黄 12
黄 12








翌朝、目覚めると夜神が私の腕を枕にしていた。
偶然か気配を感じたのか、私が目を開けた直後にしばしばと目をしばたたかせる。
やがてゆっくりと開いた目は、焦点が合っていなかったが、徐々に
後悔を滲ませた。

それでも急いで離れたりはしないのは、まあ、進展と言って良いだろう。


「おはようございます」

「…………おはよう」

「こんな朝を迎えたのは、意外と初めてですね。
 あなたの誕生日の日は熱で意識がなかったですし」

「……」

「どうしました?
 今更、感じなかったとか遊びだったとか言うのは、みっともないですよ?」

「……分かってる」


夜神は不機嫌な擦れ声で呟いて、私の腋に顔を埋めた。
その仕草は「甘え」にも似ていて、内心少し戸惑う。


「ならば、降参ですか?」

「というか……僕の脳内の問題さえ解決出来れば、
 おまえを身体で籠絡するのも悪手じゃない、という気はして来た」

「それは、いつか寝首を掻くつもりだけれど、当面は許してくれるという事ですね?
 嫌いじゃないですよ、そういうスリリングなの」

「ああ……」


夜神は起き上がると、腰が痛んだのか一瞬顔を顰め、
小さく伸びをした。


「それでは、冷戦解除ですね」

「……うん」


目を伏せて、微かに頬を染めるのは……前言撤回しよう。
それなりに可愛げがある。


「こうなってみると、ニアがあなたに変な事をしたのは、
 これが狙いだったのかと思えてきます」

「それはそうだろ。僕が彼女に近付いたのに焦って、
 欲情すればおまえとこうなると踏んだんだろうな。
 僕が彼女に手を出すとは思わなかったのかな?」

「その為に私に監視させたのでしょうが……」


そうでなくとも、おまえは私の所に戻ってくると、分かっていたよ。夜神。

ベッドに突いたその手を引くと、夜神は戸惑ったような顔をしながらも
抵抗なく倒れ込んできた。




ケイソープに行って一緒に一泊し、翌日夜神はメンサのテストを受けた。

ホテルでは素面の夜神と、当たり前のように身体を交えた。
昔のようにげらげら笑ったり、猫みたいに拗ねたり甘えたりはしないが、
自然に会話をしたりセックスを楽しめるのは、お互いの精神にとって
悪くない事だと思う。






「ただいま戻りました」


ワイミーズハウスに戻った後、ニアの元へ二人で挨拶に行くと
彼は脚立の上から私達を見下ろして小さく目を眇めた。


「楽しんできました?」

「ええ、お陰様で。本当に、あ な た のお陰です」

「何の事か分かりません」


ニアは二メートル程積み上がったドミノの塔にピースを積んでいる。
夜神に薬を盛った事を暗に詰ったが、やはり認めはしないか。


「別にそのまま日本に戻って貰っても良かったんですけど」


夜神はニアを見上げて、妹の居室がある方角を軽く指差した。


「彼女に会う目的で来英したんだから、帰るなら別れを惜しむよ」

「そうですか。なら今すぐ別れを惜しみに行ったらどうです?」

「う−ん、それより、あなたと別れを惜しんだ方が良さそうだな」

「……どういう意味ですか」

「彼女には、長期休みならば会おうと思えばいつでも会える。
 でも、彼女が高校に入学してここを出れば、もうあなたに会う機会はないだろう?」


ニアは無表情のままの目を少し見開いて、小声で


「デスノートは諦めるんですか?」


と言ったが、夜神は聞こえなかった振りをした。


「フェニックスさんには、彼女も僕も本当にお世話になりました」

「……いやー、それが、丁度私も秋くらいにロンドンに引っ越そうと思っていまして」

「は?」

「仕事の都合でやはり都会の方が便利なんですね。
 奇遇ですし、お預かりしている大切な娘さんですからね、
 彼女にも同じフロアに住んで貰おうかと」

「……ああ、そう」


突然、今までに無くぺらぺらとしゃべり出したニアに、夜神は呆気にとられた後、
詰まらなそうな顔をしてふらりと出て行った。


「……彼とは、上手く行っているようですね?」


黙って視線だけで見送ったニアが、ドアが閉まった途端に、
ソックスの足をもぞもぞとさせながら呟く。


「ええ、まあ。
 取り敢えず、彼が『キラ』である事を止めている間は、ですが」

「そうですね。どうやらこのまま穏便に帰国してくれそうです。
 意外ですが」

「今後は私が手綱を握っていますので安心して下さい」

「……」


ニアが、ピースを摘んで慎重に乗せようとした時……
ドミノの塔が、触れてもいないのに突然ゆらりと揺れた。


「まあ、Lとキラが本気で組む事はあり得ないでしょうが、」


ニアの台詞と共に、塔の中程がゆっくりと折れて来る。
一旦壊れ始めると後は加速度的に、盛大にじゃらじゃらと音をさせながら、
細長く積み上がっていた塔は見事に崩壊した。


「……万が一あなた方が結託したら、脅威です」


ニアは崩れた塔を見ても何の感情も……微かな失望すら表さず、
静かに不器用そうに脚立を降りてきた。


「二人でデスノートを取り、世界を仕切ると?
 そうなる因子は全くありません」

「最近思うのですが、完全に安定しているように見える物でも
 何の要因も前触れもなく、突然崩れる事もあるのですね」

「要因はありましたよ。十五段目にも二十三段目にも、
 微妙に歪んだピースがありました」

「それも含めてバランスを取っているつもりでした。
 少なくとも今の瞬間に、倒れる原因はなかった」

「ならば南米で蝶が羽ばたいたのでしょう」


勿論夜神と組んでニアを裏切る事などはあり得ないが。
計算出来ないからこそ、世の中は面白いのだ。
軽く揶揄ったつもりだが、ニアは真顔のまま


「ここ、地下室ですよ?」


と答えた。






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