紫 7 その翌週も夜神は訪ねてきた。 「今日は母も妹もいないのであまりお構いできませんが」 「そんなの全然構わないよ。これがあれば」 少年は朗らかに笑って、最近は気を使わなくなった手土産のつもりらしい、 袋菓子を差し出す。 「……ですから、Lは自動的に犯罪を暴く機械、キラは己の裁量で 犯罪を裁く者、どちらに世界を任せたいか、という事ですよ」 「確かに法律よりキラの裁きの方が納得できる点もあるけど、 法律は機構としてどんどん進化して行く可能性があるからね。 それはLの進化でもある」 「迂遠な話ですね。それに進化と言うのならキラだって進化しているのでは? 犯罪者の罪状と名前を隠匿せず、キラに任せる方向で行けば 法律の方がキラに着いて来ますよ」 「結局Lとキラは同じ方向に向かっているという事か。 でも、『キラ』というのがシステムの名前なら良いけど、一介の個人だろ? あまりにも危険すぎる」 「個人とは言え、単に遠隔殺人が出来るだけじゃない、キラの影響力は……」 いつも通りL派の少年とキラ派の私として議論を戦わせる。 少し会話が途切れた所で少年は中身の無くなったポテチの袋をくしゃりと丸め、 遠慮無く私のベッドに横たわった。 「あ〜あ。結局答えなんか出ないのかなぁ」 「まあ、そう思ってしまえばそこで終わりです。 進歩の可能性は絶たれますね」 その、少年らしい華奢な身体。 細い腕。 「別に。ちょっと煮詰まっただけだろ」 「『煮詰まる』というのは本来……」 「分かってるって!一般的に使われてる使い方しただけ! お兄さん、僕以外に友達いないだろ」 あなたは私の友達ですか?と揶揄いたくなったが、 本気でご機嫌を損ねるような事はやめよう。 「ええ、いませんね。またあなた以外必要ないと思っています」 言いながらベッドの、少年の隣に腰掛けると彼は寝転がったまま 目を見開いた。 「それは……その、ありがとう」 戸惑ったように言葉を選びながら答える表情を、楽しみながら そのシャツに触れる。 「私、少し大胆な事を言ってしまったようですね?」 「……」 ボタンを下からゆっくりと外して行くと、少年は怯えたような困ったような 何とも言えない表情で固まっていた。 これが冗談なのか、本気なのか、冗談だとしたら本気で抵抗したら 今後の関係に罅が入る、それは避けたい、 そんな思考が頭を巡っているのだろう。 黙って耐えていればその内私の方から止めてくれないか、そんな期待を含んで。 だが。 私が脱がせたシャツを使ってその頭の上で両手を縛った瞬間、 少年のスイッチが入った。 「冗談はもう、」 「冗談なんかじゃないと言ったら?」 少年は私を一睨みして、足を振り上げた。 勿論その動きは予想出来たので、足首を掴んでのし掛かり、 制服のズボンを脱がせていく。 「やめろ!」 この年頃特有の、肉の薄い身体、アンバランスに伸びた、 だからこそ美しくもある手足。 「大人しくして下さい。力では高校生に敵いませんよ?」 言えば余計に、あばらの浮き出た脇腹、薄い腹を捩って 逃れようとする。 「……大声を、出すよ」 「良いですよ」 「いくらお母さんが留守でも、近所の人に聞こえるぞ」 「はい。ですから、構いません」 私は体重を掛けてその身体を押さえ、小さな乳首を舌先で押さえながら 開いた足の間に手を入れた。 だが少年は、何故か声を押し殺して、 「ああっ、嫌だ!……嫌だ」 肩で鎖骨を押さえると、耳元で変声期直後の擦れた声。 「嫌……いや……い、や……」 弓のように反った背を抱きしめて、その身体の中に性器をねじ込むと、 少年は……夜神は、痛みの為か憤怒の為か、気を失ってしまった。 「で?その時紫の上に『書きすさびたまえる』歌は?」 授業中、ふと気づくと鼻先に教師の指示棒が突きつけられていた。 どうやら私は半分寝ていたたらしい。 指示棒の向こう側には、私の揚げ足を取れる喜びに満ちた、嫌らしい笑顔。 悪いが、ええと……源氏が「書きすさ」んだのは……。 「『あやなくも隔てけるかな夜をかさね さすがに馴れし夜の衣を』 幾夜も一緒に寝ていたのに、よくぞここまで手を出さなかったものだ…… 男の身勝手な開き直りですね」 言うと教師は鼻白んだが、指示棒を引っ込めてぽん、と自らの 掌を打った。 「その時の紫の上の年齢は?」 「確かはっきりした記載はなかった筈です。 源氏と出会った時から起算すると、現代で言うなら十歳から十四歳の間位ですか」 「……よろしい。よく読んでいるな」 教師は私をいたぶる事を諦め、背を向けてテキストを音読しながら 黒板前に戻って行った。 「『若の御ありさまや』と、らうたく見たてまつりたまひて、日一日、入りゐて、 慰めきこえたまへど、解けがたき御けしき、いとどらうたげなり」 ……突然の初夜の後、源氏が訪ねてどれほど話し掛けても 怒って布団を被ったまま出て来ない紫の上。 傷つけられた自分は苦しんでいるのに、傷つけた源氏が平然と慰めて来ては それは腹の虫も収まらないだろう。 「『らうたく見たてまつりたまひて』可愛いと思っておられる、これは源氏の感想。 『いとどらうたげなり』これは作者である紫式部の感想だな。ここテストに出るぞー」 しかもその無言の抵抗を、「拗ねて可愛い」「子どもっぽくて可愛い」などと 思われては。 私が夜神……いや妹の同級生の少年を強引に抱いてから、 二週間が経過していた。 少年は事が終わった後に意識を取り戻し、無言で服を着て無言で出て行った。 以来、頻繁に来ていたメールも電話も一切無い。 その気持ちは分かるが、こちらから連絡を取るつもりはなかった。 夜神は絶対に、私から離れない。 その自信がなければ、これからもやって行けない。 紫の上だって、最終的には源氏を受け入れたのだ。 ……少年時代の夜神、キラになる前の夜神に今生で出会った時。 私は喜びを感じた。 前世では仇敵同士だったし、現世もそうかも知れないのだが。 今なら私が、彼を完全に私好みの男に育て上げる事も可能だ。 この姿で光源氏を気取るつもりもないが。 真っさらな極上の素材を見つけたら、最高の調理法で料理してやりたいと、 それを自分だけで楽しみたいと、思うのは無理の無い事なのではないか?
|