天気予報は晴れ 1 「わかりました……今まで申し訳ありませんでした……」 デスノートの十三日ルールにより、僕とミサは容疑者から外れた。 Lが、ミサを監視しているモニタを眺めながらとは言え、こんなにきっちりと 謝罪した事を意外に思う。 それが、僕がLに勝利した瞬間(僕一人しか認識していなかったが)の 最初の感想だった。 一、二秒経ってから、じわじわと喜びがこみ上げる。 思わず口元がほころんでしまうのを、意識して引き締めた。 「しかしまだ、事件は完全解決とは言えない。 そうだな、竜崎」 「……」 Lは無言で、妙な手つきでポーションを積む事に集中している振りをする。 こいつは手先の集中と意識の集中をシンクロさせる事が出来るから、 こう見えて、今頭脳はフル回転しているのだろう。 「竜崎。手錠は外させて貰うが、ここで捜査を続けていいな?」 「……はい……」 そう言ってLはポーションをばらばらと崩し、無言で椅子から足を下ろした。 そして立ち上がってドアに向かう。 手錠を外してくれるのだろうと、僕も無言で従った。 だが、Lが向かったのは、屋上だった。 ビルの中の、どこか厳重な場所に手錠の鍵が保管してあり、 そこに連れて行かれるものと思っていた僕は面食らう。 だが逆に、Lらしいとも思った。 もう日は暮れて、肌寒い。 火口を追跡した時も当然外に出たのだが。 久しぶりに外気を感じたような気がして、僕は深呼吸した。 新宿のビル群が視界に入る。 「手錠。外してくれるんじゃないの?」 「外します」 Lがビルの端に向かうので、僕も仕方なく着いていく。 隣に並ぶと、いつの間に用意したのか、それとも持ち歩いていたのか ジーンズのポケットから無造作に小さな鍵を取り出すと僕に差し出した。 掌に受け取り、礼儀として先にLの手錠の鍵穴に鍵を挿す。 その瞬間、Lは名状し難い表情を作った。 「何か問題でも?」 「いえ……ただ」 「ただ?」 「寂しくなりますね……これでお別れです」 「お別れ?」 ……確かに。 手錠を外せばLの命のカウントダウンが始まる。 お別れはお別れだが、それをLが分かって言っている筈はない。 だからこそ、突然のセンチメンタルな台詞に、不気味さを覚えた。 「まだまだ、本当のキラを捕まえるまでは一緒に捜査するだろう?」 「そうですね……すみません」 Lが言うのと同時に、カチリ、と鍵を捻る。 頬に、違和感を感じた。 「?」 自分の手錠を外し終わって長い鎖を手繰った所で、また頬に 冷たい針で微かに触れられたような感触を覚える。 空を見上げたが、暈を被った月が見えているだけだった。 「夜神くん」 「何?」 「さっき、何か小さな水滴のような物が顔に当たりました」 「ああ、おまえも?」 二人で再び空を見上げる。 まだかろうじて薄曇り、と言える空模様だったが、先程よりも明らかに 雲が厚くなっていた。 「雨……降って来るんでしょうか」 「まさか」 天気予報では、今日の降水確率はゼロパーセント。 曇りはしても、雨が降る筈はない。 「でも雨なら、おまえは親不孝だな」 「そうなんですか?」 「ああ。日本の言い伝えでは、雨粒が最初に当たる人間は 親不孝だそうだ」 「なんと……整合性のない言い伝えなんでしょうね。 古くからの言い伝えや諺という物にはそれなりの根拠がある物も 少なくないですが、それだけはないですね……」 「う〜ん、無理矢理考えるなら、雨が降りそうになった時点で 傘を差せ、という戒め……とか?」 「傘に当たったら、それもやはり親不孝という話になるんでしょう」 「ああそうか」 Lとは、長い間昼夜を共に過ごし、時にはこんな与太話もしたが…… 基本的に二人とも根を詰めてキラ事件の事を考えていたので、 その話ばかりだった。 こんな無駄話をするのもこれが最後だと思うと、少し、さっきLが言っていた 「寂しい」の意味も分かるような気がする。 だからどうという事はないが。 そんな事を思っていると、足下の防水コーティングされたコンクリートに、 ぽつ、ぽつ、と光る小さな円がどんどん増えて来た。 「降って……来ましたね」 「来たね」 何故かLが動かないので、僕もその場に留まる。 雨は加速度的に強くなり、すぐに頭や肩が冷たくなった。 「やっぱり、……だった……ですね」 「え?」 「親不孝。だったみたいですね」 雨の音が。 一歩近づき、やっと聞こえる。 「おまえが?」 「さっき夜神くん『おまえも?』と言いましたよね? という事はあなたにも早い段階で雨粒が当たったんですね?」 「ああ、まあ」 どうでも良い細かい事に、鬼の首でも獲ったかのように食いついて来る。 Lはよくこういった子どもっぽさを見せるが、敵でなかったとしても 同居人として少なからず苛々させられる部分だ。 「私、あなたが私の手錠の鍵を外した瞬間に、雨粒が当たりました。 夜神くんはどうですか?」 「うーん……、ああ、そう言えば僕も同時かな」 「……」 「……」 ざんっ、と強い風が吹いて一瞬目と耳が塞がれたが、その間にLが 何か言った様子はない。 やがて、ぼそり、といった様子で口を開いた。 「……こんな、考え方は……どうでしょう。 我々の手錠が外れた瞬間、我々は二人とも、親不孝になった」 「何だそれ」 「手錠を外した瞬間、我々は最悪のシナリオに向かって、転がり初めて 止まれなくなった」 「……」 「なんていうのは、どうですか?」 僕は思わず、口を開けてしまいそうになる。 雨粒が唇を濡らし、慌てて閉じる。 親不孝……若死にする事、犯罪者になる事……同性愛者になる事。 色々あるが。 Lは若くして死ぬ事が確定しているから、親がいるとしたら 間違いなく親不孝だ。 「おまえは知らないけど、僕は親不孝ではないよ」 「そうでしょうか?」 Lは態とらしく疑り深そうに目を眇めた。 ……ああ、そうか。 「それって、僕がキラだったら親不孝、という事か?」 「……」 「僕はキラじゃない。これが何よりの証拠だろう」 そう言って外して鎖を束ねた手錠を上げてみせると、 Lはふい、と顔を逸らした。
|