黄 09
黄 09








指定されたロンドンのホテルの一室に入ると、
夜神とジェバンニらしき年配の男性と……もう一人の白人男性が居た。

赤毛で、私と同じ位の年頃の……どこかで見た事があるような。


「月くん」

「あ、あなたがLですね?ニアから聞いています。
 私はジェバンニと言いまして、」

「はい。知っています。……で?」


私が赤毛を見ると、彼は笑いながら大袈裟にホールドアップした。


「なんか、自己紹介をする前に撃ち殺されそうな目つきなんだけど」

「質問に答えて下さい。彼とは一体?」

「何。恋人なの?」

「関係ありません」

「いや、私は彼を助けた方だから感謝して欲しいくらいだよ。
 真夜中に三人くらいの男に絡まれて、ビリヤード台に押し倒されてたから
 颯爽と登場して、」

「レイプされかけたんですか?!」

「っていうか彼、いくら日本人でも不用心にも程があるよね?
 こんな可愛い顔した東洋人が真夜中のソーホーふらふらしてたら、
 犯してくれって誘ってるようなもんだろ」

「ふらふらしてたんですか?」


今度は夜神に顔を向けて詰問する。
夜神は、微かに目元を赤く染めながら眉を顰めて目を逸らした。


「一応男だから……そんなに危険だとは思わなかったんだ」

「でもあなた、来る前にだいぶこの国の事を下調べしてましたよね?」

「ああ、ならヤられたかったんだ?私、余計なお世話でした?」


赤毛が態とらしく大声で言うと、今度はジェバンニが顔を顰める。


「そういう君だって、彼を怪しげなホテルに連れ込んでいたじゃないか」

「まずは休ませようと思っただけですよ。
 その後の展開は、雰囲気次第で」

「私が踏み込まなければどうなっていた事やら」

「何。彼はニッポンのプリンスか何かなの?」


油断のならない男。
だが私は、おまえに会ったことがある。


「あなた、アイバーですか?」


不意打ちで尋ねると、きょとんとした顔を返して来た。


「アイバー?ああ、そういう名前も悪くないね。
 私の金曜日の名前にしよう。今からアイバーって呼んでくれ」


日替わりで名前を変えるのか。
前世と全く同じだな。

だが、彼が本当に前世の記憶を失っているのかどうかは分からない。
私でも、彼の嘘には騙される。

私が名を呼んだ事により、夜神もやっとあのアイバーに似ている事に気付いたらしく、
ややぎょっとした顔で「アイバー」を見直していた。


「ライトくんだったっけ?本当に、今フリーなら、どう?」

「いえ……恋人が、いますし……。
 助けて下さった事には、本当に感謝しています」

「そう?イギリスにいる間はいつでも助けになるよ。
 日本人の友達も欲しいから、メールアドレス教えて」


いかにも軽薄に、誘う。
夜神のようなタイプには、その方が警戒心を抱かれないと判断したのだろう。
だが。


「ええっと。その人は確かライトという名前ではなかったと思いますが」


ジェバンニが空気を読まずに水を差した。


「マジで?偽名?」


アイバーは口笛を吹いて、何故かはしゃぐ。
私は溜め息を吐いた。


「いいえ。ライトで合ってますよ。ヤガミ・ライト」

「ヤガミ……ライト……って。あの彼と同姓同名ですか。奇遇ですね」


ジェバンニは本当にニアから何も聞かされていないようだ。
少し哀れに思う。


「ライト……ヤガミライト……」


一方アイバーも、口の中でぶつぶつと呟いた。


「何だか聞き覚えがあるような気がするなぁ。
 君と僕とは、前世で縁があったのかも」


奇しくも現れた「前世」というキーワードに、夜神が耐えきれず苦笑する。


「ああ、その方が良い。君は笑顔が素敵だよ」


アイバーが事もあろうに私の目の前で、あまりにも白々しく口説くので
夜神は困ったようにまた笑った。


「とにかく、ハウスに帰りましょう。車を手配します。
 アイバーは?どうするんだ?」

「ライトと過ごせないのは残念だけど……、
 まあ、私は適当にその辺の女の家に泊まります」

「……そうか。では手配とニアへの報告をして来る」


そう言って、ジェバンニは我々を残して出て行った。





後には私と、バツが悪そうに俯く夜神と、その肩を抱かんばかりに
寄り添っているアイバーが取り残された。


「どうして、こんな事をしたのですか?」


夜神に向かって訊ねてみるが、返事がない。


「やっぱりあなたは恋人じゃないんだな」


代わりにアイバーがこちらに向かってウインクをした。
私に媚を売ってどうするつもりだ。


「どうしてですか?」

「なら、私が彼にアタックしても構わないね?」

「答えて下さい。
 どうして、彼を心配して駆けつけた私が、彼の恋人でないと判断したのですか?」


アイバーはニヤリと笑って夜神の首筋に触れる。
夜神は弾かれたように避けて首を押さえた。


「……彼、今かなり欲求不満だよ。そうだよねぇ?ライト」

「……」

「え?そうなんですか?」

「もうちょっと触れば勃ちそうだ。違う?」


言いながら、ジーンズの太股に触れようとするのを、大きく避けて
夜神は立ち上がった。
その耳は、赤く染まっている。


「恋人なら、こんな状態で放っておかない。
 だからあなたは恋人じゃない」

「いや……。ていうかそれマジですか」

「ヤられたかった、っていうのもあながち外れてない筈だよ。
 一晩のアヴァンチュールを楽しむか、最悪さっきの奴らに
 輪姦されても良いと思ってただろ。そうとしか見えなかった」

「……」


夜神は硬い表情で唇を引き結んだまま、ドアの方へ歩いて行って
静かに開いた。


「明後日……いや、明日か、テストを受けるために僕は今日ケイソープへ発つ。
 今晩はここで休んで夜が明けたら直接行くから、二人とも出て行ってくれ」


冷静な声で言って、無言で促すようにドアの外の空間を指差す。
だが。


「いいの?ライト。相手が誰でも良いのなら、私が慰めるよ。
 自分で言うのも何だが、私は上手いし後腐れもない。
 一夜の遊び相手には最適だよ」

「馬鹿な。私は何度も彼を抱いている。
 彼の身体が飢えているというのなら、私を求めているんです」

「いや、おにい……」

「ああ、やっぱり恋人だったんだ?でも、『元』だよね?」

「ちょっと!」


夜神が怒鳴った所へ、丁度ジェバンニが戻って来た。


「な、何事ですか?」

「ジェバンニ。タクシーはあなたが乗って帰って下さい」

「え?あなたと彼は?」

「彼は明日ケイソープに用があるらしいので、このままロンドンに滞在して
 私が送って行きます。
 ニアもそれで文句ない筈です」

「はぁ……」


怪訝な顔のジェバンニを追い出し、アイバーにも出て行くよう顎で促す。
アイバーは苦笑したが、


「じゃあ、またメールする」


そう言って私の隙を突いて夜神の頬に唇をつけ、後は素直に出て行った。






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