W or L 3
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「幸いにも死者は出なかったようだ。どの部屋も空だったらしい。
 落ちたコンクリートブロックに驚いた車が軽く衝突してるくらいだ」

「はあ」

「おまえの判断は正しかった。あの時撤収を命じていなかったら
 701にいた面子は全員死んでいただろう」

「まあ……そうですね」

「そう落ち込むなよ」


ホテルに帰って、つい無口になった私に夜神が嬉しそうに絡む。

連中は、あの時取り引きしていた爆弾を早速使って
801の上下、斜め上下、隣、つまり囲んだ部屋を全て爆破した。

その範囲に絞ったという事は、カメラも見つかって、
数メートルしか電波を飛ばせないという特性もバレていたという事だろう。
室内の観葉植物に鳥の糞がついていた不自然さだけで察したとしたら、
事前に機種まで予測されていたとしか思えない。


「全然落ち込んでませんが」

「ならいいけど。結局僕たちが傍受した音声以外何も残らなかったし
 それもあの爆発と引き替えにする程とは思えないし、
 知り合いだからと言って甘く見た恩師が実は黒幕だったけど
 落ち込んでいないのなら何よりだ」

「……本当に嫌な性格ですね。教授が黒幕かどうか、断定出来ないから
 考えてるんじゃないですか」

「あの爆破は、どう考えても教授の指示だろ?」

「爆破の目的は証拠隠滅です。実際死人も怪我人も出ていない。
 もし潜入捜査だとしても保身を考えれば理解出来なくもないです」

「おまえの知る教授は、簡単にビルを爆破するような人なのか?」

「それは」


イメージには合わないが、絶対にない、とは言い切れない。
正義感が強い割に、厭世的というか刹那的な部分がある人だった。
自らの地位も、命すら軽んじているように見えた事もある。


「問題は、私に呼びかけた理由ですね。普通に『逃げろ』、
 『仲間がいるなら逃がせ』という意味だけだったのか、それとも」

「『来なさい』はフェイクだとしても、不特定な人間を守ろうとしたのなら
 『アーロン』と名指しするのはおかしいだろ?」

「私より、あなたの方が彼の考えを読みやすいかも知れません。
 ちょっと想像してみてくれませんか?」

「教授がおまえに知らせた理由?」

「はい」


夜神は閉じそうな程目を伏せ、言われた通りじっと考えていた。
やがて。


「やはり黒幕は、教授だと思う。
 犯罪心理学に興味がないのは自分が犯罪者だから。
 迷いのない犯罪者にとっては環境犯罪学の方が実務に役立つ学問だ」

「つまり教授は若い頃から犯罪者気質だと?」

「そうだね。正義感が強く見えたのは、馬鹿な犯罪者に腹を立てていたから。
 おまえに出会った頃、既に完全犯罪を幾度も成し遂げていたと思う」

「続けて下さい」

「最初マフィアと繋がりがあったのは、教授だったんだろう。
 学部長を引っ張り込んだのは、おまえを引きずり出すためだ」


私が、学部長をおびき出したと思っていたが、
おびき出されたのは私の方だったという訳か。


「そう考えないと、あのセリフの辻褄が会わない。
 教授は三大探偵の内の少なくとも一人が『アーロン』だと気付いてるし
 会いたいと思っている。
 今日のセリフの真意は『邪魔をするな、後で会いに来い』だと思う」

「なるほど」


夜神と私は思考回路が似ている。
もし教授を直接知らなければ、私も夜神と同じように考えたのだろう。
なまじ関わってしまった為に私の目が曇っているのか、それとも……。

とにかく彼はあの偽装カメラにすぐに気づき、当然盗聴器も仕掛けられていると
踏んであんなメッセージを伝えてきた。
それくらい用心深ければ、今まで犯罪を犯したとしても表立っていないだろう。

探偵は基本的に依頼者がいなければ動かないので、
私は恐らく彼が関わった犯罪を捜査した事はない。
あれば、気付いただろうか……。


「でもまあ、僕が本当におまえを殺していたら、あのメッセージを聞いたのは
 ニアだろうし、ニアには何の事か分からなかっただろうね」

「何が言いたいんですか?」

「行く必要はないという事だ。おまえ今、行くつもりだっただろう?」


私は苦笑した。
私の頭の中まで読まなくてもいいのに。


「考慮中です」

「行くなよ。今日の音源で学部長は引っ張れるだろ?」

「最終的にはもみ消されるレベルです」

「それでも依頼者に顔は立つ」


ヤードに事情聴取されるだけでも、マスコミに情報をリークすれば
学部長的には痛手だろう。
あるいは依頼者はそれで満足するかも知れない。
だが。


「どうしても追いたいなら、直接関わらない方法で追えばいい。
 僕も何でも協力するから」

「何でも協力してくれるんですか?」


ずいっと顔を寄せると、同じだけ顔を引かれた。
その後、取り繕った真顔になって、少し距離を戻す。


「何。昨夜の続き?」

「してくれるんですか?」

「おまえが望むなら」

「月くん」


夜神の態度も、本当に解しがたい。
これも直接知ってしまったから何か見落としているのだろうか。
今まで推理と直感が外れた事がないのは、
対象と距離があったからこそだったのか。

教授への対応は、半分煮詰まっているが半分心が決まってもいる。
少し夜神に水を向けてみる事にした。


「この際はっきりさせましょう。あなたは私とセックスしたいのですか?」

「……いや。したくない」

「そうですか。私もしたくありません。
 これでこの話は終わりです。良いですか?」

「……」


良いわけがないだろう夜神。
おまえは絶対に食いついてくる。
そのくらいは、私にも分かる。






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