眼光紙背 1 「あの、月くん。例の件だけど」 松田さんが、おずおずと話しかけて来る。 竜崎は、コーヒー(どうせ飽和する程砂糖を入れてあるのだ)を啜りながら 無気力にPCに向かっていた。 「L」に来た、キラ事件以外の依頼に目を通しているようだが目が死んでいる。 僕に限らず、現在の捜査は「取り敢えず調べてみる」事ばかりなので 誰も竜崎に相談していないし、竜崎も聞かない。 けれど、僕の調査は。 「そろそろ、方針を変えてみた方がいいんじゃないかな」 犯罪者以外で、心臓麻痺で死んだ者を洗い出している。 一人では時間が掛かりすぎるので、松田さんに手伝って貰っているが 松田さん担当の「西日本/200床以上の総合病院」では特に変化はなかった。 だから、この捜査方法は無駄なのではないかと再三言われているのだ。 だが、僕が調べた範囲では……いくつか、引っかかる点があった。 ヨツバという企業に都合の良い死者が、短期間に三人もいたのだ。 もうLに報告しても良いレベルだ。 だが僕は、それを誰にも言っていない。 「う〜ん、でも、どうしても引っかかるんですよね」 「月くんの勘かい?」 「ええ。まあ。僕独自でもう少しだけ調べてみます。 松田さん、お世話になりました。ありがとうございました」 「いいよ。僕だって仕事がないようなもんで暇だったし」 「松田!」 「ひっ、すみません局長!」 これが本当に、キラ逮捕に繋がるかどうかは分からないが、 漠然と過去の死者の周辺を調べ直してみたり、キラに関する報道に 貼り付いているよりは調べ甲斐があるだろう。 だが。 僕は、この事が、キラとは無関係であれば良いと、どこかで思っていた。 やる気のない、名探偵らしからぬ竜崎を見ているのは辛い。 けれど捜査が進んで、本物、あるいは現在のキラが見つかるのも怖い。 事件が終われば、竜崎は帰ってしまう。 いなくなってしまう。 僕の側から。 僕は、「世界一の頭脳」と共に過ごす、スリリングな生活を 手放したくなかった。 例え、僕が竜崎にとって容疑者に過ぎないとしても。 「竜崎……最近、その……」 夜になり、部屋に戻ってシャワーを浴びても、竜崎は僕を見ようとしない。 ここ数日、ベッドルームに戻っても全く僕に手を出そうとしていない。 期待している訳ではないが、不思議だった。 以前はあれ程、やりたがっていたのに。 「何ですか?」 久しぶりにじっと見つめられると、ぞくぞくした。 最初は鬱陶しく思っていた観察眼。 いつの間にか、癖になっていたのだろうか。 「……あれから、僕を、」 「……」 「……」 「どうしたんですか?夜神くんらしくないですね」 分からないなら良い。 特に理由がないなら良い。 というかこちらから訊くような事じゃなかったよな、 と思った途端に。 「ああ、」 芝居がかった仕草でぽん、と掌を打った。 今更分かるなよ!というかとぼけてたのか? 「しましょうか?」 「いや!そうじゃなくて!」 じゃら、と鎖を鳴らしながら近づくのに、思わず後ずさる。 「いいですよ。夜神くんなら、いくらでも抱けますよ。 何せ相当の名」 「じゃなくて。どうしたのかと思っただけだから」 「そうですね……」 竜崎は、自分の事なのに、窓の外に目をやって 他人の心情を慮っているような顔をした。 「推察するに、あなたがキラ本体ではない、と思い始めているから、 です、かね」 「キラじゃない、とは言ってくれないんだ」 「はい。前も言いましたが、私は、あなたがキラであり、 何らかの方法で自ら一時的に記憶を失ったのだと考えています」 「……」 「でも、今のあなたの人格を見ていると、キラは他にいて、 一時だけあなたを操っていた、可能性も高く思えてきたんですよ」 「なるほど。僕がキラか、キラに操られていたか、で心情が変わるんだ」 「大違いです。主犯か被害者か、ですから。 ただ、あなたの頭脳を鑑みると、やはり主犯はあなた以外にないとも思えてくる」 「ははっ 僕は瀬戸際だな」 「はい。悩ましい所です」 僕としては、キラに操られていた可能性が高くなった、というのは 喜ばしい部分だと思う。思わなければならない。 けれど、竜崎は、「だから積極的に抱く気がしない」と言っている。 別に、そんな事は望んでいないのだけど、 それでも、少し残念なような、悔しいような感情が湧き起こってしまった。 それが、顔に出てしまったのだろうか。 竜崎が、少し慌てたような表情を作って見せた。
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