鍵穴趣味 1 「月くん。今日は体調良さそうですね?」 夜、一緒にベッドルームに入った途端に竜崎が僕の尻を撫でた。 「やめろよ」 「良いじゃないですか。あなたも楽しんでなかったとは言わせませんよ」 「……あんなの、生理的な反応で、」 「生理的な反応で私に縋り付きましたか?」 「……」 こんな男に、一時でも惹かれた自分が許せない。 肉体の快楽に、心まで流されたなんて信じたくない。 僕は今まで、誰かにリードされた経験が少なかった。 幼稚園の頃から先生さえ、 『らいとくんは一人でも大丈夫ね』 『ちょっとミキちゃんを手伝ってあげてくれる?』 僕を助手扱いしていたし、僕もそれが誇らしかった。 小学校に入るとそれは当たり前となり、 僕が個人的に誰かに何かを教えて貰う、という事は殆どなくなった。 集団でレクチャーを受けても、誰より早くそれを理解するのが僕。 他の誰かが教えて貰っているのを遠くから見て、その本人より 分かってしまうのが、「夜神くん」だったのだ。 だから一昨日の夜の、一連の……行為で、終始圧倒的に僕をリードしていた竜崎に、 その頭脳とは別の所で「尊敬」に似た思いを抱いてしまったのだと思う。 だが。 それは一時のもので、終わってしまえばそこにいるのは人間離れした探偵。 推理能力には一目置くが、僕をキラ扱いする忌々しい男でもあるのだ。 「何でそんな……、」 「何ですか?」 「どうして、僕とその……したがるんだ」 「シンプルな話です。私はキラに欲情すると、言ったでしょう」 「……何度も言ってるが、僕はキラじゃない。 おまえが僕に欲情する理由はない」 「この際、あなたがキラかキラじゃないかは問題じゃありません。 私はキラだと思ってますけどね」 「大問題だろう!」 「大事なのは、あなたがキラである可能性がある、という点です」 「なら他のキラ候補を探せよ」 「困った事に、弥にはそういう気になれないんですよね」 「おまえ!ミサにそんな、」 「おや。私と彼女がそうなったら、嫉妬しますか?」 指をくわえたまま、くるりと僕を振り向いた竜崎の顔を見て、僕は後悔した。 ほとんど無表情に近いが、そこに僅かに面白がるような目の色を見たのだ。 「やはりあなたもミサさんの事を愛しているのですか」 「……分からない。よく、思い出せないんだ」 「その辺りの記憶のありように、キラの能力の秘密がありそうですね」 「……」 僕は、自分はキラではないと知っている。 だが正直、それは「今ここにいる僕」に限ってであり、 キラだった記憶を失っている、と言われると正直……微妙な気分になる。 確かにキラの思想は僕と似ている。 僕が合法的に人を裁けるのなら、同じような人物を処刑するだろう。 だが、僕が今突然、遠隔殺人の能力を手に入れたとして、 それを使うことは絶対にない。 問題は、キラの裁きが始まった頃の僕……高校生で、受験勉強中で、 そしてLを知らなかった頃の僕だったなら、どうだろう、という点だ。 「ミサさんを襲わない代わりに、あなたが足を開いて下さい」 「はぁっ?」 「と言ったら、どうしますか?」 「……おまえを心底軽蔑するね」 「そうですか。意外と痛くも痒くもない返答でした」 それから、竜崎はどこかへメールを打ち始めた。 「ちょっとー!ライトー!これどういう事?」 「いや、おい!竜崎!」 ミサのベッドルームの扉の端、ドアノブの近くに、直径三pほどの 小さなドアフレームとドアが設けられている。 猫ドアと同じで、一応閉まっているので扉を閉めれば密閉されるが そこに何かを通せば穴が空く、という仕組みだ。 夜なのに、いきなり誰かが来て工事をしたそうだ。 騒がしいと思った。 他、ミサのベッドが扉のすぐ側まで運ばれている。 「なんなのよ!ミサ寝てたんだよ!お肌のゴールデン、」 「月くんはここに居て下さい」 ミサが喚いているの無視して、竜崎が小さなドアフレームに手錠の鎖を掛けてみる。 鎖を通しても普通の方の扉がぴたりと閉まることを確認した後、 僕を残して中に入ろうとした。 「待て!」 「何ですか?」 手錠の鎖を引っ張って竜崎を止め、部屋から引きずり出して 扉を閉める。 「どういうつもりだ!」 「第二のキラである弥で試してみます」 「何を!」 「言った方が良いですか?」 「……まさか、この間僕にしたような事か」 「まあ、状況から分かるでしょうが、その通りです。 あなたの目の前で、というのはあなたもミサさんも耐え難いでしょうし 手錠を外す訳にも行きませんから、こうしました」 「ミサを、何だと思ってるんだ!」 「第二のキラです」 全く……! キラの事しか考えてないのか。 容疑者は容疑者に過ぎない。 まだ犯罪者じゃないんだから人権が保障されるという事を知らない訳でもあるまいに。 「だからって、いやもしそうだとしても、こんな事許される筈がないだろう!」 「どうしてですか?」 「どうしてって……とにかく、ミサじゃなくても女の子に無理矢理な事をするのを 見過ごす訳にはいかない」 竜崎は驚いたように目を見開いた後、珍しく顎を上げて 僕を見下すように笑った。 「ご心配なく。彼女が処女だとは思いませんが、もしそうだとしても 一度すれば彼女の方からもっと抱いてくれとしがみついて来ます」 「……」 「あなただけでなく、私の言う事も素直に聞いてくれるようになるでしょうから そう言う意味でも都合が良いんですよ」 確かに、男の僕でも……それも相当理性が勝った方だと自負する僕でも 一瞬魂を抜かれたのだ。 ミサなら、骨抜きになるかも知れない。 「……それは、おまえにとって、都合が良いという事だろ。 ミサの気持ちは、どうなるんだ」 「興味ありません。心はあなたに、体は私に満たされて それなりにご満悦になるんじゃないですかね」 だが竜崎と、一人の女を取り合いするなんてごめんだ! いや、僕にミサに対する想いというのはないから、竜崎が本当にミサを愛し、 ミサも竜崎を愛するというのなら別に構わない。 僕が彼女に対して気持ちを表明していない以上、心変わりとも言えないと思う。 だが、気持ちもないのにミサを弄んで放置、なんていう事になったら。 「……私がミサさんとするのは、嫌ですか?」 「そ、」 「あなた自身の感情として」 眉を顰めていた僕を、覗き込むように黒い瞳を寄せて来る。 一文付け加えたのは、ミサが可哀相だとか道徳的にどうだとか、 そんな話ではないという断りだろう。 「……二人がそれで良いなら、僕は何も言うことはない。 だが合意の上の行為でないのなら、許すことは出来ない」 僕は、絞り出すように言った。 だが正直な気持ちでもある。 さっき竜崎は一度すれば、と言っていたが、合意を求めるのなら その一度に辿り着く事すら出来ないだろう。 「そうですか。私から無理矢理押し倒したり、服を脱がせたりしなければ 良いわけですね?」 「まあ……そうだ」 「分かりました。その点は約束しましょう。 手を触れたりしませんから、その代わり絶対に邪魔しないで下さい」 「行くのか?」 「はい。鎖の穴から見えてしまうかも知れませんが、」 「見るわけないだろ!」 「音は聞こえてしまいますね。気にしないで下さい。 でも、」 そこで竜崎は突然僕の肩を掴み、壁に押しつけた。 「なに?」 「耐えられなくなったら……代わりにあなたの体を差し出す気になったら、 その鎖を引いて下さいね」 誰もいないのに内緒話をするように、耳の穴に殆ど口を付けて言葉を吹き込む。 おまけに、顔を離す時ついでのように、耳朶をペロリと舌先で弄った。 「そんな事する訳ないだろう!!」 自分の耳が、頬が、紅潮しているのが感じられる。 熱い。竜崎の吐く息に、唾液に、曝された場所が。 竜崎は口の端だけで微笑むと、ドアを開けて溝に鎖を通し、 悠々とミサの寝室に入って行った。
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