紫 6 それから少年は、度々私の部屋を訪れるようになった。 「こんなに話が合う人に会ったのは初めてだよ」 「レベルが、でしょう?傲慢ですね」 「お互いにね」 そんな他人には聞かせられないような会話をして。 「お兄さんに出会ってなかったら、僕は負け無し人生だったんだろうな」 「そんな事ありません。いつかは好敵手が現れるものですが……。 でもあなたは、若い内に頭を打って置いた方が良かったんですよ」 そう言って頭にぽん、と手を置くと一瞬……一瞬ではあるが キラを彷彿とさせる、針のような殺意を含んだ笑顔を見せた。 笑える事に、彼は「L」の崇拝者だった。 「Lの世界」に書いてある事は本気だったらしい。 「解決出来ない事件はない」、 「世界の切り札」、 それは彼にとっては魅力的なキーワードで、「L」の事を、 「この世で唯一会いたい人物」 「会った事はないが信頼に足る人間」 とまで言っていた。 「……だから、僕にはLが一人だとは思えないんだ」 「成る程」 「ここからここまでと、現在のLは同一人物かも知れないけれど、 この期間……絶対別人だ。 本気でキラを捕まえようとしているように見えない」 それは正に、夜神が「二代目L」であった期間で。 私は吹き出さないように必死だが、本人は記憶がないので大真面目だ。 「鋭いですね。私もそう思います」 「キラ伝説に書いてあった、『Lが代替わりした証拠』って やっぱりそれ?」 「それだけでは証拠とは言えませんね。 他にもあるんですが……今は言えません」 「今はって。いつ教えてくれるんだよ」 「時が来たら」 そう言ってやると少年は、微笑んだがどこか苛立ちを隠せない様子だった。 あからさまに拗ねた顔をする時よりも、こういう時の方がやっかいなのだ。 「じゃあ、キラが死んでいない事にも証拠があるんだな?」 「そちらは証拠ではなく『根拠』と言っています」 サイト管理の関係上、私も一応「キラ信者」という事になっている。 「キラが死んだ場合、それを発表しない理由というのが 想像つかないんですよ」 「色々あるだろ。実は有名人で、社会に影響を与えすぎとか。 警察官とか、絶対にキラであってはいけない職業の人間だったとか」 「ああー、確かに。これは気がつきませんでした」 少年は「そんな訳ないだろう!」と言いたげな目つきだったが、 これを言われてしまうともう問い詰める事も出来ないだろう。 気がつかなかったものは気がつかなかった、と言われてしまえばそれまでだ。 「……それも時が来ないと教えてくれないのか」 キラはとうの昔に死んでいるよ。 おまえが存在している事が、その何よりの証拠だ。 と言いたくなったが勿論言わなかった。 「まあ、私はキラが好きですから。 どこかで生きていて欲しい、また復活して欲しい、と願っているだけですよ」 「そんな非論理的な……」 夜神は呆れたように肩を竦めた。 「毎週のようにあいつが来てるんだって?」 夕食後、母が洗い物をしている間に妹が話し掛けてきた。 「はい」 「なんであいつが……」 「私と気が合うようですよ。 偶には勉強を見ているというのも嘘じゃないですし」 そう言うと、妹は鼻の頭に皺を寄せて私を睨んだ。 「私があいつに気があるとか、変に取り持とうとしているとか バカな事を考えているんなら大きなお世話だ」 ああ……そうか、中学生同士、そういう考え方もあるか。 確かにあの少年と妹ならお似合いかも知れない。 だが妹は本気で彼が苦手だ。 私にもその態度が「嫌よ嫌よも好きの内」なのか否かくらい分かる。 「そんな事、考えた事もありませんでした……」 「なら何故!縁もゆかりもない中学生を部屋に入れる?」 「すみません。私自身が彼に好意を持っているから…… というのは、おかしいですか?」 妹は目を丸く開いて、顔面を脱力させた。 「……いや。おかしくはないけど」 「ならまあ見守っていて下さい」 不機嫌から一転、兄を気遣う優しい妹の表情になる。 「……悪いけど、兄貴にはあいつは無理だと思う」 「そうでもないですよ」 「あいつモテるんだぜ?」 「あなたもその言葉遣いを改めたらもっとモテると思いますよ」 いつもの憎まれ口が聞きたくてわざと話を逸らすと、 妹もそれを察した。 「……よっぽどイケメンならまだしも、彼女一人連れてきた事がない兄貴じゃなぁ」 「私だって全くモテない訳じゃないんですけどね」 「どうだか。ま、心の中で応援するよ。 具体的に橋渡しとかはしないけど」 「大丈夫です。私は確かに恋愛が得意なタイプではありませんが 彼に関しては自信あります」 そう言うと妹はまた目を見開いて、今度は口まで開けた。 私は今まで愛だの恋だの、そんな事はおくびにも出さなかった。 そんな兄がいきなり男が好きだとか自信があるとか言い出したら 頭がおかしくなったと思われても仕方ない。 だが……彼は、夜神だ。 出会うべくして出会った男だ。 彼は私から離れない。 その執着の正体に、本人が気づく前に勘違いさせる自信はあった。
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