赤 1
赤 1








私が言うのも何だが。
妹は無愛想ではあるが基本的には明るい子なのだと思う。

その妹が、好物のチョコレートケーキを前に妙に鬱ぎ込んでいた。
普段はさすがに相好を崩してかぶりつくので、異例の事だ。


「勉強頑張り過ぎじゃない?」


例によって母親は我関せずだったが。


妹は結局完食したが、夕食後、早めに風呂に入って
二階の自室に戻ろうとするのを、階段の踊り場で捕まえる。


「何」

「いえ……元気がないようなので」

「……」


私と目を合わせない、その様子もいつもとは違った。
普段は目を見開いて、気まずくなるくらい相手の目を見据える子なのに。


「……別に。関係ないだろ」

「……」


どこかふて腐れた様子で言った後、ふと上目遣いに私を見上げた。
剣呑な目つきだ。
しかも。


「……いや、そう言えばこちらからも聞きたい事があったんだった」


「こちらから」、などと他人行儀な口の利き方を。
特に親しい兄妹ではなかったが、大きな喧嘩をした事もなかったので
こんな事は初めてだった。

冷たい空気に気づかないふりをして、ただ続きを待っていると
妹は再び俯き、壁に凭れて片方の足の爪先でもう片方の足の甲を掻く。
そして、少し長い逡巡の後。


「……あんた、Lか?」

「はい?」


突然の言葉に、さすがにアドレナリンが噴出したが、何とか平然とした顔を
取り繕った。

そうか……今日は、妹の十五歳の誕生日。

彼女もまた、前世の記憶を取り戻したという事か。
そして身近な人間が、前世でも身近な人間である事が多い事に気づいた。
(両親は、私の記憶にないがメロにとっては身近な人間だったのかも知れない)

だが、私が誰だか分からない。
前世で深く関わったのによく知らない人間と言えば、「L」とメロを殺した「キラ」くらい……
年齢的にキラではあり得ないから、「L」であろうと推測したのだろう。
とは言っても確信はあるまい、鎌を掛けただけの話だ。


「Lって……あの、実在の探偵のLですか?」

「ああ」

「Lは我々が生まれる前から居たと思いますが……私が赤ん坊の時から
 犯罪捜査をしていたように見えます?」

「そういう意味じゃなくて……いや、もういい」


妹は、私が前世の事を覚えていないと判断したのか、追求を諦めたのか、
小さく溜め息を吐いた。


「それが、元気がない理由ですか?」

「いや。……そうだ、今度受験でお世話になるイギリスのNさん、って人だけど」

「急に話が変わりましたね」


本当はさほど変わっていない。
「前世繋がり」という意味で。

妹は年度末に一旦渡英し、向こうの高校を受験して合格したら(当然するだろう)
本格的にイギリスで住む準備をして、半年ほど現地の語学学校に通う。

九月に入学した後、寮に入るか通学するかはまだ決まっていないが
少なくとも受験の時と語学学校に通う間はワイミーズハウスに滞在し、
ロジャーが送り迎えしてくれる手筈になっていた。

最初は夜神やメロが記憶を取り戻す事まで想定していなかったので
妹にも普通に「N」やワイミーズハウスという私設の孤児院を話をしていたが。

記憶を取り戻した今となっては、「N」はニアだと察しているのだろう。


「兄貴の知り合いだろ。どういう知り合いなの」


ニアとは……現世ではネットを介して知り合ったわけだが、
それだけでは両親には胡散臭く思われる。
だから、何度か来日した際に会っている、という話にしてあった。


「ネットで知り合った世話好きな富豪ですよ。
 私が少々株をやっているのは知ってますね?その大先輩です」

「世話好き?」

「はい……年下の友人の、会った事も無い妹の留学の世話まで
 してくれるんですから、それは世話好きでしょう」


実際のニア像を頭から振り払い、ハード的なデータだけで答える。
妹は小さく舌打ちをした。


「本名は?」

「Riverさんです」

「リバー何?」

「River Phoenix」

「へえ……聞いた事ある気がするな」

「様々な名義を使ってるので、高額納税者番付には載っていないと思います」


メロはニアの本名を知らなかったので問題ないだろう。
ニアが私に教えてくれた通名も当然偽名だろうが、私には関係ない。


「とにかく信用出来る人ですし、乱暴な人でもないですから
 安心して向こうで受験して下さい」

「……」

「あんなに喜んでいたじゃないですか。どうしたんですか?急に」


何となく気鬱な様子を見せる妹に、分かっていて面白半分に訊き返したが
彼女は小さく口を尖らせただけだった。


「別に。私と性格が激烈合わない人だったら困ると思っただけ」

「あなたが生意気な男の子だったら心配ですが、女の子だから大丈夫です。
 勉強をしに来た外国人の女の子に、向こうの人は優しい筈ですよ」

「どうだろうね」


妹は漸く少しいつもの表情を取り戻し、ニヤリと笑った。







「迂闊でした。せめてスポンサーはロジャーという事にしておくべきでした」

『それでは面白くありません』


その夜、PCの向こう側にいるニアにそれとなく愚痴ると、
モニタの中で妹とそっくりにニヤリと笑った。


「面白い?メロがそちらに行かない決断をしても良いと?」

『妹さんは、必ず来ます。
 あなたと夜神が出会ったように、メロも必ず私に出会います』


例によって髪の毛をくるくると指に巻きながら、何の根拠があるのか、
自信ありげに答える。


『そんな事より例の事件、どうなりました?
 高校生探偵クドウシンイチくん』


現在、ニアはややこしい事件のファイルを時折私のPCに寄越す。
私も忙しくもないので適当に調べたり、推理や感想を返信し、
探偵業の手伝いのような事をしていた。

それより、アニメからか漫画かからか知らないが、ニアが日本の子ども向けの
ミステリを知っているのが面白い。


「はぁ、シドニー殺人事件なら、取り敢えず犯行手段の目途は付きました。
 というかもう高校生じゃないんですが。それなら夜神はカイトウキッドですか」

『そうかも知れませんよ?』

「ありがたい事に現在の彼には犯罪者になりそうな傾向は欠片も見つかりませんし
 私が側に付いている限り、させません」

『だと良いですけどね。記憶はどうなりました?』

「明後日が誕生日です。当日取り戻すかどうかは分かりませんが」


そう。
メロの死亡と夜神のそれが二日違いであるせいか、妹とその同級生である
優秀な少年の誕生日も、二日違いだった。

自分を慕う少年に、キラの記憶が蘇る。
その確率は高くはないと思っていたが、妹がメロの記憶を取り戻したのなら
ほぼ確実に戻ると考え直して良いだろう。

私はニアとの通信を早々に切って、少年にアポイントメントを取るメールをした。






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