緑 5 少年のファスナーを下ろすと、夜神は枕で殴りかかって来た。 「ぅわっ、」 「力尽くじゃ無理だって言っただろう!」 「分かりました!分かりましたから、」 気がつけば、夜神はベッドの端で身を固くして ベルトを直しながら私を睨み付けていた。 「私、勃起してるんですが……殺生ですね」 「どちらが殺生だよ。悪いが、嫌な物は絶対に嫌だ。 ニアの情報なんかいらない。自力で辿り着く」 ああ……。 私は軽く、失望する。 おまえが自分がキラだと絶対に認めないのは。 やはり後者の可能性の方だったか。 ……今でも、キラであろうとしているからだな? 私は溜め息を吐きながら、ベッドから降りた。 「そうですか……」 「だからもう、こんな真似はしないで欲しい。 今日招いたのは僕も悪かったけれど……お兄さんを信じていたからなんだ」 「もう良いです。 あなたとは永遠に分かり合えないと言う事が、私にもやっと分かりました。 もう会いません」 「……」 何故そんなに、寂しげな顔をするのか。 おまえの中の「少年」が、そうさせるのか。 それともそれも、演技か。 「代わりと言っては何ですが。 あなたがこれからしようとしている事を、予言させて下さい」 「いらないよ」 「そう言わず。 あなたは現在、ニアがデスノートを保管していると考えている。 そして何とかキラである素性を隠してニアに近付き、 デスノートを手に入れようとするでしょう」 「……」 私が突然、少年が思い出している前提で核心をまくし立てたので 夜神は息を呑んで硬直した。 「それと同時に、私にも復讐しようと考えます。 本来は私の方こそ復讐したいくらいですが、あなたは私が、 あなたの正体を知っていて抱いた事こそ私の復讐だと思っている」 「……」 「その報復と、ニアに情報が漏れる可能性を消すのを兼ねて、 何とか私を消したいと考えていますね?」 「……」 「まあ、デスノートを手に入れさえすれば、あなたは今生での私の 本名も顔も知っている。殺すのは簡単な訳ですが」 「……」 「どちらを先にするか、悩ましい所ですね。ねえ?月くん」 私が淡々と続ける間、少年はずっと険しい顔で唇を引き結んでいたが、 最後に問いかけると薄く笑って首を傾げた。 「さあ……何の事か全く分からない」 「そうですか。では最後に、私の今後の行動を予言……というか 予告しましょう」 「……」 「まず家に帰ったらすぐにPCを起ち上げます」 「……おい、」 「そしてニアに、あなたがキラの生まれ変わりである事をメールします。 そして、あなたの写真と本名を送ります」 「僕はキラじゃない!その、デスノートとやらを本当にニアが持っていて おまえを信じているとすれば、僕は冤罪で殺されるかも知れないじゃないか!」 「安心して下さい。ニアはあなたのように思い上がってはいないので 簡単にデスノートを使う事はありません」 「……!」 少年は暗い目でじっと私を睨み付けると、すっとベッドから降り立った。 「良いんですか?このまま私を帰して」 「……何が」 「いえ。私がニアにコンタクトを取る前に、 何か手を打つべきなのではないかと思いまして」 「安心しろ。僕はおまえを殺さない」 居丈高に言った後、目を半分閉じて何かを考え込む。 その表情は能面のようで美しく、私は思わず足音を殺して近づき、 唇を奪ってしまった。 少年は動かず、私の口づけを受け容れていた。 やがてその唇が、小さく動いて私の口の中に息を吹き込むように 囁く。 「……嘘なんだな?」 「何がですか?」 「これからニアに僕の写真と名前を送るって」 「さすがです」 「もう既に、送ってあるんだな?」 唇の先をつけたままニッと笑ってやると、少年は生真面目な顔をして 一歩さがった。 「……敵わないな、お兄さんには」 「今更ですが『お兄さん』っていう呼び方、良いですね。 『L』よりも興奮します」 「どうやって、僕を見つけた?」 「ニアから聞きました。『L』をストーキングしている日本人がいると」 「……」 「気づかれてないと思ってました?ニアも『Lの世界』の常連ですよ」 「……そうだったのか。 なら何故、僕の記憶がないのに月だと?」 それは。 自分で気づいていないのか……夜神月と現在の、相似点を。 「かなり似てますよ。外見も、雰囲気も。 それに」 「?」 少年らしく、きょとんとした表情をするのに顔を近づけて。 「匂いが……体臭が、同じです。あの頃と」 「……」 夜神は手錠で繋がれて一緒に生活していた頃を思い出したのだろう、 小さく震えるように肩を竦めた。 私は満足して顔を離す。 「でも、無自覚にニアを追いかけていたとは……意外でした。 ですから結局、偶然、という事になるんですかね」 「そうか……。なら……、どういうつもりで『キラ』を抱いたんだ?」 「……」 思いがけない質問に、思わず小さく息を呑んでしまう。 「やはり、復讐か?」 「……いえ。信じて貰えないかも知れませんが、そんなつもりは全く。 ただ、あなたという希有な人材を自分の物にしたいと思っただけです」 「……」 「まぁ……欲望ですね」 「……」 夜神はそこで天井を仰ぎ、ふうぅ−、と長く長く息を吐いた。 「……欲望というよりは、本当は遊びなんだろ?」 ……そうだ。 確かに私は「キラ」を我が物にして、自分の思うとおりに育てたいと思った。 私に溺れる様を見て楽しんでいた。 「はい……」 「……でもおかげで、僕も自分と同等の頭脳を持ったおまえに出会って、 自分の物にする事が出来た」 「……」 「僕は、本当に嬉しかったんだよ……竜崎」 「……」
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