W or L 1 「おまえが、いつ何時でもすぐに動ける格好で寝ろと言ったんだろ?」 「はい」 「何で裸で僕の隣で寝てるわけ」 「月くんこそ上半身裸ですけど」 「おまえよりマシだ!」 「私は二秒で服を着られます。 月くんが今からシャツを着てボタンを留めていたら私に負けますね」 「五秒後に部屋を出るぞ」 「望むところです。1…2…」 下らない、こんな所で負けず嫌いでなくともいいのに、と思うが それはお互い様だろう。 私たちは競いながら滑稽な程のスピードで服を身につけ、 顔も洗わずドアから飛び出した。 「で?レストランは下?イングリッシュ・ブレックファースト?コンチネンタル?」 ホテルの廊下で、夜神が息が上がっているのを隠すように ゆっくりと腹式呼吸をしながら尋ねる。 「……すみません。部屋にメープルサンドとフルーツとアイスクリームを 届けるように頼んでありました」 「ああ、そう……。まあ、寝癖のまま人前に出るのも気が引けるし所だったし。 悪いけど、僕用に普通の朝食も頼んでくれないかな」 私たちは部屋から出てすぐに踵を返し、ベッドルームに戻った。 よく見れば夜神はボタンを二つしか留めていないし、裸足で革靴を履いている。 私もTシャツが前後逆だった。 「さすが余裕ですね。緊張感がないにも程があります」 「おまえこそ。昨日の今日なのに、元気だな」 「たった一回の射精で体力が落ちるような年じゃないですよ。 月くんこそ欲求不満じゃないですか?」 「……そういう話じゃなかったんだけど」 「でしょうね。わざとです」 夜神の眉が吊り上がったのを確認して、Tシャツを脱いだ。 昨夜のことは、本人は忘れたい所だろう。 自分から誘った癖に自己嫌悪に陥っている。 それとも今日も夜になれば、誘惑してくるのだろうか。 夜神はサングラスを掛け、私は適当な帽子を被って 昨日のホテルの隣のビルに向かった。 夜神はこの程度の変装で大丈夫なのかとしきりに心配していたが 人間、顔の造作の記憶は意外と甘いものだ。 遠目なら服装のイメージを変えればほとんどバレる事はない。 問題なくビルに入り、借り切った一室で微弱な電波を受信する。 取引場所の真下にも人を配置して録音してはいるが、 私がリアルタイムで対応しなければならない可能性もあった。 「画像もちゃんと撮れていると良いのですが」 「それにしてもあのカメラ、小さかったな。鳥の糞に擬態してあるんだろ? ついてた虫の羽なんか本物みたいだったな」 「……」 「……もしかして、本物の虫の羽か?」 「というか、本物の鳥の糞です」 「!」 「鳥に小型カメラを呑ませて糞を採取し、X線でカメラの場所を特定して レンズ部分を露出させた。それだけです」 「素手で触ってしまった……」 「まああれなら、見つかっても捨てられるだけですから」 「考えられない事をするな。あの小ささを実現した技術力は凄いけど」 「日本製ですよ。あれでたったの2万ポンドですから、 見つかって命を危険に晒す事を思えば安いものです」 「……」 その時、最初の音が入ってきた。 夜神と息を潜める。 『……ええ、すみません、こんな場所で』 『ガクチョウは、堅物ですから。クスリは、』 ドアを開けたり閉めたりする音と、一人の男の声。 「携帯電話?」 「いえ、『こんな』と言っていますから、相手も現場にいますね。 用心深く声を潜めているのか……」 「足音も一人分みたいだけど」 「でも何だか不自然な雑音がありますね?」 「モーター音、か?」 「それにしては細かい変動が……」 「あ」 「……ですね」 「電動車椅子か。となると、声の方も何か障害がある可能性がある。 心当たりはあるか?」 「……ええ。ただ、彼が噛んでいるにしても、わざわざ現場に足を運ぶとは 思えないのですが」 「じゃあそいつとは別人かも知れない」 「そうですね。そうあって欲しいですが、昨日の主犯の同僚なんですよね」 夜神に、片方の容疑者の情報は与えていない。 先入観のない意見を聞きたいという思いがあったからだが まだそこまで信用していないからでもある。 「同僚?マフィアじゃなかったのか?」 「あなたに調べて貰っていた方はそうですが、取引相手は違います」 だが……今後の為に、マフィアよりも警戒すべき相手である事を 認識させた方がいいかも知れない。 「昨日いた主犯は、ある大学の学部長です」 「……それはスキャンダラスだな」 「だから怖いんです。マフィアと違って失う物が大きいですから 危険には敏感だし形振り構いませんよ」 「なるほど……『L』が手がける事件だ」
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