鍵穴趣味 6
鍵穴趣味 6








目覚めると、まだ竜崎が僕にのしかかっていた。

いやだ……!

男の悪い性だとは思うが、射精してしまったら頭が冷える。
飲み過ぎた翌朝というのはきっとこんな感じだろう。

もう、あんな事は二度とゴメンだと思う。
痛みだけではない。
自分が自分でなくなりそうで、怖いんだ。
知りたくなかった。
僕が……。


「L」


「竜崎」ではなく、仇の探偵の名を口にすると、嬉しそうに笑った。
左手をベッドの上の方に伸ばすと、鎖に余裕が出来る。
それを右手で引いて竜崎の頭を抱き、首を一周させた。

竜崎は冗談だと思っているのだろう。
「そういうプレイですか?」と面白がるような眼。
だが僕は。


「油断したね、L」


左手を動かさず、前触れもなく思い切り右手を引く。
鎖は引っかかりもせず、嘘みたいにスムーズに竜崎の喉に食い込んだ。


「ぐっ……キ、」

「そう。僕はキラだから」


キラだから、おまえに抱かれる事も厭わない。
それでおまえの命を貰えるのなら、お安いご用だ。


「っく、る、」


竜崎はどこにこれ程の質量を納めていたのかと思うほど太く長い舌を垂らし、
その先からタラタラと水のような涎を垂れ流していた。
その顔は真っ赤に腫れ上がっている。

ただでさえ大きい目は零れそうな程見開かれて、
その白目には、赤い顔より更に赤く、黒く見える血管が
幾本も走っていた。


「死ね。L」


鎖は、人間の肉がこれ程柔らかかったのかと驚くほど食い込み、
僕の筋肉の震えに合わせてぶるぶると震えている。


どれほどの時間が経ったか。


やがて、唐突に竜崎の黒目がぐいっと上方に動き
白目になると共に顔も真っ白になった。

ああ、今事切れたのだと、分かった。


「竜……崎?」


どこかホッとすると共に恐ろしくもなり、恐る恐る名を呼ぶ。


「竜崎……竜崎」


答えも動きもない事に、恐怖しながらも確認したい。
もう目を覚まさない、息を吹き返したりしない事を。

死んだ者は、二度と生き返らないのだと。

だが。


「……L」


呼んだ途端、ぐりん、と目玉が回って黒目が戻り、青眼に僕を見据えた。

なんだ、生きていたのかと一瞬安堵したが、その首は
人間としては有り得ない程伸びていて、


「……よくも私を殺しましたね?一回は一回ですよ?」


ああそうだ……こいつはこういう奴だ、
殴れば必ず殴り返して来る、殺せば必ず殺し返して来る奴なんだ、と
背筋が寒くなった時、





「夜神くん、大丈夫ですか?」


目を開けると、その竜崎が至近距離で僕を覗き込んでいた。
さあっと血の気が引いた後、夢を見ていたのだと気が付いて
どっと汗が噴き出す。
既に右手の手錠はなくなり、竜崎に繋がれていた。


「……ああ。ちょっと、嫌な夢を見ていた」

「どんな夢ですか?」

「……何。キラの夢判断か」

「はい」


キラとしての分析目的ならば言うべきではない。
と思ったが、逆に、こんな夢を見るという事がキラでない事の
証明になるんじゃないか?とも思った。
何を言っても疑われているのだ。
今更構うもんか。


「自分が……キラになって、おまえを殺す夢だ」

「……ほう」

「おまえに抱かれたのは、おまえを油断させて殺す為だった」

「……」

「と、自分に言い訳したくて、その為に自分をキラと
 同一視したんじゃないかな。自己分析だけど」


竜崎は指をくわえたまま、にたりと笑った。


「おい。自白じゃないぞ」

「ああ、失礼しました。それで笑ったんじゃないんですよ」

「なら何」

「あなたを起こしたのは、とても苦しそうだったからです」

「……」

「夢で私を殺して苦しんだという事は、あなたに殺される可能性が
 少し減るのではないかと思いまして」

「ってやっぱりキラ扱いしてるじゃないか!」


僕は絶対竜崎を殺したりしない。

……殺せない。

こんな形とは言え、体を繋げた人を。
今まで知らなかった快楽の海へ連れていってくれた人を。


「私は、殺しても死なないかも知れませんよ?」


ぎょっとして思わず顔を上げると、竜崎はニヤニヤ笑っていた。
……やられた。
恐らく今の反応で、夢の中で僕が竜崎を殺し損なった事を
見通してしまったのだろう。


「そうだね。竜崎はちょっとプラナリアに似てるしね」


だからちょっとした意趣返しに、脅威の再生能力を誇る扁形動物に例えると
演技かどうか、竜崎は少し傷ついた顔をした。


「……それは、あなたを抱いた事に対する仕返しですか?
 それとも本来はそんなに失礼な人なんですか?」

「ごめん。でも、大きな目が可愛いじゃないか」

「あれは模様です。……夜神くんは、流河旱樹に少し似てますよね」

「え?ああ、昔何回か言われた事あるけど。
 大学ではおまえがいたから全く言われなかった。強烈な印象だったんだろうね」

「私、結構好きなんですよ、流河」


ドキッとした。
竜崎が日本の男性アイドルを好きだと言う違和感。
それが僕に似ていると言われたら、まるで……僕を好きだと言ってるみたいじゃないか。

自分が今、思春期みたいに自意識過剰になっているのを感じる。
自制しなければ。


「へえ……。意外だな。それで名前を流河にしたのか?」

「そうです」

「危ないじゃないか。
 キラがうっかりあっちの流河を殺したらどうするつもりだったんだ?」

「まあ、テイラーを殺したキラですからね。殺されても不思議はありません」


怖いことを、さらっと言う。
本当に死んだら大騒ぎだぞ?
そして、竜崎はその原因が自分にあると知っている。
僕だって気付く。
恐ろしく、ないのだろうか。


「なら、好きな芸能人の名前使うなよ。
 どちらかというと嫌いな有名人の名前を借りれば良かったのに」

「そこがキラと私の考え方の違いです。
 流河が死んだら、悲しい。流河が死んだら、それは私のミスのせいだ。
 私は深く傷つくでしょう。
 それが、自分への罰なんです」

「……自分勝手というか、流河にとっては迷惑以上の話だな」

「はい。私に好かれた人は、死ぬ確率3%アップです。
 だから、誰にも執着しないように気を付けているんです」

「……」


……なんだ。
要するに、「私はあなた(夜神月)を好きにならない」って事か。

まあ、そうだろうけど。

夢中になれるのは謎解きだけ。
遠慮なく思いや欲望をぶつけられるのは、犯罪者だけ。

そんな生き方を選んでこその「L」なのだろうから。


別に、竜崎に好いて貰わなくてもいい。
僕だって、この男の強引さや時折見せる下品さには我慢ならない。

行儀の悪さだって。
変態的な性癖だって。
破天荒な捜査手法……はちょっと、感心するけれど。

別に、好いて貰わなくてもいい。

ただ少しでも長く、この「世界の切り札」の側で、捜査が出来れば。



「夜神、くん?」

「……」


竜崎は、キラに執着している。
反面、夜神月には執着しない。

以前魅力的だと言ってくれた事があるが、だからこそ、
僕がキラでない事がはっきりしたら、全力で離れようとするだろう。


僕がキラだから。


竜崎が僕に執着するのも、僕を抱くのも、僕がキラだと信じているからだ。


……でも、僕は、キラじゃない。



「夜神くん、どうかしましたか?」



にっこりと、自然に微笑む。

ただそれだけの事が、これ程難しい事を僕は初めて知った。





--了--




※長い割に一進一退。






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