橙 1 私は宣戦布告をしたつもりだったが、夜神は反応せずにとぼけ続け、 誕生日の二日後に呼び出された。 「ごめん。一応進級試験もあるから、勉強に集中したい」 「嘘ですよね?あなたの実力なら、試験を受けなくても 進学してくれと請われるでしょう」 「バレたか。本当は、好きな女の子が出来たんだ」 「ああ、それなら納得するしかないですね」 そんな淡々とした短い遣り取りで、私達は終わった。 お互いに全て初めての相手で、それなりに長く付き合っていた事を思うと 普通なら喪失感があるだろうが。 私は、彼が夜神の生まれ変わりだから近づいた。 少年は私に溺れていたようだったが、私が彼の前世を知っていた事を、 その上で彼を抱いていた事を知った。 二人とも、前世の上に現在を積み重ねており、それをお互い知っている。 そんな状態では、距離を置くのが一番楽な逃げ道だろう。 ……だが、私は確信している。 彼はいつかまた、私の元に戻って来る。 それが、いつになるのか。 私を抹殺するためなのか。 関係を復活させるためなのか。 あるいは他の理由に寄る物かは分からないが。 それから数週間経って。 妹が受験の為の渡英直前に、質問してきた。 「兄貴。一応聞いておくけど、アイツと別れたんだよな?」 「はい?あなたの同級生の彼ですか?」 「そう」 「そうですね。しばらく会ってないです」 「どっちなんだよ」 「別れました」 妹は何とも言えない表情をして、溜め息を吐いた。 「そう。ならいいけど。私、今あいつと付き合ってるんだ」 「……ほう。意外ですね」 本当に意外だった。 現世でも元々仲が良くなかったが、前世では殺し合った者同士で 二人とも記憶を取り戻している。 「少し前、告白されて。 私があいつを振ると色々面倒だから断らなかった」 いや、彼等は当時顔を合わせた事がない……。 キラとメロだと、お互い気づいていないのか……。 「そうですね。彼も親衛隊が多かったですから」 「だろ?あいつが女と付き合うとしたら私しかいない、 私の方の周囲も、あいつと付き合うなら誰も文句ない、みたいになって」 「ああ。外堀から埋められましたね?」 「そうなんだ」 小さく肩を竦める、その仕草が夜神と似て来ていた。 妹に、私も少し複雑な気分になる。 「まあ、彼は妹の彼氏としても申し分ないでしょう。 おめでとうございます」 「……本気?」 「はい」 「あいつに、未練とか全然ないの?」 「ありません」 私の言葉が本当かどうか、探ろうとするように目の奥を覗き込む。 だがいつも通りすぐに諦めて、目を逸らした。 「……多分すぐに、別れると思う」 「それは、遠距離恋愛になるからですか?」 「というか。 あいつは、私が好きだから告白して来た訳じゃないと思うんだ」 「だとしたら失礼ですね」 「ああ。留学する私が偶々丁度良かったというか。 多分、他の女を寄せ付けない為に、私を好きだって事にしたいんだ」 少年が、本当に妹に恋をした可能性を模索する。 ……犯罪者の心理とは違って、全く推測が付かなかった。 「『遠くに行ってしまった彼女が忘れられないんだ』とか言いたいんだろ」 「……」 私が好きでもないのにおまえに近づいたように。 おまえもまた、妹を利用するのか。 それは、私に対する小さな復讐なのか。 それとも。 「この間デートした時に、」 「デート?」 「一緒に図書館行っただけだから何もないよ。 とにかくその時に、『兄貴の代わりにするな』って言ったんだ」 「……怖い事を言うんですね」 「別に怒ってなかったよ。そんな事ないって慌ててた」 ……全く。 冷や冷やさせてくれる妹だ。 「私の勘では、あいつの方は兄貴に未練たらたらだよ」 「それはないでしょう。振られたのは私です」 「マジで!」 「はい」 「そうか……」 妹は少し考え込んでいた。 「……まあ、私にもあいつと付き合うメリットはある」 「はあ」 「イギリスで万が一誰かに言い寄られても、日本に彼氏がいるって 断れる」 「……」 言い寄ってくる相手とは……いや、深く考えても仕方が無い。 「でも、そんなの嘘吐いても何でも良いんだしさ。 私の方はいつ別れてもいいんだから、兄貴も無理すんなよ」 「無理?」 「あいつと寄りを戻したかったら我慢するなって事」 ……妹は、メロの記憶を取り戻している。 そして私がLなのではないかと疑ってはいるが、少年が夜神……キラだとは 全く気づいていないようだ。 とにかく意味深な言葉を残して、彼女は軽やかにイギリスへと 旅立って行った。 「……では、試験は上出来だったと?」 『そうですね。妹さんは時差ぼけにも強く、物怖じしないタイプです』 「そうですか。実力が出せたのなら、兄としても安心です。 それにしても」 二日後。 妹の様子を聞く為にニアと通信したが、元気そうで安堵した。 だが。 「どうしたんですか?その顔」 妹はPCの前に姿を現さず、ニアの頬には生々しい傷があった。 『何もしていません。 ただ、あなたの言っていた通り、本当にメロそのままの雰囲気だったので つい軽くハグしようとしたら……引っかかれました』 「ある意味当たり前ですね。初対面ですし」 『日本人女性はもう少し大人しいと思っていました……。 それに初対面じゃありません。記憶、戻ってるんですよね?』 「戻っていますが、あなたの前では認めないでしょうね。 今は日本人女性ですが、メロだと言う事を忘れず応対して下さい」 『はい……』 ニアは画面の向こうで長い足を抱え、少し伸びた髪をくるくると引っ張って 小さくなった。 「で、あなたの部屋には来ない、と」 『そうなんです。 お兄さんと話せると言ったのですが、どうせ明後日には会うのだから 不要だと』 「身の危険を感じたんですかね。 現世では私の妹でもあるので、お手柔らかにお願いしますよ」 『……思ったより手強いです』 そう言ってニアは、手元にあったタロットカードで手遊びを始めた。
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