緑 2 少年の家に来たのは、この二年で数えるほどだった。 彼の祖父という人は、戦前の洋館をリフォームしたり修繕しながら 快適に暮らしている。 会う前はワイミーのような人をイメージしていたが、実際に会うと 頑固な職人タイプの学者で、妙な威圧感があった。 勿論少年の事は可愛がっているし、その割に束縛しないしで とても良い祖父なのだろうが。 緑の屋根の、彼や彼の亡き一族の趣味や匂いや痕跡があちらこちらに染みついた 良く言えば暖かみのある、私に言わせれば人くさい古い建物は 私には息が詰まった。 「ただいま」 「ああ、おかえり」 「お邪魔します」 「ああ……いらっしゃい」 久しぶりだとも何とも言わず、老人はちらりと目を上げただけだ。 「おじいちゃん、二階にいますから何かあったら」 「ああ」 少年は自室にいるから邪魔をするなと言う意味で言ったのだろうが 私はこの老人にもてなされた記憶などない。 今更だが、一体どういった知り合いだと説明していたのだろう? 自室の扉を開ける夜神に続きながら、何気なく言葉を掛ける。 「妹もここに来た事があるんですか?」 「まだそこまでの仲じゃないよ」 「私は別に肉体関係を匂わせたつもりはありませんが」 少年の部屋も、グリーン系のファブリックを基調とした落ち着いた佇まいだ。 これも祖父の趣味なのだろうか。 そう言えば夜神は、弥ミサを始め、色々な女性を籠絡して利用していた。 妹もそうだとすれば、早晩手を出される可能性もあるな。 などと思いながらつい褪せた緑色のカバーが掛かったベッドに目を遣ると、 少年が小さく笑う。 「あの頃とは違う」 「はい?」 「僕も部活でそれなりに鍛えてるからね。 もう力尽くでどうこうは出来ないよ」 「……」 そういうつもりでもなかったのだが。 反論するのも馬鹿らしく、親指の爪を噛みながらただその目を見返すと、 少年ももう巫山戯なかった。 「で。何か言いたい事があったんじゃないのか」 「はい。 あなたが妹の物になったのなら、もう恋人に戻りたいとは言いません。 ただ、以前のように……ただのお友達には戻れませんか?」 「無理。……寝た相手と、友達なんて」 「そうですか?あなたはその辺りの切り替えが得意な筈です。 肉体関係など、手を繋いだり……手錠で繋がったりの延長だと 割り切れませんか?」 「だから手錠で繋がったりって何だよ」 「私、そんな事言いました?」 「……」 彼が、私の悪戯に対して「何のつもりだ」と説明を求めれば、 追い詰めて前世の記憶を持っている事を認めさせる事も出来るのだが。 さすがに簡単には土俵に乗ってこないな……。 まあ、それでも少年の苛々した様子を楽しめるから良いのだが。 「友達と言っても、何をしたら良いんだ?」 「こうしてお話をしたりです。そうだ、キラ事件の話をしませんか?」 「……今までの話で、出尽くしただろ。 それにもう、最近は興味もないんだ」 「そうですか、残念です」 これはある意味本当かも知れない。 「当事者」としてこの上ない真相を知ってしまった上で、 素知らぬ振りをして偽りの推論を積み重ね続けるのは苦痛だろう。 「では今は何に興味が?」 「サッカーとか」 「……マジですか?」 「嘘だよ」 「……」 「今はシドニーで起きた連続殺人に興味がある。 犯人は奥さんだろうけど、あからさまに保険金殺人らしいのに 一切証拠がない、と言うのが引っかかってる」 「ああ、それは」 既にニアに依頼され、ニアから私に委託された事件だ……。 僥倖に、私はこっそりとほくそ笑む。 TVのワイドショーレベルの情報では確かに犯人は妻に思えるし、 そう示唆しているが、私の推理では犯人は妻ではない。 「実は、最後の被害者の主治医が妙な薬を処方したという 極秘情報があるんですよ」 「そうなのか?どういう事?」 「被害者は元々心臓病を煩っていたのですが……」 ある程度情報を与えると、少年は、 「……なら、その主治医も怪しいな。 奥さんが出鱈目の症状を伝えたという可能性もあるけれど」 「それがそんなにシンプルな話でもないのですが」 「義理の父親の方は?」 「それは……」 「って言うか、それ、正確な情報なのか? どうしてお兄さんがそんな事知ってるんだ?」 ……やっと餌に食いついてきた。 私は興奮を顔に出さないよう気をつけながら冷静に返す。 「その前に、あなたの意見を聞かせて下さい。 もし現代にキラが蘇ったら、こう言ったケースをどう処すると思いますか?」
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