黄 6
黄 6








ニアの部屋に連れて戻ると、さすがにニアも起きていた。
レスターが、強張った顔をしている。
どんな酷い事を言われたのか、想像するだに気の毒になる。


「おはようございます」


夜神が一応冷静に挨拶するのに、ニアはいきなり刺すような声で返した。


「ヤガミ。私の目を盗んで勝手な行動をしましたね?」

「ちょっと外の空気を吸っていただけです。
 実際、身に覚えもないのに犯罪者扱いされてうんざりしてるんだ。
 少しくらい良いでしょう」

「どこに居たんです?デスノートを探して家捜しですか?」


夜神と私の顔を交互に見ながらどちらへともなく尋ねるのに、
答えないでいると今度は私の顔を真っ直ぐに見据えた。


「答えて下さい。どこで、彼を、見つけたんですか?」

「……妹の部屋です」


その瞬間、二アは指先で弄んでいた毛をまた、ぶちっ、とちぎり取った。
夜神が少し慌てて弁解をする。


「別にいけない事は何もしていないし、お兄さんもそれを認めてくれている。
 確かに考え無しだったし、我ながら子どもっぽい事をしてしまったよ。
 でも、彼女は何も悪くない」

「そうですか。では今夜から、私と手錠で手を繋いで寝て下さい」

「いやいやいや、会話が繋がってないけど!」

「繋がってますよ?
 一応信じたから、独房監禁とか拷問とかはしない事にしたんです」

「嘘だろ……」


呆然とする夜神が、何か物問いたげにこちらの方を見る。
まあ……私自身も、一番確実に相手を監視する方法は、
自身から離さない事だと思っているので特に助け船を出す気はない。


「もしかして、あなたと僕が同じベッドで?」

「そういう事になりますね。
 二十四時間繋がりっぱなしという訳ではないので、その辺りはご安心を」

「はははっ。何それ冗談?」

「私だって生まれて初めてベッドを共にする相手がキラだなんて
 悪い冗談みたいです。
 人生一寸先は闇ですね」

「……生まれて初めてって……引く……」

「あなたに引かれても全く痛くも痒くもありません」

「……」


夜神は、ニアが脅しで言っている訳ではない、完全に本気だと認識して
絶望したような顔をした。

……キラ事件当時、こんな表情を見た事がある。
長期間監禁して、「あなたを拘束して以来キラの裁きは止まっている」と
伝えた時と同じ顔だった。





妹が語学学校に行っている間、夜神と私は町を見て回る事にした。

一応故郷……という事になるのかも知れないが、私は殆ど外出しなかったので
馴染みがない。
ウィンチェスター大聖堂などは映画撮影の舞台になったのだと、
逆に夜神に教えて貰った程だ。

アイボリー……というよりは黄ばんだ中世の壁、
意味があるのかと訝しくなる程の遠い奥行き、と高い天井、
私の印象では黄色くてやたら巨大な建造物、というだけだったが
夜神は意外にも通俗的に楽しんでいる。


「しかし、妹はロンドンの高校に行きますから、実際問題
 ワイミーズハウスから通うのは難しいでしょうね」


そんな中、何かの拍子に妹の話になり、今後の身の振り方の事などを話した。


「彼女も寮に入りたがってたけど……う〜ん。
 ニアと妹さんって、前世で凄く仲が良かったりした?」

「さあ?何の話か分かりません」

「……あっそ」


夜神は妹の前世がワイミーズハウス関係者である事は見抜いているようだが、
メロだとは思いも寄らないだろう。
だとしても、教えてやる義理もない。


「ニアが妹さんに異常に執着しているのは何でだろうな?」

「兄の私が言うのも何ですが、妹は見た目は美人ですからね」

「そんな事関係ないだろ、あいつには」

「どうでしょう」


……メロとニアは、ライバル関係にあった。

二人は共に「L」の後継者に最も近い資質を持っていた。
だが成績では、メロがニアを越える事はなかったと言う。

私も聞いた話だが、私の死後、メロは後継者争いから自ら身を引いたらしい。
そしてその後の彼の行動原理は、ただニアより早く、ニアより上に、ニアを倒す事。
そのためだけにマフィアにまで身を落としたそうだ。

ニアの方は相手をせず、だが注意深く邪魔されないようにしながら
メロを利用出来るものなら利用して「L」の職務を全うしようとした。

その方法論は、私を殺し、私の死を利用してLに成り代わった夜神と相似する。
私が彼に執着してしまう事を思えば、メロの方こそニアに恨みや執着を持って
然るべきだと思うが。

現実にはニアの方が妹を手元に置きたがっている。
私には「罪滅ぼしです」と一言だけ言ったことがあるが、本心ではないだろう。


「……何?」


夜神の横顔を眺めながらそんな考え事をしていた私を、彼は軽く睨んだ。


「いえ。久しぶりにデートみたいだと思いまして」

「デートなんて殆どした事ないだろ。大概家の中で討論したり……」


言葉を途中で切るのに、ついニヤリと笑ってしまう。


「セックスばかりしていましたね」

「うるさい。だから、なかった事にしてくれ」

「それは夜神月としての発言ですか?」

「……そうだ」


唇を引き結んだ後、「帰る」と踵を返して教会の出口に向かう。


「待って下さい。ロジャーが迎えに来るまでにはまだまだありますよ」

「だからおまえ一人で観光してろ」

「分かりました。もう言いませんから。
 ……『恋人のお兄さんを、無下に出来ない』んですよね?」

「……」


夜神は不承不承戻って来たが、その苦虫を噛み潰したような顔を、
私はとても気に入った。






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