W or L 4 「良く、ない。僕は……」 「何ですか?」 「男としたくなんか、ない。 けれど今後の為にはおまえと関係を持っておくべきだと思っている。 ……つまり、おまえとしたい」 「あなたの考える今後とは、何ですか? 正直に説明して下さい」 したくないけれど、しなければならない。 何を狙っているのか分からないが、そういう場合夜神なら、 絶対に本能より理性に従う筈だ。 迷いなく最初の問いに「したい」と答えなければならない。 それが出来なかったという事は、よほど男とのセックスが嫌なのか、 あるいは私に対する拒否感が強いのだろう。 「不安なんだ。おまえはいつでも僕を切ることが出来る。 だからおまえの歓心を買えるなら何でもしたい。 体で繋ぎ止められるなら、そうしたいんだ」 「月くん。一つアドバイスしておきますが、あなた嘘を吐く時ほど 淀みなく話しますよ」 「……」 「質問された時の答え方を何度もシミュレートしているからでしょうが 本当の事を言う人は、そこまでは用心しないものです」 「嘘じゃ、ない」 「でも全てを話してもいない。あなたの答えは、私があなたの体に 興味を持っているという前提がなければ意味がありません」 言いながら、何か誤解を与えるようなことをしただろうかと考える。 確かに夜神の容姿を、美しいと思った。 その頭脳にもとても惹かれている。 今の所友人というわけでもないから、冗談で迫られている分には悪い気もしない。 だが、それとこれとは別問題で、自分からアプローチした覚えはない。 「あなたが私に隠し事を続けるのなら、私の身辺に置いておけません。 余計な事に煩らわせられたくないんです」 「……」 「それでも、言えない事ですか?」 夜神は大きく息を吸って、苦しそうに目を細めた。 「……分かった。説明したら、僕を抱いてくれ」 「内容次第ですね」 努めて平静に答えたが、この期に及んではっきりと関係を要求されて 不覚にも体が熱くなりそうになる。 昨夜の、私を舐めながら下から見上げた、鋭い目が蘇った。 「さっき言ったことと変わらないけれど、僕は不安なんだ。 だから何とかおまえを支配したいと思っている。 おまえの心を支配し、影響を与えている者に代わりたいと思った」 「そんな者は、いません。私を支配しているのは私だけです」 「ワイミー氏は?」 「……何を誤解しているのか分かりませんが、ワイミーは、」 「分かってる。勿論性的な匂いはまったくしなかった。 僕が殺したんだという事もよくよく承知している」 「ならば!ワイミーに成り代わろうなどと考えない事です」 激高しそうになるのを何とか押さえ、声を静める。 確かにこれは言えないだろう、と思った。 自分が殺したワイミーに成り代わるだって? それも、肉体関係という見当はずれも良い所な方法で。 養い親と、彼と過ごした長い年月、彼との信頼関係を 侮辱されたような気がして頭に血が上った。 それは確かに、私の心がワイミーに支配され、彼の影響を受けていたという 証拠ではあるけれど。 「そうじゃない、おまえの心の中のワイミー氏を押しのけようなんて そんなおこがましい事はさすがに考えていない」 「では、何なんです?」 「ワイミー氏を補えればと、彼がおまえたちに与えなかった物を、 与えられたらと思ったんだ」 おまえたち……私と、ニアか。 そう言えば私たちの幼児性の事を、随分気にしていた。 『幼児性から来る癖の方には触れず、IQを伸ばしてくれた。それだけです』 『何故、触れなかったんだろうね?』 意味ありげな視線を思い出す。 癖を直すゲームだと言って、ニアにやたら触れていた。 「ニアは、実験台ですか」 「そういう言い方するなよ。彼にも本気だったよ。 前哨戦的な意味合いがあったのは否定しないけれど」 「確かにニアには一緒に寝たり寝物語をしてくれる人はいなかった。 彼自身が不要としたからです。 それで困らない、変えないでくれと言いましたよね?」 「でも変えて良かったという事もあるかも知れないだろ?」 「全く……余計なお世話です。 ニアが一人で寝られない子になったらどうしてくれるんですか」 真面目に言ったつもりだが夜神は冗談と捉えたらしく、 俯いて笑いをかみ殺している。 「で?私は口唇期固着を治してくれるんでしたっけ?」 「おまえの方が深刻そうだ。『母親』が足りないというのは根深いな」 「素人がカウンセラー気取りですか。やめなさい」 「おまえを、母親のように抱いて寝てやりたかったけど、 ニアのように一筋縄では行かないだろうから」 「だからセックスですか。どれだけ頭悪いんですか月くん」 私を籠絡し、依存させようだなんて思い上がりにも程がある。 こんな男にワイミーの役割を求めた自分にも腹が立った。 夜神に、彼の代わりなど出来はしない。 ただ機械的にワイミーがこなしていた仕事を引き継いでくれればいい。 ただそれだけなのだ。 「あなたなら、昨日逃げて、渡した金を元手に安穏な生活を手に入れる事も 可能だったでしょう。なのに何故、私に拘るんですか?」 「……それは、おまえが僕を助けてくれたから」 「偶々です」 「それでも、僕を何万人も殺したシリアルキラーと認識した上で 必要としてくれたのは、地球上でおまえだけだ」 「ミサさんが怒りますよ」 「彼女は違う。とぼけるなよ」 「……」 「それにおまえは、僕をキラではなく夜神月として扱ってくれただろ?」 それは、キラであっても夜神月であっても、関係のない事だからだ。 私の影になれる頭脳と能力。 その器の過去だの名前だのに拘りはない。 「月くん」と呼んでいるのも、今更呼び方を変えるのが面倒だからに過ぎない。 「僕はおまえに感謝してるし……多分、好きなんだと思う」 「早速アドバイスを生かして貰って嬉しいです。 嘘でも本当っぽく聞こえる淀み方ですよ」 「本当だ」 「分かりました。本当だという事にしておきましょう。 では今から一緒にシャワーを浴びますか」 「……」 「やめますか?」 「……いや、行く」
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