黄 7 その顔を、再び見る機会がこんなに早く訪れるとは。 翌朝、ニアと一緒に寝た筈の夜神は、不機嫌と憔悴で まるで別人のようになって食堂に現れた。 「ど、どうしたんですか?」 「……」 「ニアと、何かあったんですか?」 「……あの、セクハラ野郎」 「は……?」 夜神はしまった、というように口を噤んだが、私は聞き逃さなかった。 「セクハラって……何をされたのですか?」 「いや、別に。何も」 「突っ込まれました?」 「何もって言ってるだろう!」 日本語の応酬に、ちらほらと残っていた子ども達が興味深げな視線を寄越す。 天才の卵らしく、突然現れた異邦人にも基本的に無関心な様子だが、 中には日本語を解する者もいるだろう。 言葉に気をつけなければ。 声を潜める。 「彼が同性愛者だとは知りませんでした。 かと言って異性愛者だという話も聞いたことがありませんが」 「そういうのじゃ、ないんだ。本当に何もされてないから。 ちょっと……その、言葉で色々と、不快な目に合わせてくれただけ」 「そんな事に動じるタマでもないでしょう」 夜神も辺りに目を遣り、声を低めた。 「……とにかく、昨夜は不快な思いをしてよく眠れなかったから、 今日は一人でゆっくり過ごしたい。部屋を貸してくれないか」 「私はどうすれば?」 「図書館でも観光でも好きな所に行けば。 何処にも行かなくても、PC一つあればどこでも時間を潰せるだろ」 「はぁ……でも、ニアに昼間はあなたから目を離さないよう言われています」 夜神は久しぶりに見せた剣呑な目で、私を睨む。 その日は館から出ず、私の事もきれいさっぱりと無視して、 木陰でペーパーバックを読み耽っていた。 いや、そのように見せていた、と言うべきか。 私には、どことなく落ち着かない、苛々とした様子が見て取れた。 時折、かいてもいない汗を拭う。 小刻みに足を揺らす。 この男には珍しく、同じ頁を二度読み返す事が何度もある。 この様はまるで、禁煙しているヘビースモーカーだ。 あるいは……。 軽度の、薬物依存症患者。 こんなに短期間でまさかとは思うが。 心が小さく波立つのを止める事が出来なかった。
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