鍵穴趣味 3 僕を引きずるようにして寝室に戻った竜崎は、こちらを見ないまま ベッドを顎で示した。 「何だよ」 「鎖を引いたという事は、そういう事でしょう? 下らないご託は聞きたくありません。 あなたが何と言い訳しようが、私はあなたを抱きます」 自分の顔が、耳が、さっと紅潮したのが分かる。 「……僕が言い逃れでもしそうに、見えるのか」 「見えます。震えているようにも」 咄嗟に右手で自分の左手首を掴む。 認めたくないが確かに、手が小さく震えていた。 竜崎の観察眼は、全くあなどれない。 だが、あの、目の前が真っ赤になるような痛み。 思考が全て止まって、ただ受け入れるだけの器官になってしまう虚脱。 怖くない筈がない。 ……そして。男に入れられて、快感に溺れてしまう屈辱。 知らない内の方が、まだ良かった。 嫌々犯されるというならまだ耐えられた。 殺したい、と思ってしまう。 あの時の、自分を。 竜崎を。 そんな自分に……震えずにはいられない。 しかし。 「……バカにするな。僕は逃げも隠れもしない」 「本当ですか?」 「自分がしたことは分かってる。服を脱ぐから手錠を外せ」 竜崎は目を見開いたまま、ニッと口だけで笑った。 「それでこそあなたです」 僕がベッドに座り、シャツのボタンを外すのを、竜崎は気持ち悪いくらいに 凝視していた。 目を離さないまま手探りで引き出しから別の手錠を出し、右袖を抜くのを 待ちかねたように手首にはめる。 そして今までしていた左手の手錠を外した。 左の袖を抜くと、新しい手錠をベッドヘッドに通して左手首にはめる。 着替えの時はいつもこうして手錠を付け替えているが、 両方の手にはめられたのは、初めてだ。 それだけの事で、僕の容疑を晴らす為の鎖が 何かエロティックな小道具に思えて来る。 竜崎は、僕を物理的に拘束した事に安心したかのようにやっと 自分の服を脱ぎ始めた。 脱いだTシャツを摘んで持ち上げ、意味ありげに視線を寄越してから ばさりと床に落とす。 おまえを抱くために脱いでいるのだと、いちいち念押しされているようで 不快だった。 考えすぎだろうか。 「そう言えば、さっきはミサに、何したんだ?」 「何って」 近づいてくるのに思わず体が硬くなってしまう。 竜崎もそれに気付いたのか、微かに眼を細めて殊更ゆっくりと僕の腰の上に跨った。 抵抗するつもりはなかったが、したくてもできない体勢に持ち込まれた事に 僅かな恐怖を感じる。 「わっ、ちょっ、何するんだ!」 顔の横の髪の毛を一束つまみ、それで頬や耳をくすぐって来た。 子どもの悪戯のようだが、竜崎がすると何とも嫌らしい感じだ。 手で、思わず払おうとして鎖に阻まれ、苛立ちが加速する。 頬に、耳に、首筋に。 触れるか触れないかのぎりぎりの触り方は、遠慮がちにも思えるが 余計に感じさせられた。 竜崎の事だからきっとわざとだろう。 「や、あっ……、やめ、」 「ミサさんにした事です。指一本触れていません」 「ちょっ、」 「私、約束を破っていません」 「わ、わかったから!」 確かに自分の反応がまるでミサと同じで、また屈辱を感じる。 手を止められると自分だけが荒い息をしていて、 竜崎はそれを無表情でただ観察していた。 視線で殺せるものなら殺したい。 「……だけど!キスしただろう!」 「最初から、口を使わないとは言っていません。でも、」 不意に頭の上に手を突かれ、それが滑って遠ざかる。 それに伴って竜崎の顔が近づいてきて、頬に軽く口をつけられた。 「……」 「ほっぺです。これで、ミサさんにした事は全部あなたにもしました」 翻弄されている……この僕が。 それは僕の誤解(?)を揶揄うと同時に、僕にした事をミサにされたくないのなら 大人しく従えという意味なのだろう。 ミサにした事が本当かどうかは、ミサに聞いても分からないだろうし 聞けば嫉妬しているように思われる。 いや……嫉妬、した、んだよな? 僕は竜崎に嫉妬して……ミサを守りたくて、 鎖を引いた……んじゃないのか? 僕が考えている間にも、竜崎の手は忙しなく動き パンツのボタンを外してファスナーを下ろした。 「……何を考えているのですか?キラ」 「僕は、キラじゃ、」 「ゲームですよ。あなたは、ベッドの上ではキラ。 勿論盗撮などしていませんし、自白しても証拠能力はありません」 「ああ……なるほど」 そういう、プレイか。 変態め。 僕が頷いて見せると、太股に当たった竜崎が、脈打って硬くなった。 一昨日……色々出鱈目を言っていたが、犯罪者に欲情するというのは どうやら本当らしい。 「キラとして振る舞えばいいんだな?」 「はい」 「じゃあ、」 我ながら子どものような仕返し、竜崎が僕の下着を下ろそうとした瞬間、 膝を引きつけて思い切り蹴り飛ばした。 上手く重心を取って鳩尾の辺りに当たり、竜崎は気持ちよい程に飛んで行く。 「キラは、Lなんかに抱かれない!」 ベッドの下で尻餅を付いた竜崎は、ごほごほと咳き込んだ。 やりすぎたかと少し心配になってしまったが、やがてゆるりと立ち上がり、 ニヤッと笑ってその笑い顔のまま再びベッドに上って来て、 「そうでしょうか……」 呟きながら、獲物を狩るカマキリの素早さで僕の腹を跨いでしゃがんだ。 あ、と思う間もなく拳を振り上げる。 「……っつ、」 一回は一回、か。 横から殴られたからまだ耐えられたが、真上からだったら 頬骨が折れてたぞ。 「焦らさないで下さいよ、キラ……」 竜崎は僕の顔の横に屈み込み、最前の暴力からは考えられない程甘く、 溜息のように囁いた。 「焦らして、なんか、」 「あなたがキラなら、もっと私の事を知りたい筈です。 私の内部に入り込み、私と一つになって私の事を知り尽くしたい筈」 呆然とする僕の、下唇を竜崎の唇が覆い、内を外を舌が這う。 ちく、と痛む場所があって、切れているのだと気付いた。 ……ああ。しまった。 前回も、キスを許してしまってからなし崩し的に……。
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