って置いてくれるつもりはないらしく、足音が着いてきた。 僕が足を緩めれば向こうもゆっくりになり、早足で歩けば 小走りで着いてくる。 しばらく無視して歩いたが、校門を出てしばらく行って、 人気の無い住宅街に入った所で我慢できずに振り返った。 そこには案の定、目に隈の男と、拾ったらしい黒いノートを胸に抱えた 白人の子どもが立っていた。 「なんなんだよ、本当に」 「申し訳ありませんが、もう一度このノートを持って、 『捨てる』と一言言って捨ててくれませんか?」 「はぁ?何で僕がそんな茶番を」 「ヤガミそう言う、but本当は何が起こっているか気になるますね?」 「……」 白人の子ども……ニアと言ったか、確かにコイツの言う通り この非日常的な事態にだんだん興味を惹かれてはいる。 だがそれを認めるのは、癪だった。 「僕は今受験生なんだ。もうすぐ人生を左右する試験があるんだ」 「東大に余裕でトップ合格出来ます」 「そんな事……」 「心にも無い謙遜をする必要はありませんよ。 それに私は、憶測ではなく『未来を知っている』から言っているんです」 「……」 僕が東大に恐らく首席で入る、という事を把握しているのは 今のところ僕自身と進学塾、模擬試験の運営センターだけだ。 東大に合格する、位なら適当に言えるだろうが……。 首席で、となると「知っている」としか言えないかも知れない。 「……分かった。おまえたちの言う通りにする。 だけど、僕の納得いく説明を聞いてからだ」 「それでこそ夜神くんです」 隈の男が子どもみたいに親指をくわえてにやりと笑った。 「この先に人の来ない公園があるから移動しよう」 「でもその前に、コンビニで何かお菓子を買って下さい」 「は?誰が?誰に?」 「夜神くんが。私に」 思わずニアを見ると、無表情のまま肩を竦めた。
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