紫 3
紫 3








夏休みに入り、私は小遣いで小旅行に出ると言って家を出た。
勿論海外に行くなどとは伝えていないが、両親共に特に行き先に
関心は無い様子だ。
妹は脳天気に、


「お土産買って来てねー」


と見送ってくれる。
観光をするつもりはないが、ロンドン塔のギロチンペーパークラフトが
空港に売っていたら買ってきてやるか。



特に里帰り的な意味はなかったつもりだったが、ヒースロー空港に
降り立った私は、懐かしさにしばし停止してしまった。

所々改築されてはいるが、基本的に記憶と殆ど変わらない。
最後にイギリスを出たのは丁度十八年前……。
土地に特に思い入れはないつもりだが、やはり前世でよく来た場所というのは
感慨深い物らしい。


ぽん、と肩を叩かれて振り向くと、ロジャーがいた。
老け……ていない。
あまりにも印象が変わらず、逆に驚いてしまった。

よく知っているのに、初めて会う。
芸能人にでも会ったら、こんな気分なのかも知れない。


「はじめまして」

「『N』は既に空港直結のホテルに待機しています」


そう言うとロジャーは、緩慢に背を向けて歩き出した。
まさか、空港からとんぼ返りで帰れと言うのだろうか。
……いや、ニアなら有り得るな。


このホテルにも、一ヶ月ほど滞在した事がある。
サービスは良くないが、とにかく空港に近いのは便利だからだ。

スイートに通されると、見慣れない衝立があった。


「では、私はこれで」


ロジャーが下がり、ドアが閉まる。


「……」


無言で衝立を見ていると、その向こうから中性的な
落ち着いた声が聞こえてきた。


「はじめまして。Nです」

「はあ、はじめまして」

「来て頂いて申し訳ありませんが、顔を見せられない立場なので
 これで失礼します」

「……」


まあ、用心深いに越した事はないが。


「その理由は、あなたが『L』だから、で良いですか?」

「……」


黙っているが、今ニアは私の台詞が単なる勘なのか、ある程度根拠があるのか
考えているのだろう。


「……肯定も否定もしません。
 あなたがそういう前提で話されるのは結構です」

「そうですか。あなたの成長した姿を見たかったんですけどね、ニア」

「……!」


衝立の向こうの気配が止まった。
相当動揺しているらしい。


「……その名前は、どこから?」

「今でもパズルは好きですか?
 メロはどうして死んだのですか?
 夜神はどうなりました?
 キルシュ・ワイミーの葬儀はどうしました?
 探偵業は楽しいですか?」

「!」


ばさばさと、奇妙な音と気配。
立ち上がってゆっくりと衝立に近づく。
横から顔を出して覗くとタロットカードが散らばっていて、寝そべった
小柄な青年が震えながら、二枚を拝むように合わせて立てようとしている所だった。

どうやら既にあったタワーは、先程崩れてしまって
今新たに建てようとしているらしい。


「あなた、」


上げた目は、記憶よりも鋭くなっていた。
顎が痩せ、面差しが少しだけ……何故か夜神に似てきたような気がする。
だが基本的には殆ど変わらない。

身体は確かにほっそりと伸びたが、成人した白人男性としてはやはりやや小柄だ。
十八年前に十二、三だったから、今は三十を超えている筈だが
とてもそうは見えない。
外観だけなら私と同じ年と言って通るだろう。

私は安心させる為に微笑んで、言葉を続けた。


「Lの代替わりの証明でしたね」

「……」

「転生を、信じますか?」

「信じません」


かぶせるように即答する。


「それは困りました。Lが代替わりした、という事を証明するには
 私の前世の記憶しかないのですが」

「……」


ニアは過呼吸気味にはぁはぁと荒い息をしていたが、
やがて何とか収まった。
そして、声を潜めて。


「……あなたが、先代Lの生まれ変わりだと?」

「私の推測では、夜神が一旦私の跡を継いだ可能性が高いので
 『初代L』とした方が正確ですが」

「……」


ニアはまた黙って何か考え込んでいた。


「では、それを証明して下さい」

「分かりました。初代Lしか知らない事を、何でも聞いて下さい」

「それではまず、Lの本名を」


髪の毛をくるくると指に巻きながら、表情のない目でじっと私を観察する。
消極的に見えて、その実非常に挑発的だ。


「それを言っても意味がないでしょう?あなたも答えを知らないのですから」

「……」

「逆に、何か答えたら、私がLでない事の証明になってしまう」


ニアは数秒止まった後大きく息を吐くと、髪から指を外した。


「……分かりました。認めます」

「もういいんですか?ワイミーズハウスの構造や、
 ああそうだ、一度モニタ越しにあなたたちと対話した時の
 一問一答を再現しても良いんですよ?」

「分かりましたから」


ニアはうんざりしたように、またぐい、と前髪を引っ張った。


「キラ事件で、この世には現在の科学で割り切れない事も
 沢山あると学びました」

「そうですか。では今度は、こちらから質問しても?」

「はい」


簡潔に答えてニアは、またカードを立て始める。


「先程と重複しますが、私、自分が死んだ後キラ事件がどうなったか
 一般人レベルでしか知らないんです」

「気になりますか」

「なりますね」


ニアはどう説明した物か考えあぐねるように少し口を噤んだが、
結局出て来た言葉は極めてシンプルにして、私が一番知りたかった事だった。


「夜神は、死にました。メロも」


ああ……やはりそうか。
ある程度分かってはいたが、はっきり聞くと、やはり何か
寂寥感のような物が押し寄せた。


それからニアは、自分のノートPCを私に向ける。
ファイルが開けられ、そこにはキラ事件の顛末が事細かに記してあった。
それによると。


私の死亡後、ワイミーの死亡が発表されて……
夜神が、Lの名を継いで。

ヨツバの重役達も、次々に死に、
犯罪者の報道規制が全世界に浸透して、
ニアが独自にキラ事件を調査し始めて。

SPKを発足させ、夜神粧裕が誘拐されて
メロの指示でマフィアにデスノートが奪われて……
夜神総一郎が死んだ。

それから、魅上照という、夜神の命を受けた新たなキラが現れ。
夜神は高田を利用し、弥を利用し、魅上を操ってメロを殺し、
ニアをも殺そうとしたが、結局は失敗して
死神に名を書かれて死んだ……。


大雑把に言うとそのような事が書かれていた。
私は、夜神が自ら死を選ばなかった事に何故か安堵する。


「ありがとうございます。これですっきりしました」


長い黙読を終えてそう言うとニアは、カードから目を上げた。


「私の方こそ、あなたが死ぬまでのキラ事件が知りたいです。
 夜神は死んでしまったし、日本捜査本部の連中は要領を得なくて
 もう真相は闇の中だと思っていました」

「分かりました。帰ったらまとめて送ります」


そう言うと、ニアはきょとんと目を見開いた。


「帰るって……日本へ、ですか?」

「はい」

「そんな必要ないじゃないですか。
 あなたは今日からでも、Lとして再始動するべきだ」

「はあ……。しかしこう見えても、日本に家族が居たりするんですよ」

「……へ?」


ニアが、初めて間抜けな声を出したので、私は思わず笑ってしまった。


「いつかあなたの元に戻ります。約束します。
 でも今は、平凡な男子高校生としての生活をもう少し楽しませて下さい」

「……」


ニアは何とも……本当に何とも言えない表情を浮かべて
座ったままふらふら揺れた後、小さく頷いた。


「そう言えば、『Lの世界』というサイト、知ってますか?」

「ああ……あの鬱陶しいサイトですね。
 Lのファンと言いながらその実、自分の賢さを、推理力を、誇示しているだけです」

「と言う事は、彼の推理、結構当たってるんですね?」

「ええ、まあ。地道にIPアドレスを辿ったら、最終的に『キラ王国』の管理人と
 居住地域が近いことが分かったので、同一人物かと思ったこともありますが」

「違います。……へえ。やはり、日本に住んでいたんですね」

「ファミリーネームまでは分かっていますよ」


ニアの口から出た名前は。
少し珍しい、そして聞いた事のある名字だった。
私は思わず笑ってしまい、ニアがまたきょとんとする。


「面白い事を聞きました。お礼に私も一つ、妹に関する面白い話を」

「いえ。不要です」

「私の妹です」

「妹……さんが、居るんですか」


ニアの手が震えて、カードがまた何枚か滑り落ちた。


「はい。現世の妹なんですけどね、メロですよ」

「……!」

「あなたも見れば分かります。目つきが同じですから」

「……」


今度こそぱたりと絨毯の上に倒れたニアに手を振って、
私は部屋を辞した。




土産は結局成田空港で「東京チョコばな奈」を買ったが、


「何でわざわざ東京土産なんだっつーの!」


そう言って妹はとても喜んでくれた。






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