青 1
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「……凄い」


少年は高層階の強化ガラスに軽く手を置いて、
東京の夜景を見下ろしていた。


「こんな所に来たの、初めてだ」

「そうですか」

「夜景ってTVで見るのと全然感じが違うな」


……あの頃何度も来たくせに。
心の中で呟きながらにこりと笑って見せる。

キラ事件当時、捜査本部としてビルを建てる前にこのホテルに一時滞在している。
何度か居場所を変えたので一週間も居なかったが
夜神も、捜査に協力する建前で訪れた事があった。


「あのビル、何だろう?」


少年が今度は、窓の斜め前方で、輝く夜景を青く切り取った建物を指差した。

……私の、ビルだ。

実際には鏡面加工した窓が他所の夜景を映しているのでさほど目障りでもないが
やはりこんな中心街でずっと無人のビルは目立つらしい。
幽霊ビルとして一部では有名になっているそうだ。

ニアの持つ法人の元にも東京都から何とかしてくれと連絡が来たが
税金も払っているし管理もしているのだから問題ない、と突っぱねたと言っていた。



……少年が誕生日に前世の記憶を取り戻すと確信した私は、
その瞬間が見たくて彼の二十四時間を拘束する事にした。

と言っても、丁度土曜日でもあるし、ホテルを取ったので二人で前日から
ゆっくり過ごそう、と持ちかけただけだが。

少年は「試験直前なんだけどな」などと肩を竦めながらも
嬉しげな様子を滲ませていた。


そして学校から帰った後、大学の入学式で着たスーツで迎えに行った私を
(今生でも私は自由過ぎると言われているが、高校では詰め襟を着ていたし
 大学の入学式ではスーツを着せられた。柵みのなかった前世が懐かしい)
少し眩しそうに見つめて。

大人らしくしようと背伸びをしているのか、いつもより澄ました顔で
ボストンバッグを肩に掛け、私に続いてタクシーに乗った。


「ディナーは最上階のレストランを予約してあります」

「男二人で、っておかしくない?」

「そうですか?」


クリスマス・イブ等なら不自然だろう、という程度の知識はあるが
別に何もない時期なのだから良いだろう。
どちらかと言うと、そんな事を気にする少年の方が自意識過剰だ。

そんな事を思いながら見ていると、少年は気まずそうに窓に目を戻した。


「いや、その……ケチをつけているんじゃなくて」

「……」

「……嬉しい」

「そうなんですか?」

「ああ。そして、嬉しい、と思っている自分がちょっと恥ずかしい」

「……」


こんな所は、夜神にはなかった率直さだ。
それとも夜神も気を許した相手には、素直だったのだろうか?

自分の心の、恥ずかしい部分や矛盾を、こんな風に真っ直ぐに認めて
さらけ出す程、誰かに甘えた事があったのだろうか……。



少年は私服の中で一番フォーマルなシャツとスラックスを着けてきたのだろうが、
レストランに入るとやはり若さが目立っていた。

だが、今更恥ずかしがっても仕方が無いと開き直ったのだろう、
堂々と背筋を伸ばして案内のボーイに着いていく。
こんな所は相変わらずさすがだと思う。

窓際の席に案内され、ボーイが去って行くと、少年は息を吐いた。


「はぁ、緊張した」

「冗談でしょう。その格好も似合いますし、様になってますよ」

「ふふっ、ありがとう。お兄さんもそのスーツ、凄く似合ってる」

「ありがとうございます」

「いつもとのギャップが激しいよな」


私は、大学へ行く時も普段出かける時も、大体長袖Tシャツとジーンズだ。
別に前世の「L」に倣っている訳ではなく、着やすさと過ごしやすさを追求すると、
自然とそうなった。

因みに履き物は雪駄が多い。
Lであった頃、ワタリは私に絶対に「ビーチサンダル」の存在を教えなかった。

知っていればスニーカーの踵を潰す事もなかったと思うのだが
ワタリとしては、その事で毎回小言を垂れる事よりも、
ビーチサンダルで外出される事の方がより不快度が高かったのだろう。


「……普段ももうちょっとお洒落をして欲しい、とか思ってます?」

「思ってないよ。
 スーツも制服も似合うけど、Tシャツも似合うし。
 お兄さんにはお兄さんが選んだ服が似合ってる」


そう言って少年はにこりと笑う。
本当はファッションになど微塵も興味がないのだろうに、
こういったソツのない部分は、前世でも現世でも私には真似できない所だ。

飲み物と小前菜が運ばれて来た所で、少年は顔を近づけて声を潜めた。


「僕こそ、似合わない場所に来て落ち着かないよ」

「いえ。さっきも言いましたが様になってますよ?」

「まさか。この年で親同伴以外でこんな所に来てる奴なんかいない」

「そうでしょうか」


そこで少年は悪戯っぽく微笑んで、目だけで少し離れた隣のテーブルを示す。
そこにはいかにも金持ち……というか成金趣味なストライプスーツの男が、
堅気には見えない赤いドレスの女といちゃついていた。


「自分で言うのも何だけど、学校では真面目な奴で通ってるんだ」

「でしょうね」

「その僕が、こんな所で赤の他人に夕食をご馳走になってる。
 って知ったら、同級生は驚くだろうな」

「何か誤解を招きそうな表現ですが」

「誤解かな?」


俯いて、上手にフォークを使いながら笑う。


「と言っても僕はお兄さんに身体を売っているつもりはないけれど」


危ない事をさらりと言って、くるりと巻いたサーモンの切れ端を口に運んだ。


「……」


どうやら私はこの年下の少年に揶揄われているようだ。
呆気にとられていると、上目遣いにニヤリと笑う。


「同級生はもっと驚くだろうね。僕がセックスを知ってるって知ったら」

「……」

「しかも、」


顔を前に突きだして、声を潜めて。


「男同士の」


囁かれて私は今度こそ軽く咳き込んだ。
少年はまじめくさった顔で背筋を伸ばし、上品に咀嚼を続けた。






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