青 3 「その前に、少し頭の体操をしませんか?」 言うと笑顔のまま、首を傾ける。 その顔は少年のままにも、夜神の顔にも見えた。 私は疑いを顔に出さないよう心がけながら、努めて軽い声を出す。 「いえ、あの幽霊ビルなんですけどね。 私、調べた事があってちょっとデータ持ってるんです。 それで、あのビルが何の為に建てられたか推理合戦をしませんか?」 「……いいね」 少年は私を好きだと言い、私に甘えるが、ワインの一件からも分かるように 極端な負けず嫌いでもあった。 長く生きた分の知識量では私に敵わないが、単純な頭脳戦なら 勝負できると思っている節がある。 もし少年が夜神の記憶を取り戻していたら……。 人格が少年のままだとしても、己が知るあのビルの真実を口にせずにはいられまい。 「……あのビルは二〇〇四年の二月に着工され、二〇〇四年の七月に竣工しました」 「それってあの規模のビルにしては滅茶苦茶早くない?」 「そうですね。それも含めてヒントになると思います」 少年は少し目を閉じて考えた後、口を開いた。 「実際に使われた形跡はある?」 「はい。八月には上層階で明かりが点いていたという証言があります」 「それはこのホテルの従業員が言っていた?」 「まあ、そうですね」 「その人はいつから空いた……というか、明かりが点かなくなったって? 当然それも聞いてるんだろ?」 「はい。同じ年の十一月頃には点いている日もあったそうですが、 クリスマスの時期には、町中がいつもより明るいのに 暗くて寂しい様子だった記憶があるそうです」 「たった四ヶ月?!」 お互い半裸で臨戦態勢だった事も忘れ、飛び起きて窓の方を見る。 青いビルは、今もひっそりとただ周囲の明かりを映して佇んでいた。 「そのまま放置してあるんだから、持ち主は変わってないんだろうな」 「ですかね」 「そいつはかなりの金持ちか、あるいは逆に、何重にも抵当に入っていて 誰も手を出せない状態、か」 「なるほど」 夜神は腕を組み、解いて頭を掻いた。 「う〜ん……でもそういう処分って裁判でも十何年も掛からないよな。 なら、やっぱり普通に金持ちの道楽……いや、」 思いついたように、顔を上げる。 「もしかして持ち主は外国人じゃないか? しかも複数名義だったりして、誰か一人でも音信不通だったりしたら あのビルにも誰も手を出せなくなる」 なかなかに鋭い……。 もし本当に記憶を取り戻していないのだとしたら。 「それは納得出来る答えですね。 あのビルが使用していないのに売りに出されない理由としては」 「ああ、分かる。 お兄さんが言ってるのは、何故そんなに短期間で利用をやめたか、だよな?」 「はい」 「二〇〇四年の十一月か……お兄さんの誕生日の少し前だよね」 「……」 どくん、と脈が大きく打って心拍数が上がる。 だが、これを平然と言う、という事は……記憶は、戻っていない……? 「……私と何か関係があると?」 「まさか!悪いけどお兄さんの家そんなに富豪に見えないし」 「はい。小市民です」 ……なるほど。 根拠は言うに言えないが、これは、完全に白だな。 少年はまだ、夜神の記憶を取り戻していない。 「さっきから僕ばかりしゃべってずるい。 お兄さんも何か推理を披露してよ」 「そうですね……私もあのビルが建った年に注目しました」 「それで?」 「二〇〇四年。何か思い出しませんか?」 「……」 少年は目を見開いた後、みるみる顔を綻ばせた。 「そうか!キラ事件か!」 「はい」 「やっぱりお兄さんはロマンチストだ。 こんな日に、Lとキラに纏わる場所に連れて来てくれるなんて」 そう言って私の首に細い腕を絡ませる。 二人きり限定の時に見せるこんな所は、全国一位どころか年より幼く見えた。 「という事は、あのビルはキラが建てたのかな?」 「どうでしょう」 「キラは、単独犯ではなく『必殺仕事人』みたいな仕置き人集団か」 「よくそんな古いドラマ知ってますね」 「祖父がDVDをコレクションしてる」 「……」 「で、そのアジトとしてこんな目立つビルを建てた…… でも一体何故?」 「あのビル、普通の出入り口がないそうです。 地下からしか入れず、そのセキュリティも常識外れだそうです」 「なら決まりじゃないか!」 少年は興奮して下着のまま膝立ちになり、ふと我に返ったように照れ笑いをして 「あのビルがキラ事件と関係しているなら、だけど」 付け加えた。
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